復讐の甘い罠

藤木兎羽

文字の大きさ
上 下
8 / 36

事実確認 堅三郎と麻耶

しおりを挟む

自室に居るのも落ち着かずに堅三郎がフロント近くのロビースペースに座り込んだ。
そこは和洋が上手に折衷した空間で、和風ながらソファーもあった。

(急に…どうしちゃったんや……瑠璃ちゃん…)
幼馴染だし、気心も知れてる彼女は自分の中では真面目ないい子という印象でしかなかった。
恋愛感情があるか無いかと言えばそこまで激しいものは無いけれど。
夫婦として仲良くは出来ると思ったから縁談を引き受けた。

父から融資の条件に結婚をつけたと聞いた時、本当は兄弟揃って反対した。
跡取りの堅一郎兄さんは既に嫁が居るから除外で、四男の堅志郎は大学生だからこれも除外として。
次男の堅次郎兄さんと自分が結婚対象だった。

でも何故か父は頑なで、それをしないと一条には融資しないと言い張った。
堅次郎兄さんが昔、父が一条の大女将にこっぴどく振られたんだと言い、父は嫌がらせの為に無茶振りをしてるんだとも言った。
一条の女将と自分達の父親の醜聞はこの久我家では触れてはならない暗黙の案件で。
兄はそれがあるから今回のことは親父の嫌がらせだと豪快に笑った。

一条の大女将はこんな条件飲まないから、お前も安心していいぞ?と笑う兄に、ふと、それじゃあ幼馴染の瑠璃ちゃんが困るんじゃないかと心配になった。

堅次郎兄さんは縁談が嫌なようだったが、自分は恋人もいないし、好きだった人は他の人と結婚してやけくそ起こしてたしで、どうせ好きな人と結婚できないならせめて、幼馴染の瑠璃ちゃんを救おうと何となく思い立った。
何時までも好きな人を忘れられずにくよくよしてる自分にも嫌気がさしてたから。

そうして瑠璃ちゃんに事前に連絡を取って二人で相談して、両方の家に縁談を勧めてくれと伝えた。

案の定で父も大女将もおったまげてたけど。
それでもいいと二人して決めたことだった。
それをあんな風にひっくり返してくるのは瑠璃ちゃんらしくないと思った。

(絶対何かある…あんなん瑠璃ちゃんやなか)
堅三郎が内心で呟く。
仮に自分のことが嫌いになったなら、それなりの予兆がある筈だし、この縁談を破談にするのは瑠璃ちゃんの側の不利こそ産んでも、何も得することが無い。

(そうだ………麻耶ちゃんにそれとなく聞いてみようか…)
何かと自分に突っかかってくる麻耶ちゃんに聞くのが正しいかは解らないが、今回の事については一番事情が聞けそうなのが彼女だと思えた。

(麻耶ちゃんのことだからきっとまだ事務室にいるよな)
と、堅三郎が立ち上がる。

事務室のドアをコンコン、と叩くと案の定で
「はい」
いつものつけつけした返事が帰って来た。

「あの、麻耶ちゃん、ちょっとええかな?」
堅三郎がドアを開いてから、何時ものおっとりした口調で聞いた。
「こんな時間に何の用?」
麻耶もいつもの様につっけんどんに返した。

「あ、えと、まず座ってええかな?こみ入っとるんや」
堅三郎がゆったりと微笑む。

この京都では知らぬ者の無い名門、久我家の人間らしい余裕綽々な堅三郎の態度に、麻耶はいつもイラついていた。
(ったく男のくせにいつもへらへらしてっっ)
内心では舌打ちする。
しかし無碍にも出来ないので

「どうぞ」
相変わらずのつっけんどんさで言った。
「あんな?…突然聞くのもなんなんやけど…あー…でもそやなあ、麻耶ちゃんにいきなり聞くのもあかんかなあ…けど本人にも聞きづらくてなあ…」
堅三郎が切り出す。
そしてじっと観察するように麻耶を見つめる。
そして口ごもって黙る。
黙って聞いていた麻耶が、またそれにイラついた。

「何?変でも何でもいいけど何なの?」
畳む様に問いかける。
「んー…いや…やっぱりやめとくわ」
堅三郎が誤魔化すように笑う。
「な・ん・な・の!?」
麻耶がイラついてもう一回聞いた。
その威圧感たっぷりの有様に、堅三郎がクスリと笑う。

