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四十二話 窮地の剣 黙坐の居合
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「立て。累」
声が聞こえた。その声はどこか、郷愁に駆られるようでもあり、身体の奥底に残る恐れを思い起こさせるようでもあった。
「聞こえないのか。累。いつまで寝そべっているつもりだ」
その声に急き立てられ、うっすらと瞼を開くと、視界に薄ぼんやりと誰かの姿が映った。
累は、その姿に向かって弱々しく返事を返した。
「はい。父上」
累は、身体中の痛みに耐えながら上体を起こし、立ち上がった。
しかし、立ち上がった所でガクンと膝が折れ、座り込んでしまう。終日続く長時間の稽古に、累の身体は悲鳴を上げ、脚は限界を迎えていた。
そんな累を、父である佐々木武太夫は、突き放したような厳しい目で見下ろした。道場に差し込む夕陽が、武太夫の顔に影を落とし、その表情はいっそう険を帯びているように見えた。
「何故、刀を放した」
その声を聞きながら、累はもう一度立ち上がろうと、幾筋の刀傷が残る板張りの床を睨みつけながら、脚に力を籠める。だが、その意思に反して、身体は床に根を張ったように動かない。
そんな累をよそに、武太夫は床に転がった木刀を拾い上げ、座り込んだ累に差し出した。
「絶対に放すな。放せば死ぬ」
武太夫は累の手を取って、木刀の柄を握らせた。
「身体が頽れようとも、握ってさえいれば、これが命を繋いでくれる」
累は、自分の手に覆い被さる父の手を見つめていた。
低く、厳しい声に冷たい手。その冷たい手が妙にひんやりとしていて、仄かに温かい。そんな父の体温が心地よかった。
その時、父はどんな顔をしていただろう。
昔のことを思い出していた。
何故、こんな昔のことを思い出すのだろうか。幼少の記憶。あの苦役のような修練の経験は、この身体に刻み込まれている。知識も同様に、一たび剣を抜けば、状況に応じた最適解を導き出せる。そう育てられたから当然のことだ。
思い出す必要なんてなかったのに。父の顔を思い浮かべると、あの時の心情が蘇る。だから父の存在は、いつしか記憶の奥底に追いやっていたというのに、今際の際になって思い出すなんて。
いや、だからかも知れない。この時だからこそ、父は脳裏に現れた。未だ、会いたくはないのだろう。どうやら、死を受け入れることは許されないようだ。
割れた唇の隙間から、乾いた笑いが漏れていた。
――安心して下され、父上。死するつもりはありませぬ故――。
そう、未だ脳裏で冷ややかな目を向ける父に言い放って、再びその記憶に蓋をした。
累の視界は、真っ赤に染まっていた。顔面の皮膚が裂け、血が噴きだし、眼球がその血で濡れている。
三浦に胸倉を掴まれ、重い一撃を顔面に受けて、一瞬意識が飛んでいたようだ。あの過去の記憶は一瞬の追想だったらしい。
その間も、絶え間なく顔面に拳が降り注ぐ。三浦義也は、青ざめた顔に血と汗を滲ませて、ひたすらに拳を振り下ろした。
しかし、三浦も満身創痍であるらしい。胸倉を掴む手が、小刻みに震えている。虚ろな目で呼吸荒く、唇は薄紫に変色している。最早、死ぬまいとする執念のみで意識を繋ぎ止めているように思われた。
そんな状態ならば、すぐにでも止めを刺せばいいものを、三浦はどうしても累を嬲り殺しにしたいらしい。何かに取り憑かれたかのように、累の顔を殴打し続けている。
丸太のような腕で殴られているというのに、何故か痛みは感じない。顔は腫れあがって、血の赤で染め上がっているというのに、むしろ平静を取り戻している気さえする。沸き立った血が抜けたせいか、どこかおかしくなってしまったのか。累は、どろんとした虚ろな目で三浦を見つめていた。
