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拓馬 物思い
しおりを挟む無機質なショートメールには返事は無かった。
(そうだよな…)
余りにもひどい目に合わせ過ぎた。
嫌われても致し方のないことを自ら繰り返した。
後は明日、瑠璃に例の書類を渡したら去るだけだ。
(久我家には面会すら取り付けられなかったものな…)
瑠璃の縁談を復活させてほしいと頼みたかったけれど、面会は叶いそうには無くて、それだけは心残りだった。
(ただ、久我の三男は一条に残っていると聞いているから…きっと何とか乗り切ったんだろう…)
あの時の様子では久我の三男は瑠璃に惚れている様子だった。
後は疫病神が消えるだけ。
(明日が…きっと最後の会話になるんだろうな…)
同じ日本に居るのだから、逢う事はもしかしたらあるかもしれないが、きっとそれはすれ違うだけのもので。
明日を境にして瑠璃と自分の道は永遠に交わることは無い。
(でももう、それでいいんだ…)
あんな思いを瑠璃にさせて。
それで傍に居てくれとはもう言えない。
あの時に。
京都を逃げ出したあの時に。
俺はもう瑠璃の手を取る資格を失っていたのに。
(とにかく幕引きぐらいはきちんとしよう………)
最低な男なら最低なりに、きちんと引くべき幕を下ろすべきだ。
いつものようにソファーに座って一人手酌で酒を注ぐ。
あの日瑠璃と過ごした此処は自分にとって特別な場所になった。
あの日以来、誰もココには泊めていない。
多分これからも泊めることは無い。
自分が疲れた時に、思い出にだけでも縋りたいときに、ひっそりと訪れる場所になる筈だ。
多分ここは何十年たっても施設が改修されても。
自分が死ぬまでは、このままである筈だ。
瑠璃を抱いて布団にくるまっていた時のあの安らぎは、もう一生手に入れることは出来ないけれど。
あの時の思い出はここにあるから。
拓馬が立ちあがってゆったりと窓際へと向かう。
このスイートは特別な造りで、広大な居室部分もだが、ビル屋上を利用した広大なバルコニーもついている。
そのバルコニーからは嵐山の方角も見ることが出来る。
バルコニーに出て、静かに今は暗い嵐山方向を見つめた。
そして静かに酒を煽る。
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