(小型犬が吠えとるみたいやな)
と、内心でクスクス笑う。
気は強いが麻耶は小柄で、男の中では小さくもない堅三郎にはどう見ても必死に強がってるように見えた。

「あ、ええねん!大したことないねん?気にせんといてええで?」
ゆったり踵を返そうとするのを
「待ちなさいよっっ!瑠璃に関わる何かなんでしょ!ならアタシには言って!」
麻耶がガツンと止めた。
行く手を阻まれて堅三郎がちょっと驚く。

(なるほど…本気でこの子は瑠璃ちゃんを心配しとるんやな?ほならまあ話してもええかな?)
と、観察する。
「こんな時間に堅三郎さんが用もなく、こんなところに来るのがまず変よね?という事は重大な何かよね?そしてそれは瑠璃に関わる何かよねっっっ?」
麻耶がズバリ聞いた。

図星されて堅三郎がまた驚く。
(お、賢いな…)
「あー……せやなあ…」
ちょっとビビったかのような素振りで視線を逸らす。
逸らした視線を修正するように麻耶が堅三郎の両頬を潰しかねない勢いで挟んで無理矢理自分の方を向かせた。
「よ・ね?」
ガン睨みしながら再度畳む。

(ホントに…瑠璃ちゃんのこと心配してんねんなー……)
怯えたフリをしつつ堅三郎が内心ではクスクス笑った。

(えらい可愛ええやん…)
そんな堅三郎の態度を真に受けて麻耶が畳みかかる。
「言いなさい。全部吐け。今すぐ」
麻耶が堅三郎の両頬をガッツリホールドしたまま、警察も真っ青の尋問口調で言った。

「ちょぉ待ってぇな!麻耶ちゃんちょぉ待って!ま、まず座らせて!」
堅三郎が言った。
「座りなさい!そこ!」
麻耶が椅子の一つを指さす。
そして自分はもう一つの椅子をドアの前にガツンとおいてガツンと座った。

(吐く迄、絶対に逃がしませんってことやんな……)
瑠璃と付き合ってからこっち、麻耶には噛みつかれてばかりだったがそれは大抵は瑠璃や自分を心配しての言葉だったから麻耶の事は信用していた。
性格が激強い麻耶との喧嘩を堅三郎はどこか楽しんでいた。

麻耶はいつももっと接客しろだの経営を覚えろだのうるさかった。
勿論それは麻耶なりに堅三郎を思って言ってくれてるのは解るのだが、まあいつも喧嘩腰なのだ。

(まあ、そこがまた可愛ええんやけど…)
堅三郎が目をほころばせる。
どうせこの後の展開は解っている。

(話半分も聞かないうちに、お前が頼りないからだと断罪されそうやんな…)
まあそれはどうでもいいのだ。
話の口火を切り、一条の情報を引き出せればそれで問題無いのだ。

「で?」
堅三郎の思惑には全く気が付かないで、麻耶が畳んでくる。
「あ、えと。その………」
堅三郎が臆しているかのような素振りで言った。
「男ならシャキッとしゃべる!」
と、麻耶がガツンと喝を入れる。

「あああっっはいはいはいはいっっっはいっっっ」
堅三郎が慌てて頷く。
「で?瑠璃に何かあったの?」
麻耶が聞いた。
「あ…いや…急に結婚取り消しにしてくれって言ってきて…」
堅三郎がもごもご答える。
てっきり、あんたがしっかりしないからだ!と麻耶が言うんだろうと確信して。

「え………?」
堅三郎の予想に反して麻耶が真っ青な顔になる。
堅三郎がそれに怪訝な顔をする。

(ん?麻耶ちゃんが何で動揺する?)
と、一瞬目を光らせる。
「あの男が来たから………」
麻耶が動揺したのか思わず呟く。

(あの男?)
堅三郎がそれに反応する。
あの男というのがどの男を指すのかは解らないものの、それは瑠璃には何か別のしがらみがあるのだと示唆している言葉だと解った。
(あ、そうだ昼間………)
と、堅三郎が思い当たる。
出迎えに出た客に瑠璃は明らかに変な反応をしていた。
あの時は体調でも悪いのかなと思ったけれど。

(あの男って、昼間来た客の男か?)
確か藤堂リゾートの社長だと言っていた。
今メキメキ力をつけている大企業。
そこの社長と瑠璃に何のかかわりがあるのかは解らないが、何かあるのだとはピンときた。

