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拓馬の裏切り
しおりを挟むそれから1週間は何事もなく過ぎた。
週刊誌が瑠璃の母と堅三郎の父が結婚したことをすっぱ抜いたことや堅三郎の予言通りにほぼ半ば強引に母の翡翠を堅三郎の父が関西へと連れ戻ってきたのは半分は予定通りで。
並み居る名医からの治療引き受けのオファーを全部ケリたくり。
堅三郎の従兄弟に病院作ってやるとちらつかせて日本でも指折りの現役バリバリの医者をあちこちの病院から強引に引き抜き、まさにドリームチーム的な天才医師の集団が翡翠の治療に当たるために久我の息掛りの病院に集まった。
偶々その病院は鞍馬の方だったので京都の風情が強く適度に静かでもあり、表向きは強引だと拗ねた振りをしている母が実は喜んでいるのだなというのは瑠璃も感じていた。
(けど意外やったなぁ………)
母の翡翠は久我の義理の父の傍に居る時には、いつも纏っているような張りつめた空気が無かった。
なんというのだろうか。
心から安心して頼っているような。
そんな不思議な空気感。
そんなものを母が纏えるとは思ってもみなかった。
口では相変わらずの可愛くない物言いはしていたけれど。
それも以前に比べたら遥かにましで。
久我の義父になんだかんだで従っているというか、甘えているというか、そういう雰囲気が見え隠れしていた。
最初は資金関係では苦労すると思っていた瑠璃の心配は杞憂で。
借り換え関係の打診をした銀行はどれも大歓迎の様相で。
何処も、ぜひうちにと担当を送り込んでくるほどで。
(せやんなあ…いざとなったら後ろに久我やねんから……そこらの銀行なんぞ吹っ飛ばす力持ってるし…)
けどその借り換えも久我のお義父はんが「いらん」の一言で追い返して。
(あれから…拓馬からの連絡は一回も無い……)
愛人契約なんて言いながら、全くのなしのつぶてで。
堅三郎の判断で愛人云々の話は伏せられたものの。
久我のお義父はんはじめお義兄はん達も藤堂が乗っ取りを図ってきてるというのはもう知っていて。
色々動いてくれているようだった。
瑠璃はその間、女将業務をただこなしていただけだったけれど、改めて経営に向いてない自分を痛感させられた。
(久我の一族の男子て、ホンマに生まれながらの経営者なんやなぁ………)
おっとりに見える堅三郎からして、ちょっとやる気出したらすっかり一条の皆は言うなりやし。
銀行やら藤堂とのことも、ほぼ久我のほうで当たってくれてるような有様で。
(ホンマに出る幕あらへんもんなぁ)
気が付いた時にはちゃっちゃとええ方向に行ってるような有様で。
綺麗な庭を眺めてちょっとぼーっとする。
そしたら懐のスマホがピロンと鳴った。
取り出してみたら拓馬からのショートメールで
「何時もの部屋に、明日水曜日午後7時に」
とだけ書いてあった。
それにドキッとする。
スマホを見つめたまま固まって居たら麻耶がバタバタと駆けこんでくる。
「ちょっとっっ!瑠璃!ちょっとこっち!」
麻耶が慌てて自宅の方の庭へと瑠璃を連れていく。
「ちょっ!麻耶ちゃん!どないしはったん!?」
何時にない様子に瑠璃が聞いた。
自宅の庭に出て麻耶が周りをしっかり確認して人が居ないのを確かめてから
「いい、瑠璃、落ち着いて聞いてね?びっくりしないでよ!?」
小声で言った。
鬼気迫るその様子に瑠璃がとりあえず頷く。
「聞くつもりは無かったんよ?けどさっき堅次郎さんが来て………堅三郎さんとの会話聞いてしまって………堅次郎さんが調べたらすでに一条の土地も建物も藤堂の名義に変わってるって…藤堂が金目当てなら買い戻しもきくけど…開発目当てやったら厄介やて…言ってて」
麻耶が言った。
瑠璃がそれに目を見開く。
「嘘………」
頭をハンマーで殴られたようなショックが瑠璃を襲う。
「嘘やないんよ。ただ、それは元々藤堂の仕業じゃないとも言ってたわ。女将の友達の北新地のクラブママさん。あの人が女将さん騙して仕掛けた罠やて。いろいろ複雑な事情があるみたいやて。それがまわりまわって藤堂の所に行ったって言ってて…アタシ瑠璃にはとにかく報せとかんとて……拓馬は瑠璃を騙してたんよ!既に全部手に入れてるのに!だからもう拓馬に会ったらダメ!」
麻耶がせき込むように言った。
「麻耶ちゃん………」
瑠璃が呆然と呟く。
「騙そうとしてるんよ!絶対!信じてたのに!そんな汚いことはせん奴だって信じてたのに!」
麻耶が吐き捨てる様に言った。
(すでに一条のこの土地も建物も…?……なのに愛人……)
目の前が真っ暗になりそうだった。
愛して信じた男が自分をだまして裏であざ笑っていたなんて。
(ホンマに…恨まれててんな……)
そんなにまでするほど、そうまでして貶めたいほど、拓馬にとっては自分が憎い存在なんだと思い知らされたような気がした。
「いい?瑠璃!なんかあったらまたすぐ知らせるけど、絶対もう拓馬に会ったらダメよ!」
麻耶が言い置いて旅館の方に戻っていく。
それを瑠璃が呆然と見送った。
泣きたくても涙すら出そうになかった。
ただもう、胸の所に石があるみたいで。
(そんなにも嫌われててん…)
前の時、あのホテルでも、結局拓馬は最後は自分を傷つけたりしないでいてくれるんだと、それだけは嬉しかったのに。
(だめな愛人なりに…次に連絡あったら…ちゃんと拓馬にはじめてをあげてから、拓馬が飽きたらきちんとお別れしようて決めてたんに…)
ただ結婚できればいいわけじゃないと思い知った以上はもう、結婚は誰ともしないと決めていたから。
(せやから最初で最後の人くらい好きな人にしようと思ててんに…)
そんな些細な思いまで踏みにじられるほど、自分は拓馬に恨まれていたんだという思い。
(嫌われててん…)
瑠璃が泣くことも出来ずに俯いた。
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