33 / 53
三十二話 螺旋の刺突
しおりを挟む
真一文字に払われた三浦の大身槍。その払いは空を切った。穂を避けた累は三浦に肉薄する。真横に払ったことで晒された三浦の胴。すかさず累は開いた胴を逆袈裟に斬らんと斜め上方へと振り抜く。
「――っ!」
しかし、刀は三浦の胴を斬ること無く何かとぶつかった。振り上げの勢いが遮られ、刀が止まる。刃を受け止めたのは大身槍の柄だった。
二丈に及ぶ柄が、累と三浦の間に斜めに突き立っていた。三浦は動いていない。真横に払った体勢のままだ。累が刀を振り上げ、三浦の胴に迫るまでほんの一瞬だったはず。どうやって彼我の間に柄を滑り込ませたのか。
すぐさま累は刀を引き、柄を右頬近くまで持ってくると、三浦の左胸目掛けて突きを繰り出した。それに対し三浦は、左手で柄を回転させるように真上に持ち上げて突きを防ぐと、左足を軸として右半身を突き出す。それと同時に正面に捉えた累の頭上に向けて、叩きつけるように槍を振り下ろした。
大身槍の柄で真上に跳ね上げられた刀を持ち直し、頭上への叩きつけを刀身で受ける。
「……ぐっ……」
「ははっはあっ!惜しかったなぁ……!」
押し合う刀と槍。三浦は、刀ごとへし折らんばかりの力で押していく。累の柄を握る手は震えている。その圧力に潰れてしまいそうになる。やはり、とんでもない怪力だ。このままでは押し切られるのは時間の問題だ。
「……ふっ!」
累は刀を横へと振るう。真下に掛かる力を斜め横方向へ逃がし槍を往なす。三浦は体勢を崩した。累は、そのまま上段の斬り降ろしへと移行する。
勝機。往なした槍。無防備な頭部。その頭部へと累の刀が振り下ろされる――筈だった。
「させねえっ!」
刀の刀身を受けていたのは槍の穂先。またしても受けが間に合い、防がれた。
「貴様っ――!」
累は鍔迫り合いを嫌い、身を引いた。刀の間合いの距離を保ち、正眼に構える。累は、目を細めて不敵に笑う三浦を睨んでから、大身槍に視線を移した。
「……小賢しい。その槍、細工がしてあるようだ――管槍か」
三浦は槍を持つ手を顔に近づけて、柄を嘗め回すように眺めた。
「面白れぇ絡繰りだろう。良く解ったな。案外、気付かれねぇもんなんだが。まあ大概、気付かれる前に斬っちまってんだがよ」
三浦は、歯を剥き出しにして不気味に笑った。
「ふん。近頃流行っているようだな。流派も数多くあると聞くが……貴様が師事するとは思えん」
「ったりめぇだ、馬鹿野郎がっ。んなことしなくても、俺の槍術は伊東流に引けを取らねぇ」
「馬鹿者が……まさに大言壮語よ。未熟な技を馬鹿力で補っているだけに過ぎない」
三浦は意に介さず、咆哮にも似た大声で笑った。
「指南役殿は言うことが違うねぇ……なら、この馬鹿力で……てめえのなまくら圧し折ってやるよ」
「やってみろ……!この越前康継をなまくらと云ったこと、後悔させてやる」
「はっはっはぁっ!祭りも山だぜっ。てめえに斬られた組の奴らの仇討ちだ。真っ二つにしてやらぁっ!」
三浦は言い終わらぬ内に、豪速の突きを繰り出した。高速回転し穂先が螺旋を描きながら迫る。累の胸部目指して一直線に。それに対し累は三浦が槍を突き出すと同時に、正眼に構えた刀の切先を極僅かに振った。累の胸に吸い込まれるように伸びる槍の穂先と切先が接触し、突きの軌道が逸れた。
「ちっ……!」
「……」
これまでよりも、その動作は洗練されていた。累には見えている。こちらに迫る大身槍、その穂先が。
これまでの戦いの中で眼が速度に追いつきつつあった。もう一つは、突きの軌道の予測。左手で柄を支え、右手で突き出す。累は、三浦が突き動作に入った瞬間、射角を決める左手に集中し軌道を読み、突き出される槍の穂先に切先を当て、軌道を逸らしたのだった。