(そやった、瑠璃ちゃんは前に男と婚約破棄になっとったな…)
その時はまだ、瑠璃のことは単に可愛い妹程度の気持ちでいたから、詳しくは知りもしなかったが、瑠璃の愚痴は聞いたりしていた。

当時の瑠璃は婚約者の男の事で悩んでいて、その後に男が一条を出て、東京に戻り、瑠璃とは破綻したと聞いた。
巷の噂でも大女将のメガネに適わず追い出された東京の男と話題にはなっていた。
その頃は相手の男の名前なんかは気にもしてなかった。

(昼間の男があの時の相手の男?)
と、堅三郎が思い当たる。
「どないなってんの?あの男って誰なん?」
堅三郎がちょっと声のトーンを落として聞いた。

「あ、いやっなんでもっ」
今度は麻耶が焦る。
珍しく焦る麻耶に、堅三郎が豹変して牙を向く。

(麻耶ちゃん悪いなあ?あんまりいじめたくは無いんやけどな?)
事はおそらく一条に関わる大事絡みで。
喧嘩は嫌いだからしたくないが、今は正しい情報を麻耶から引き出さなくてはならない。
「麻耶ちゃん?隠し事はせんといてくれるか?」
堅三郎がちょっと声のトーンを落とす。

(何時もの麻耶ちゃんの技、借りるで?)
堅三郎がちょっと楽しくて悦に入る。
「隠し事…い、いやそんな……」
麻耶が答えきれずに言い澱む。

思わず口を突いて出たが、仮にも瑠璃の婚約者の堅三郎に瑠璃の昔の男の事を言っていい筈も無かった。
「麻耶ちゃん?」
堅三郎がここぞとばかりに間合いを詰めて来る。
「ないっっなんでもっっ!」
麻耶が言った。

「何でも無いならそんな動揺せぇへんやろ?」
堅三郎が思い切りよく上げ足を取った。
じりじりと間合いを詰める。

顔汗ダラダラで焦ってドアにへばりつく麻耶が、何時もにはない焦りっぷりなのが可愛くて、堅三郎が強気な行動に出た。

バン、と麻耶の両脇に手をついて壁ドン状態で
「せぇへんよな?」
と、畳んだ。

麻耶が耐えきれずに視線を逸らす。
堅三郎がその麻耶の顎をとって無理やりに自分の方を向かせた。
まるでキスの様な間合いに麻耶が心底焦ってフリーズする。

「麻耶ちゃん?僕の目ぇ見て言うてぇな?」
堅三郎がまるで囁くみたいに言った。
麻耶が汗ダラダラで最大級に焦りながらも必死で反撃を試みた。

「けっっっ堅三郎さんっっセクハラっっ」
と、必死で睨む。
なよなよのボンボンだと侮っていたのに、こうして間合いを詰められたら、やっぱり自分より背は高いし、肩幅も腕もしっかりしていて敵わないんだと解った。

何よりも堅三郎はあの久我の四兄弟の一人で、久我の息子達と言えばセレブ美男子の代名詞のような存在だった。
もちろん堅三郎もスーパーハイスペック男子の一人なのだ。

「セクハラ?」
と、堅三郎が聞き返す。
麻耶がそれに必死でブンブン首を振る。

「どこらへんが?別に僕麻耶ちゃんに性的なことしてくれなんて言うてないで?それで言うたらさっきの麻耶ちゃんも立派なパワハラやん?おあいこやろ?」
堅三郎が余裕の笑みで麻耶を見下す。
何時も強気な麻耶が焦っていて小さく見えて、俄然愉しくなる。

「ぱっっパワハラっっっ?!」
麻耶が素っ頓狂な声を上げた。

「誤魔化さんといて。僕の質問に答えるんが先やろ?」
堅三郎が間合いを詰めたままで聞いた。

「いっっっ言えないっっ瑠璃のプライバシーにかかわる事は言えないっっ」
麻耶がブンブン首を振る。
「ふうん?プライバシー?それで男が関わる…ね?要するに昔の男言う事やんな?」
堅三郎が聞いた。