「何てぇ、眼してんだ」
累の視線に気付いたのか、拳の礫が止んだ。
「はッ!もうちょい待てよ。まだ死ぬな……顔の形ぃ、変えてやっから。俺の気が済んでから、死ね」
話しながら、口から血が流れて口端に泡が膨らんだ。青白い顔色と淀む瞳。段々と生気が抜けて、骸に近づいているようにさえ見えた。
「あぁ?何言ってんだ?」
累は、鯉のように口をパクパクと動かす。肩を上下に動かし、荒い呼吸を整えながら、怪訝な表情で累の顔を覗き込む三浦。
「ふっ、死にかけが。聞いてやらぁ。おら、言ってみろ」
喋ろうとしたが、上手く声が出ない。口内に血が溜まっているのだ。僅かに首を動かして、血を吐き出した。再び三浦に向き直り、目を合わせて口を開いた。
「左……った……」
「何だぁ?」
「左手、貰った」
「は?」
座り込む累と三浦の間。下から真上へと刀を振り上げた。刀の切先は、天を向いて真っ直ぐに突き上げられている。
直後、鮮血が噴き上がった。三浦の左手は、累の着物の襟を掴んだまま、身体から切り離された。
三浦は、目を見開いて、手首から先の無くなった左腕を見つめている。まるで起きたことが理解出来ていないようだ。迸る血が、止めどなく地面にこぼれ落ちていく。
圧倒的な体格差、そもそもの男女の差。いくら腕に覚えがあろうと、その歴然とした差が覆ろうはずがなかった。最早、打ちひしがれる女一人、袋の鼠のはずが……手負いの獣だったとでもいうのだろうか。
「私の、牙は折れていない」
三浦は、ゆっくりと累に視線を移す。
羽織の襟に三浦の左手をぶら下げて、累は俯いていた。俯きながらも、眼は狙い定めるように三浦を向いている。その鋭さは、得物を狙う捕食者のそれに良く似ていた。そして、刀は鞘に納められていた。
――四つ目結の黒縮緬には、手を出すな――
その累の眼を見た時、三浦は、旗本奴の間で流布した言葉を思い出していた。それは、最初誰から聞いたか。思い出そうとしても記憶は朧気で、三浦は面倒になって諦めた。
「お前の牙は何処だ」
その動きは一瞬で、三浦には目で追うことは出来なかった。鞘に納まっていた刀身が、一瞬にして抜かれ、気付いた時には真横に払われていた。
累は、腰を浮かせ、片膝で立って腕を真横へ真っ直ぐ伸ばした状態で静止している。その身体は、寸毫のぶれもない。ただ、顔を流れる血だけが、一滴、一滴と滴り落ちていた。
三浦の身体に異変はない。何をした、そう思った時、身体がぐらりと後方へよろめく感覚を覚えて、倒れまいと足を動かした。しかし、違和感を感じた。身体がズンと沈み込んだかと思うと、そのまま後方へとばったりと倒れてしまった。大の字で仰向けになる三浦は、頭を持ち上げて、それを見た。
今まで立っていたはずの場所には、足があった。三浦の膝から下の両足が、そこに置き去りになっている。
先の、目にも留まらぬ抜刀で三浦の足は断たれていた。閃電の居合であった。
地面に立つ自分のものであった両足を、三浦はただ、表情なく凝視している。今や、両足に加え左手も失った三浦に、成す術はない。
その切断された足の向こう側。累は、立ち上がって三浦に近付いていく。地面を擦りながら、重い足取りで歩く累を三浦は目で追った。横たわる三浦の真横に立った累は、その喉元に切先を突きつけた。
「……やれや」
断たれた手足の先から大量の血を流し、その表情は緑青に覆われた銅像のように青白い。僅かばかりの生気の残る眼で、とどめを刺せと訴えていた。
「三浦……貴様ら旗本奴は、あの時、あの場で何をしていた」
「……」
「正雪の他に三人、あの場にいた。一人は、土御門の……もう二人は、誰だ」
「……」