三浦は、すぐに槍を引き戻すと身体を回転させ、勢いを付けながら真横に槍を払った。槍の柄に取り付けられた管が移動し、伸びながら累に迫った。
大振りな攻撃。避けるのは容易い。累は前傾姿勢で払いを避けながら三浦の懐へ近づいていく。開いた腹部を真横に斬り払うも、三浦は飛び退いてそれを避けた。三浦は、霞下段に槍を構えると下方に突きを放つ。累はそれを刀で受け防ぐと、突き立った柄の下側に刀身を潜り込ませ、昇るように滑らせた。刃が向かうは三浦の脇腹。累は三浦とすれ違うように斬り払った。
「うぐぅうっ!」
三浦が呻く。刀の切先から朱色の雫が飛び、地面を濡らした。
「隙だらけだ――三浦」
累は、血を振り落としながら振り向いて言った。三浦の身体が徐々に傾いていく。
「がぁあ゛あ゛あ゛っ!!」
「――!?」
傾き倒れつつある身体を、三浦の右足が一歩前へ出て、地面を力強く踏み支えた。三浦は歯を食いしばり、息を荒げながら振り向く。
「やりやがった……なぁっ!……糞女ぁああっ……!」
脇腹を押さえる手が震えていた。額から脂汗が止めどなく流れている。口からは血と涎が泡となって流れ、地面へ落ちていった。小刻みに震える眼はぎらついて狂気を宿し、累を睨んでいた。
「……見苦しい」
目を細めてそう言うと、三浦はガタガタと震えながら、まるで虫のように顔を動かした。強く歯を噛んでいるためか、首筋に幾つもの血管が大きく浮き出ていた。
「ぐ……がぁ……ぎっ……くしゅー……黙れ……死な……ねぇっ!……死んでぇ、たまるかっ!てめえぶっ殺して……俺は……俺はぁあ゛あ゛!」
口から飛沫を撒き散らしながら三浦は吠える。半死の槍使いが、累に襲い掛かった。
「――っ!」
しかし、刀は三浦の胴を斬ること無く何かとぶつかった。振り上げの勢いが遮られ、刀が止まる。刃を受け止めたのは大身槍の柄だった。
二丈に及ぶ柄が、累と三浦の間に斜めに突き立っていた。三浦は動いていない。真横に払った体勢のままだ。累が刀を振り上げ、三浦の胴に迫るまでほんの一瞬だったはず。どうやって彼我の間に柄を滑り込ませたのか。
すぐさま累は刀を引き、柄を右頬近くまで持ってくると、三浦の左胸目掛けて突きを繰り出した。それに対し三浦は、左手で柄を回転させるように真上に持ち上げて突きを防ぐと、左足を軸として右半身を突き出す。それと同時に正面に捉えた累の頭上に向けて、叩きつけるように槍を振り下ろした。
大身槍の柄で真上に跳ね上げられた刀を持ち直し、頭上への叩きつけを刀身で受ける。
「……ぐっ……」
「ははっはあっ!惜しかったなぁ……!」
押し合う刀と槍。三浦は、刀ごとへし折らんばかりの力で押していく。累の柄を握る手は震えている。その圧力に潰れてしまいそうになる。やはり、とんでもない怪力だ。このままでは押し切られるのは時間の問題だ。
「……ふっ!」
累は刀を横へと振るう。真下に掛かる力を斜め横方向へ逃がし槍を往なす。三浦は体勢を崩した。累は、そのまま上段の斬り降ろしへと移行する。
勝機。往なした槍。無防備な頭部。その頭部へと累の刀が振り下ろされる――筈だった。
「させねえっ!」
刀の刀身を受けていたのは槍の穂先。またしても受けが間に合い、防がれた。
「貴様っ――!」
累は鍔迫り合いを嫌い、身を引いた。刀の間合いの距離を保ち、正眼に構える。累は、目を細めて不敵に笑う三浦を睨んでから、大身槍に視線を移した。
「……小賢しい。その槍、細工がしてあるようだ――管槍か」
