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堅三郎と麻耶 スカイラウンジ
しおりを挟む「ほなら…約束は絶対に違えんでくださいね?」
瑠璃がドアを出るときに振り向いて言った。
藤堂が頷いて、それを確認してからスタスタとエレベーターへ向かう瑠璃を、思わず藤堂が後追いした。
歩き去ろうとする瑠璃の腕を強く引いて振り向かせた。
そしてその華奢な体がよろめいたところを、難なく自分の腕の中に囲い込んだ。
瑠璃が驚いて踠こうとするのを許さないでギュっと強く抱きしめる。
「慣れてない…愛人契約なんて条件…お前以外に出したことなんかない」
さっきの部屋での質問に答えるように言った。
瑠璃がそれにちょっと驚く。
彼が抱きしめた腕が離れて、嘘よ、と言い返そうとしたのに、彼は答えを聞きたくないかのように顔をそらして。
「じゃあ、約束の水曜日に」
と、だけ言ってさっさと踵を返してドアをカードキーで開けて消えた。
取り残されて瑠璃がそのドアを呆然と見つめる。
彼の言葉に戸惑うように逃げ出すような素振りで瑠璃がエレベーターへと向かった。
それを植木の陰から麻耶と堅三郎がガッツリ見ていた。
「ど…どういう事…」
麻耶が堅三郎に縋り付いた格好のままで呟く。
「あの様子やと、瑠璃ちゃんは一条に戻るな?」
堅三郎が呟く。
「愛人て…愛人てどういう事!?」
麻耶がワナワナと震えて堅三郎の衣服を思わずギュっと握る。
「麻耶ちゃん?言うたろ?冷静に。言葉だけで判断すんのは女の悪いとこやで?」
堅三郎が言った。
「けど!愛人て!」
麻耶が食い下がる。
「あの様子やと瑠璃ちゃんは一条に戻るよな?藤堂はんが追う様子もないな?ほなら瑠璃ちゃんは取り敢えず安全やな?なら、とにかく作戦練るで、おいで?」
堅三郎が麻耶の手を引く。
「あ!ちょっ!」
麻耶が驚くのに構わずに、堅三郎が麻耶の手を引いたままでエレベーターに乗り込む。
「ど、どこ行くの?」
麻耶が聞いた。
「言うたやろ?作戦会議。今わかってる事キチンと確認せな間違うたら一大事や」
堅三郎が言った。
麻耶の手を引いて、エスコートでもするかのように、堂々とフロアに降り立ってラウンジらしき所に入っていく。
明らかに高級感漂うラウンジに麻耶が慌てる。
「ちょ!堅三郎さん!?なんでここ!?」
麻耶が聞いた。
「瑠璃ちゃんが安全なら今すぐ追う必要は無いやろ?ほならついでやから、前から話題になってたスカイラウンジ見とこうかと思てな?敵状視察や」
堅三郎が慣れた風で係に案内されてラウンジへと入る。
「予約は無いんやけどかめへんか?」
と、係に聞くと、係が当たり前のように頷いて答える。
「勿論でございます。久我様。」
麻耶がその言葉に驚いて小声で聞いた。
「な、なんでこの人、堅三郎さんを知ってるの?」
その問いに堅三郎がやっぱり小声で答える。
「まあ、僕も京都の旅館関係者やから、どこかで見られてたんちゃうかな?」
係が窓際の暮れなずむ夕景のきれいなスペースへと二人を案内して、二人が席へとついた。
「僕にはドライウォッカをダブル。彼女にはファジーネーブルを」
と、堅三郎が言った。
意外にも慣れた素振りに麻耶がちょっと驚く。
「まだこの時間は僕達の貸し切りやな?」
堅三郎が微笑む。
「係に話を聞かれるんじゃ?」
麻耶が聞き返した。
「部屋取ったほうが良かった?ほならそうするで?」
堅三郎が聞いて、麻耶が慌ててブンブン首を振る。
「あ、傷つくなあ?僕と部屋に入るのが嫌みたいなやんな?」
堅三郎がちょっと拗ねる。
「ち、違!そんなじゃ!ただお金が勿体無いなと!」
麻耶が慌てて言った。
「ホンマにー?ホンマは嫌ろてるとかやないやろなー?」
堅三郎がからかうように聞いた。
「そ、そんなわけ無い!親友の婚約者なんだし!」
麻耶が敢えて線を引きたいかのように言った。
「ほならそういう事にしといてもええけどー」
堅三郎がゆったり微笑んでジッと麻耶を見つめる。
「で、あの…作戦…」
言いかける麻耶の唇にわざと触れるように堅三郎が指を当てた。
「焦らんとき。まだグラス来てへんやろ?来てからゆっくり相談な?」
と、堅三郎が言った。
(…な、なんか気持ち…スキンシップ多くない?)
麻耶が考えてからまた焦る。
(ナイナイナイナイ!多くない!)
自分の考えを振り払う。
二人でグラスを待つ間、暮れていく京都の町並みを見下ろしていて、係が手際よく、グラスと小さなツマミの皿を置いていく。
「じゃ、まずは乾杯」
堅三郎がグラスを差し出す。
「か、乾杯してる場合ではないよーな気が」
麻耶がグラスを合わせながら聞いた。
「情緒ないなあ?焦っても駄目やて。こういう時は落ち着いて冷静に。鉄則やで?」
堅三郎が微笑む。
「堅三郎さんて意外にも大人だね?」
麻耶が言った。
「意外にもて。僕、君たちより年上やで?大人やないと困るやん」
堅三郎が笑う。
「2つしか違わんやん。」
麻耶が堅三郎の口調を真似するように言った。
「あ、その口調、可愛ええな。麻耶ちゃんは関西弁の方が似合うで?こっちの男に嫁ぐべきやな?」
堅三郎がニンマリと笑って言った。
「え?」
と、麻耶が聞き返す。
「さっきの答えな?2つしか違わんでも僕は三十代、君らは二十代な?僕のが大人や?」
堅三郎が話を逸らすかのように言った。
「たった二つだよー?」
麻耶が繰り返す。
でも内心はドキドキして止まらなかった。
(ま、不味いかも…ホントに不味いかも…)
ちょっと前まで頼りないボンボンだと決めつけてた堅三郎なのに、何かにつけて男っぽくて、意外にも俺様なリードで。
表情や言葉はおっとり柔らかいのに、何かする時は有無を言わせず引っ張っていく。
絶対恋してはいけない相手なのに、自分のツボにハマってくるタイプなんだと気がついてしまった。
(ほ、本気で不味い事になる前に避けるべき?)
親友の婚約者とどうのこうのなんて修羅場、想像もしたくないと思えた。
(な、なのに視線…そらせない…)
柔らかく微笑んで見つめてくる堅三郎から目をそらせなかった。
「んじゃ?始める?」
聞かれて麻耶がハッとする。
「あ?え?…あ…」
一瞬思考が追いつかずに戸惑う。
「作戦会議」
堅三郎が柔らかく笑う。
「あああ!はいはい!作戦会議!」
麻耶がブンブン頷く。
「まずな?突然結婚取りやめ宣言な?原因は債権関係ではないか言うんは多分間違ってないとして。なんの理由かは不明でも一条にとってまずい状態があるからこそ、瑠璃ちゃんは藤堂はんの言うことを聞かざるをえなくなってる。そしてそれは僕との結婚に、支障が出るような内容の困り事を押し付けられてるから僕に断りを入れてきとると考えてええよな?」
堅三郎が言った。
「それが…愛人となんで関係あるの?」
麻耶が聞いた。
「瑠璃ちゃんは二股できる子やないやろ?愛人になる事が返済猶予の条件やとしたら?僕の事、義理建てして縁談断るのはあると思えへん?」
彼らしい柔らかな言い方で、堅三郎が聞いた。
「拓馬がそんな卑怯なことを!?最低よ!」
麻耶が思わず声を荒げそうになる。
「形上はな?」
堅三郎が思いのほう冷静な声で答える。
そしてグラスに口をつける。
薄暗く暮れてきて灯りが灯り始めた街並みを考えを巡らすように見つめた。
「どういう事?」
麻耶がまた聞き返す。
「さっきの藤堂はん。ただの体目当てに見えた?」
堅三郎が不意に麻耶を見つめる。
「え?」
麻耶がまた聞き返した。
「愛人というより大切なものみたいに抱きしめてたと、僕には見えたねんけどな?」
堅三郎が言った。
「けど!ならなんで愛人なんて…」
麻耶が食って掛かる。
「そら、藤堂はんに聞かな解れへんて。けどな。男女のことは難しいんやで?見た目だけの行動と考えが一致しとらん時なんぞなんぼでもあるで?」
堅三郎が答える。
「え?どういうこと?そんなら拓馬は瑠璃を好きだから愛人に?好きな女に愛人になれとか言う訳ないじゃん!?」
麻耶が言った。
「普通なら言わへんな?けど瑠璃ちゃんは結婚が決まってる。藤堂はんがその結婚までだけでも瑠璃ちゃんを欲しいと望むならあり得ると思えへん?」
堅三郎が聞いた。
「三ヶ月だけやなんて!そんな遊びみたいなことで人様の大事な婚約者を傷物にしていいわけないでしょ!?」
麻耶が聞き返す。
「藤堂はんには遊びやなくて本気やとしたら?」
「え?」
麻耶が固まる。
「買収やのーて。本当は瑠璃ちゃんが好きで堪らんで、結婚の噂聞きつけて邪魔したくてきてたら?」