浅い呼吸を繰り返しながら三浦に問う。しかし、三浦は口を噤んで、どこか冷めた表情で累を見つめていた。興が醒めたとでも言いたげな眼。それは、この問答の対してか、或いは己の生に対してかもしれない。
「放っておいても、じき死ぬ。隠し立てする必要は、もうないだろう。話せ、三浦」
「……ふん、隠してるわけじゃねぇ。答えようがないだけだ。何も知らねぇんだからな」
「貴様ッ……」
「本当だぜ。他の組の奴らも、そうだろうよ」
そう言うと三浦は、残った右手で喉元に突きつけられた刀の刀身を掴んだ。
「何をしている」
「もう、いいだろう?野垂れ死にだけは御免だ。地獄の祭りを楽しんでくるぜ」
刀身を握る右手に力が籠る。血が剣尖へと滑り落ちていく。三浦は、ぐっと刀を引き寄せて、自らの首へと刺し込んでいった。
「ぐうぅ!……ぐうぅぅ」
「三浦……」
「ごぼッ……がッ……ぐう……ふっ、ふっふっふ」
力を緩めることなく、刀を沈み込ませながら、三浦は笑っていた。
次第に、声帯がその機能を失って、溢れ出る血に蓋をされ、声が消えた。しかし、それでも目をひん剥いて歯を剥き出しに、心底愉しそうな笑みを浮かべて、三浦は事切れた。
三浦の生気の無くなった眼を一瞥して、累は刀をそっと引き抜いた。
血を払って、刀を鞘に納め、三浦の屍に背を向けて歩き出す。
「ハァ……ハァ……」
身体が重い。足を引きずるようにして、前へと運んでいく。累の通った跡に、血の滴が点々と落ちている。
九十九はどうしているだろうか。九十九が、校舎に引きずり込まれてから、体感では大分時間が過ぎている。今。この場所で何が起きているのかは解らない。校舎を覆う怪異が何であるか、皆目見当もつかない。ただ、一刻も早く九十九の元へ向かわねば、という思いだけが頭の中を埋め尽くす。
しかし、その思いが身体を突き動かすにも限界があった。何分、血を流し過ぎている。
累は、膝から崩れるように倒れ、そこで意識が無くなった。
倒れる累の血に塗れた横顔に、薄っすらと陽が差し込んで照らしていた。
声が聞こえた。その声はどこか、郷愁に駆られるようでもあり、身体の奥底に残る恐れを思い起こさせるようでもあった。
「聞こえないのか。累。いつまで寝そべっているつもりだ」
その声に急き立てられ、うっすらと瞼を開くと、視界に薄ぼんやりと誰かの姿が映った。
累は、その姿に向かって弱々しく返事を返した。
「はい。父上」
累は、身体中の痛みに耐えながら上体を起こし、立ち上がった。
しかし、立ち上がった所でガクンと膝が折れ、座り込んでしまう。終日続く長時間の稽古に、累の身体は悲鳴を上げ、脚は限界を迎えていた。
そんな累を、父である佐々木武太夫は、突き放したような厳しい目で見下ろした。道場に差し込む夕陽が、武太夫の顔に影を落とし、その表情はいっそう険を帯びているように見えた。
「何故、刀を放した」
その声を聞きながら、累はもう一度立ち上がろうと、幾筋の刀傷が残る板張りの床を睨みつけながら、脚に力を籠める。だが、その意思に反して、身体は床に根を張ったように動かない。
そんな累をよそに、武太夫は床に転がった木刀を拾い上げ、座り込んだ累に差し出した。
「絶対に放すな。放せば死ぬ」
武太夫は累の手を取って、木刀の柄を握らせた。
「身体が頽れようとも、握ってさえいれば、これが命を繋いでくれる」
累は、自分の手に覆い被さる父の手を見つめていた。
低く、厳しい声に冷たい手。その冷たい手が妙にひんやりとしていて、仄かに温かい。そんな父の体温が心地よかった。
その時、父はどんな顔をしていただろう。
昔のことを思い出していた。
何故、こんな昔のことを思い出すのだろうか。幼少の記憶。あの苦役のような修練の経験は、この身体に刻み込まれている。知識も同様に、一たび剣を抜けば、状況に応じた最適解を導き出せる。そう育てられたから当然のことだ。