三浦は槍を持つ手を顔に近づけて、柄を嘗め回すように眺めた。
「面白れぇ絡繰りだろう。良く解ったな。案外、気付かれねぇもんなんだが。まあ大概、気付かれる前に斬っちまってんだがよ」
三浦は、歯を剥き出しにして不気味に笑った。
「ふん。近頃流行っているようだな。流派も数多くあると聞くが……貴様が師事するとは思えん」
「ったりめぇだ、馬鹿野郎がっ。んなことしなくても、俺の槍術は伊東流に引けを取らねぇ」
「馬鹿者が……まさに大言壮語よ。未熟な技を馬鹿力で補っているだけに過ぎない」
三浦は意に介さず、咆哮にも似た大声で笑った。
「指南役殿は言うことが違うねぇ……なら、この馬鹿力で……てめえのなまくら圧し折ってやるよ」
「やってみろ……!この越前康継をなまくらと云ったこと、後悔させてやる」
「はっはっはぁっ!祭りも山だぜっ。てめえに斬られた組の奴らの仇討ちだ。真っ二つにしてやらぁっ!」
三浦は言い終わらぬ内に、豪速の突きを繰り出した。高速回転し穂先が螺旋を描きながら迫る。累の胸部目指して一直線に。それに対し累は三浦が槍を突き出すと同時に、正眼に構えた刀の切先を極僅かに振った。累の胸に吸い込まれるように伸びる槍の穂先と切先が接触し、突きの軌道が逸れた。
「ちっ……!」
「……」
これまでよりも、その動作は洗練されていた。累には見えている。こちらに迫る大身槍、その穂先が。
これまでの戦いの中で眼が速度に追いつきつつあった。もう一つは、突きの軌道の予測。左手で柄を支え、右手で突き出す。累は、三浦が突き動作に入った瞬間、射角を決める左手に集中し軌道を読み、突き出される槍の穂先に切先を当て、軌道を逸らしたのだった。
三浦は、すぐに槍を引き戻すと身体を回転させ、勢いを付けながら真横に槍を払った。槍の柄に取り付けられた管が移動し、伸びながら累に迫った。
大振りな攻撃。避けるのは容易い。累は前傾姿勢で払いを避けながら三浦の懐へ近づいていく。開いた腹部を真横に斬り払うも、三浦は飛び退いてそれを避けた。三浦は、霞下段に槍を構えると下方に突きを放つ。累はそれを刀で受け防ぐと、突き立った柄の下側に刀身を潜り込ませ、昇るように滑らせた。刃が向かうは三浦の脇腹。累は三浦とすれ違うように斬り払った。
「うぐぅうっ!」
三浦が呻く。刀の切先から朱色の雫が飛び、地面を濡らした。
「隙だらけだ――三浦」
累は、血を振り落としながら振り向いて言った。三浦の身体が徐々に傾いていく。
「がぁあ゛あ゛あ゛っ!!」
「――!?」
傾き倒れつつある身体を、三浦の右足が一歩前へ出て、地面を力強く踏み支えた。三浦は歯を食いしばり、息を荒げながら振り向く。
「やりやがった……なぁっ!……糞女ぁああっ……!」
脇腹を押さえる手が震えていた。額から脂汗が止めどなく流れている。口からは血と涎が泡となって流れ、地面へ落ちていった。小刻みに震える眼はぎらついて狂気を宿し、累を睨んでいた。
「……見苦しい」
目を細めてそう言うと、三浦はガタガタと震えながら、まるで虫のように顔を動かした。強く歯を噛んでいるためか、首筋に幾つもの血管が大きく浮き出ていた。
「ぐ……がぁ……ぎっ……くしゅー……黙れ……死な……ねぇっ!……死んでぇ、たまるかっ!てめえぶっ殺して……俺は……俺はぁあ゛あ゛!」
口から飛沫を撒き散らしながら三浦は吠える。半死の槍使いが、累に襲い掛かった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説


蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる