陰陽剣劇譚―カミナリ―

黄坂文人

文字の大きさ
上 下
8 / 53

七・五話 隻角の鬼

しおりを挟む
 妙なものが顔を覆って、佐々木累とあの餓鬼がその場から消えるまでは一瞬だった。その妙なものが登場した瞬間は目の前の餓鬼に集中していて、それが何かまでは分からなかった。だがそれが鬼面に引っ付いた時には臭いからそれが獣である事が、鳴き声から猫である事が分かった。随分と気が立っている様子で、シャーと興奮しながら鬼面の淵に爪を立て水野の視界を塞いでいた。猫の鳴き声と猫に付いているであろう鈴の音が水野を苛立たせた。
「……くせえんだよ、糞猫」
 これを引き剥がそうとしたが、中々に強情な猫で散々に頭を振るが離れず、さらに猫の背肉を掴み力任せに引っ張りようやく離れた。
 猫を適当に投げ捨てた時には、佐々木累が餓鬼を背負って橋から身を投げている所だった。欄干に駆け寄って下を覗き込むも、二人の姿は見えなかった。この場に残ったのは水野だけだった。猫も既に姿を消した。気に障る鈴の音は聞こえなかったのだが。血振りして納刀し、落ちた煙管を拾いそのまま口に咥えると深く喫う。当然、火皿は空の筈である。しかし煙草も火種もないにも関わらず、水野の口からは濃白の紫煙が勢い良く吐き出されていた。
 水野は煙管をふかしながら、暫しその場に佇む。この男の気分は、未だ相当に昂っていた。佐々木累。あの剣客との斬り合いが尾を引いているのだ。以前から幾度も六方組に立ち塞がる女傑。女だてらにあの気迫、剣の冴え、思い切りの良さ。男でもそうはいない。俗世を倦厭けんえんしている水野にとって、あの存在が特異な剣客の剣は何故か惹かれるものがあった。そして胆力に関して言うなら……九十九とか呼ばれていたあの餓鬼。あの奇妙な恰好に刀も差さず、佐々木累の背後で座り込んでいる様は正に腰抜けとしか言いようがない。だが、首を絞められ切先を突きつけられている時のあの眼は、並ならぬものを感じた。そして右手に宿った一振りの剣。餓鬼の血走った眼を思い浮かべ、露出した左目を手で覆った。
「フッ……ククッ……」
 静かに嗤うと、鬼は雷門へむけて歩きだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...