思い出す必要なんてなかったのに。父の顔を思い浮かべると、あの時の心情が蘇る。だから父の存在は、いつしか記憶の奥底に追いやっていたというのに、今際の際になって思い出すなんて。
いや、だからかも知れない。この時だからこそ、父は脳裏に現れた。未だ、会いたくはないのだろう。どうやら、死を受け入れることは許されないようだ。
割れた唇の隙間から、乾いた笑いが漏れていた。
――安心して下され、父上。死するつもりはありませぬ故――。
そう、未だ脳裏で冷ややかな目を向ける父に言い放って、再びその記憶に蓋をした。
累の視界は、真っ赤に染まっていた。顔面の皮膚が裂け、血が噴きだし、眼球がその血で濡れている。
三浦に胸倉を掴まれ、重い一撃を顔面に受けて、一瞬意識が飛んでいたようだ。あの過去の記憶は一瞬の追想だったらしい。
その間も、絶え間なく顔面に拳が降り注ぐ。三浦義也は、青ざめた顔に血と汗を滲ませて、ひたすらに拳を振り下ろした。
しかし、三浦も満身創痍であるらしい。胸倉を掴む手が、小刻みに震えている。虚ろな目で呼吸荒く、唇は薄紫に変色している。最早、死ぬまいとする執念のみで意識を繋ぎ止めているように思われた。
そんな状態ならば、すぐにでも止めを刺せばいいものを、三浦はどうしても累を嬲り殺しにしたいらしい。何かに取り憑かれたかのように、累の顔を殴打し続けている。
丸太のような腕で殴られているというのに、何故か痛みは感じない。顔は腫れあがって、血の赤で染め上がっているというのに、むしろ平静を取り戻している気さえする。沸き立った血が抜けたせいか、どこかおかしくなってしまったのか。累は、どろんとした虚ろな目で三浦を見つめていた。
「何てぇ、眼してんだ」
累の視線に気付いたのか、拳の礫が止んだ。
「はッ!もうちょい待てよ。まだ死ぬな……顔の形ぃ、変えてやっから。俺の気が済んでから、死ね」
話しながら、口から血が流れて口端に泡が膨らんだ。青白い顔色と淀む瞳。段々と生気が抜けて、骸に近づいているようにさえ見えた。
「あぁ?何言ってんだ?」
累は、鯉のように口をパクパクと動かす。肩を上下に動かし、荒い呼吸を整えながら、怪訝な表情で累の顔を覗き込む三浦。
「ふっ、死にかけが。聞いてやらぁ。おら、言ってみろ」
喋ろうとしたが、上手く声が出ない。口内に血が溜まっているのだ。僅かに首を動かして、血を吐き出した。再び三浦に向き直り、目を合わせて口を開いた。
「左……った……」
「何だぁ?」
「左手、貰った」
「は?」
座り込む累と三浦の間。下から真上へと刀を振り上げた。刀の切先は、天を向いて真っ直ぐに突き上げられている。
直後、鮮血が噴き上がった。三浦の左手は、累の着物の襟を掴んだまま、身体から切り離された。
三浦は、目を見開いて、手首から先の無くなった左腕を見つめている。まるで起きたことが理解出来ていないようだ。迸る血が、止めどなく地面にこぼれ落ちていく。
圧倒的な体格差、そもそもの男女の差。いくら腕に覚えがあろうと、その歴然とした差が覆ろうはずがなかった。最早、打ちひしがれる女一人、袋の鼠のはずが……手負いの獣だったとでもいうのだろうか。
「私の、牙は折れていない」
三浦は、ゆっくりと累に視線を移す。
羽織の襟に三浦の左手をぶら下げて、累は俯いていた。俯きながらも、眼は狙い定めるように三浦を向いている。その鋭さは、得物を狙う捕食者のそれに良く似ていた。そして、刀は鞘に納められていた。
――四つ目結の黒縮緬には、手を出すな――
その累の眼を見た時、三浦は、旗本奴の間で流布した言葉を思い出していた。それは、最初誰から聞いたか。思い出そうとしても記憶は朧気で、三浦は面倒になって諦めた。
