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瑠璃 愛人デビュー
しおりを挟むあの日から2日、ほぼ寝れなかった。
宿の従業員達への采配すらも、どこか上の空で。
「今夜…」
彼に抱かれる。
彼の復讐を成就させる為に。
使い捨ての女としての日々が始まる。
宿の客の受け入れ時間を過ぎ、一通りの挨拶が済むとあとは従業員達がきちんと仕事をこなしてくれる。
そのタイミングでいつも瑠璃も自宅エリアへと下がる。
その日はいつもの様に自宅側でお風呂を使い、湯から上がるといつものスキンケアではなく、再び化粧を施す。
そして和装ではなく洋装に着替えて、髪をおろしたままで整え、大きめのサングラスをかけて宿の運転手に頼んでおいた車に乗り込む。
「ホテルコンスタンシアヴィラージェ京都に行って頂戴?」
と、瑠璃が告げた。
「へえ。かしこまりました。なんぞお約束でも?」
と、運転手が聞いた。
「ええ。あちらのエステはかなりええて聞いたから、今日は遅くなるから先に帰っててええよ?」
瑠璃が答える。
ホテルにつくと足早にロビーを抜けた。
エレベーターを待つ間にバッグから金色のカードキーを取り出してゴクッと息を呑んだ。
洋装のせいで、瑠璃だと気がつく者は誰もいなかった。
チン、と軽い音がしてエレベーターがロビーフロアに降りてくる。
誰も乗っていないのを確認してから乗り込んで、カードをかざす窓にカードをかざした。
するとランプの付いていなかったボタンがほんのりと光を灯らせる。
それを震える手で押した。
(いよいよ…なのね…)
崩れそうになる気持ちを必死で立て直した。
エレベーターはどの階にも止まらずに真っ直ぐにosのボタンの階についた。
いきなり部屋なのかと思ったら、一応は降りて廊下的な空間があった。
ただしこの間の階の様に長い廊下はなく、降りてすぐのエントランス的な空間の向こうには大きなドアが見えている。
(ノック…すべき?)
と、少し迷ったが、キーは貰っているのだから、ノックも変だと思い直してカードキーをドアにかざした。
カチャリ、と鍵の空く音がして、瑠璃が大きな取ってを押した。
思いの外、軽くフワリとドアが開いて、予想より遥かに贅沢でラグジュアリーな空間がそこにあった。
ゴテゴテと派手なのではなく、スッキリとしていて、でも上品な。
(拓馬らしい…かも…)
大学生だった頃、こういう旅館に泊まりに行くデートは出来なかったけど、よく旅行雑誌を二人で見てた。
その時に「このホテルいーなあ」と、拓馬が言うのは大抵がセンスのいいホテルで、華美なものよりシックな豪華さが彼は好きだった。
(一条には無いものやなあ…)
一条の内装は勿論華美ではないが、ここに比較するとやはり敷居の高い重厚さがある。
(伝統は無くしたらあかんのやろけど…)
けれど一流だと称されるものには変化する柔軟性もまた求められる。
(一条は…変わるべき時が来てるのかも知れへんな…)
藤堂リゾートからの買収の気配があり、他にもチラチラ気配は見える。
大抵の場合、それは一条の持つ格式と伝統を欲しがってのことだが、持ち込まれるいろんな話の時には必ず立地を利用した世界的リゾートへの変革なるものが絡められていた。
(そのポテンシャルはあるのに生かせてまへんえ?て言われてる言うことなんかな…)
一条をどう変革すれば伝統と歴史を失わずに更に高いところへと行けるのかは解らないけれど。
(せやんな…うちが堅三郎さんを伴侶にと決断したんは、久我のお家の経営手腕の確かさと、あの一族、皆センスええからやもんなあ…)
久我のホテルは一条張りの格式と伝統があるのに、リゾート的な要素も早くから入れている。
(せやんな…離れ一つ取ってもウチとはちゃうかってんなあ…)
何度か見せてもらった離れ。
本館の重厚さは変わらずでも、離れには久我らしさは残しつつ、やはり現代の和が表現されていた。
(超一流の久我がやるから、あれは凄いねんなあ…)
何となくそう思いながら内装を見て回る。
拓馬はまだ来ていなくて、街もまだ暮れきって居なかった。
(こういう時、どないしたらええのんやろ)
瑠璃がちょっとため息をつく。
愛人なんてやったことが無いから、どう時間を潰していいのか解らなかった。
とりあえず習慣的に早めには来たものの、こういう時早く来るものなのかすら迷った。
(何だか盛っとるみたいで嫌やしなあ…)
けれどビジネスマナーなら早めで正解だし、戸惑う事だらけだった。
(本屋に愛人マニュアルなんてあらへんもん)
と、ため息をつく。
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