堅三郎が聞いた。
「そ、そんなのこそ最低じゃん!?」
麻耶が目を見開く。
「最低でも止められないから恋愛なんちゃうか?」
問われて麻耶が黙る。
「間違うてると解ってて頭で止められへんから恋愛で。頭と違うことを簡単に体がやってまうのが恋愛なんとちゃうのん?」
堅三郎が重ねた。
何時もはホンワリしている堅三郎は、その時だけは妙に固く凍った表情で言った。
その横顔が、なぜか麻耶には印象的で視線を離せなくなる。
「堅三郎さんにもあったの?そんな…そんな感情…」
麻耶が少し遠慮がちに聞いた。
堅三郎が答えないままにジッと街を見下ろす。
だから麻耶も、それ以上は聞けなくて黙った。
暫くジッと黙って飲んでいて、不意に堅三郎が答えた。
「あったよ。」
とだけ答えて、またジッと窓の外をを見る。
麻耶が何も言わずに堅三郎の横顔を見つめた。
「可能なら僕も彼女を拐いたかった」
堅三郎が呟く。
「僕の場合は拐いたくとも彼女と結婚相手は相思相愛でどないしようもあらへんかったんやけどなあ?」
誤魔化すように堅三郎が茶化す。
それでも麻耶は無言のまま、ジッと堅三郎を見つめた。
麻耶の視線に堅三郎も黙る。
そして自嘲するように微笑った。
「ホンマは最低野郎になってでも奪い取りたかってん。どんなエゲツない手を使ってでも…」
堅三郎が言った。
ちょっとだけ寂しそうに。
「堅三郎さんは拓馬がそういう思いから行動してると思ったの?」
麻耶が聞いた。
堅三郎が頷く。
「なんで?なんでそう思ったの?」
麻耶がもう一回聞いた。
「廊下で。瑠璃ちゃんを引き止めた彼の姿は必死に見えたし…抱きしめてるとき凄く大事そうに瑠璃ちゃんを抱いてた」
堅三郎が答える。
「それに…結婚前のこの時期にわざわざ買収って変やな?ウチから資金が入って不利な局面になると解ってる。決して分のいい勝負とも言えへん。それでもわざわざ乗り込んでまできてて。そして瑠璃ちゃんに無茶苦茶なこと言うてる。実業家の判断ならせえへんことばっかりや」
と、堅三郎が続けた。
「確かに…それはそうだけど」
麻耶が考えるようにグラスを見つめる。
「他にもいくらでも老舗なんてあるよ。でも彼には多分、他ではあかんのやろな。瑠璃ちゃんのおらんとこは意味がないのや。」
堅三郎が眼下に見える街の明かりを見つめながら言った。
確かに麻耶にもさっきの拓馬は瑠璃を必死に追いかけて縋り付いたように見えた。
「けど…瑠璃が望まんのにそんな!」
麻耶がそれでも言った。
「せやな。瑠璃ちゃんが望まんのやったら何としても阻止せなあかんやろな?」
堅三郎も頷く。
「でも…阻止って…どうやって」
麻耶が聞いた。
「一条には融資関係以外の弱みなんかはないというなら、きっと愛人の交換条件は融資の猶予が最も可能性高いやんな?それなら資金が入れば解決やろ?僕が親父に融資早めてくれ言うてみるわ」
堅三郎が言った。
「堅三郎さん…そんなの出来るの?久我のご当主さんは結婚時にしか融資はせんてガンとして言ってるって聞いてる」
麻耶が聞き返す。
「まあ、ダメ元でも言うてみる価値はあるやろ?それに仮に藤堂はんが本気で瑠璃ちゃんを好きやとしても、こんな形で奪い取るんはやっぱりお互いに傷が残ってまうやろ?それは避けたいやん?」
堅三郎がやれやれという仕草をする。
「堅三郎さん…」
麻耶がホッとしたように呟く。
「まだ融資でけるかは解れへんで?全力は尽くすけど。それよりその当座を回したあとも融資の決済は次々にくるやろ?そっちは回るんか?」
堅三郎がちょっと心配そうに聞いた。
「当座がつなげたら、予約はいっぱいやし、とりあえずの所は乗り切れる目処は立ってるよ?というか、できたら堅三郎さんも一緒に帳簿見てよ?アタシただの事務方で、堅三郎さん未来の若旦那だよ?堅三郎さんのほうが帳簿知ってて本当やん?」
麻耶がちょっと語尾に関西弁のトーンを混ぜて答える。
無意識の会話にちょっとだけ混ざる関西弁のイントネーションが可愛らしくて、堅三郎が目を細めて麻耶を見る。
「ええで?ほなら麻耶ちゃんいろいろ説明してな?」
と、堅三郎がニッコリ微笑った。
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