「お前の牙は何処だ」
その動きは一瞬で、三浦には目で追うことは出来なかった。鞘に納まっていた刀身が、一瞬にして抜かれ、気付いた時には真横に払われていた。
累は、腰を浮かせ、片膝で立って腕を真横へ真っ直ぐ伸ばした状態で静止している。その身体は、寸毫のぶれもない。ただ、顔を流れる血だけが、一滴、一滴と滴り落ちていた。
三浦の身体に異変はない。何をした、そう思った時、身体がぐらりと後方へよろめく感覚を覚えて、倒れまいと足を動かした。しかし、違和感を感じた。身体がズンと沈み込んだかと思うと、そのまま後方へとばったりと倒れてしまった。大の字で仰向けになる三浦は、頭を持ち上げて、それを見た。
今まで立っていたはずの場所には、足があった。三浦の膝から下の両足が、そこに置き去りになっている。
先の、目にも留まらぬ抜刀で三浦の足は断たれていた。閃電の居合であった。
地面に立つ自分のものであった両足を、三浦はただ、表情なく凝視している。今や、両足に加え左手も失った三浦に、成す術はない。
その切断された足の向こう側。累は、立ち上がって三浦に近付いていく。地面を擦りながら、重い足取りで歩く累を三浦は目で追った。横たわる三浦の真横に立った累は、その喉元に切先を突きつけた。
「……やれや」
断たれた手足の先から大量の血を流し、その表情は緑青に覆われた銅像のように青白い。僅かばかりの生気の残る眼で、とどめを刺せと訴えていた。
「三浦……貴様ら旗本奴は、あの時、あの場で何をしていた」
「……」
「正雪の他に三人、あの場にいた。一人は、土御門の……もう二人は、誰だ」
「……」
浅い呼吸を繰り返しながら三浦に問う。しかし、三浦は口を噤んで、どこか冷めた表情で累を見つめていた。興が醒めたとでも言いたげな眼。それは、この問答の対してか、或いは己の生に対してかもしれない。
「放っておいても、じき死ぬ。隠し立てする必要は、もうないだろう。話せ、三浦」
「……ふん、隠してるわけじゃねぇ。答えようがないだけだ。何も知らねぇんだからな」
「貴様ッ……」
「本当だぜ。他の組の奴らも、そうだろうよ」
そう言うと三浦は、残った右手で喉元に突きつけられた刀の刀身を掴んだ。
「何をしている」
「もう、いいだろう?野垂れ死にだけは御免だ。地獄の祭りを楽しんでくるぜ」
刀身を握る右手に力が籠る。血が剣尖へと滑り落ちていく。三浦は、ぐっと刀を引き寄せて、自らの首へと刺し込んでいった。
「ぐうぅ!……ぐうぅぅ」
「三浦……」
「ごぼッ……がッ……ぐう……ふっ、ふっふっふ」
力を緩めることなく、刀を沈み込ませながら、三浦は笑っていた。
次第に、声帯がその機能を失って、溢れ出る血に蓋をされ、声が消えた。しかし、それでも目をひん剥いて歯を剥き出しに、心底愉しそうな笑みを浮かべて、三浦は事切れた。
三浦の生気の無くなった眼を一瞥して、累は刀をそっと引き抜いた。
血を払って、刀を鞘に納め、三浦の屍に背を向けて歩き出す。
「ハァ……ハァ……」
身体が重い。足を引きずるようにして、前へと運んでいく。累の通った跡に、血の滴が点々と落ちている。
九十九はどうしているだろうか。九十九が、校舎に引きずり込まれてから、体感では大分時間が過ぎている。今。この場所で何が起きているのかは解らない。校舎を覆う怪異が何であるか、皆目見当もつかない。ただ、一刻も早く九十九の元へ向かわねば、という思いだけが頭の中を埋め尽くす。
しかし、その思いが身体を突き動かすにも限界があった。何分、血を流し過ぎている。
累は、膝から崩れるように倒れ、そこで意識が無くなった。
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