図星されて麻耶が白化する。
(す、するどい…)
答えられずに麻耶が黙っていると堅三郎が推理するように更に呟く。

「ふうん。昔の男が現れて突然破談ね?」
という堅三郎の呟きに麻耶が強く反論した。
「違う!瑠璃とあの人はきっちり別れてた!喧嘩別れだったし!」
と、必死で言い訳する。
堅三郎がそれにニンマリ笑う。
「ビンゴっちゅうことなんやな?」
と、言われて麻耶が更に焦る。

おっとりした性格だから、ぼーっとしたタイプだと決めつけていたのに、少ないキーワードからこれだけのことを暴いてくる堅三郎が実は頭のいいタイプなのだと解って驚く。

それでも答えられずに麻耶が上目遣いに不安そうに堅三郎を見つめた。
「そんな怯えんでええて。僕は瑠璃ちゃんの敵になりたい訳やないで?せやね。瑠璃ちゃんは二股する性格やないやんな?そうするとあの男が何かの要求してるとも考えられるよなぁ。」
と、堅三郎が言った。

「え?」
麻耶が驚く。
「ま、ええわ。取敢えず座ろ?立ちんぼもなんやろ?」
と、堅三郎が促す。
麻耶がそれにちょっとホッとする。

堅三郎が思ったより激昂しているわけではないと解って、心底安堵した。
「アタシの所為で瑠璃と堅三郎さんがどうにかなったらどうしようって思ってた………」
麻耶がポツンと呟く。
「あははは、こんな訳の分からへん状況で怒ってもしゃあないやろ?でもきちんと話は聞かせて貰うで?」
堅三郎が彼らしくおっとりと笑って答える。
「でも…」
麻耶がそれでも言い澱む。
「麻耶ちゃん?それこそ、こんな訳の解らん状況で、判断間違うたら?どえらいことやで?」
堅三郎が言った。
麻耶がそれに頷く。

「心配せんでええよ。僕は瑠璃ちゃん信じてるし。幼馴染であの子とのことは、よぉ知ってる。」
堅三郎が微笑む。
それに麻耶がほっとしてポツポツと話す。
「あの人は…あの昼間のお客さんね……藤堂拓馬って言って瑠璃の元婚約者なの。ここで入り婿修行してたんだけど、周りともぶつかって、大女将さんは結婚に反対で。最後は瑠璃ともぶつかって…それで藤堂さんが出てった恰好で……」
麻耶が言った。
「なるほどなぁ…昔少し話題になってたんがあの藤堂はんやったんやなあ?京都なだけに他所からじゃあ敷居が高いよなぁ…すると恨んでるってこともありうるやんな…」
堅三郎が言った。
「でも、そういうタイプの人でもないんだよね。割とさっぱりした性格だったし」
麻耶がちょっと戸惑って答える。
「けどそれで瑠璃ちゃんが結婚止める?なんでやろ?その男がなんかせんとあり得ひんやろ?」
と、堅三郎が聞いた。

「何の理由で瑠璃ちゃんが相手の言うこと聞いてるんか?何か弱みでもあるんかな………」
麻耶が答えずにいると、堅三郎が重ねて呟く。
「うちは別に会計上も綺麗やし、資金繰りは今のところ苦しいけど、でもそれも堅三郎さんと結婚したら落ちつくし。借入先にも変な所は無いし」
麻耶が考えを巡らせるように呟く。
「瑠璃ちゃん個人にも別に脅されるようなことはあり得ひんとして…消去法で行くならお金の問題やなぁ……けど借入先は銀行やろ?」
堅三郎が聞いて麻耶が頷く。
「あ、でもあと、大女将さんの知り合いからとメインバンク以外からの借り入れが一つある」
麻耶が思い出したように言った。
「知り合いさん達は危ない関係とかではないんやろ?」
堅三郎が聞いた。
麻耶がそれにも頷く。
「銀行と、健全な融資先だけなら、まあ変なとこないよなぁ。」
と、堅三郎が言った。
「銀行のは堅三郎さんとの結婚後に期限到来のものばかりだから一息つけば何とか回るし、大女将さんの知り合いのは期限過ぎてるけど待ってもらえてるし」
と、麻耶が言った。

「相手は大手リゾートの社長…以前に一条で嫌な思いをしている……復讐?」
堅三郎が呟く。
「そ、そんな。瑠璃の結婚をぶち壊しに?」
麻耶が真っ青になる。
「けどそれを何で瑠璃ちゃんが飲むのか。僕と結婚すれば三か月後には利息なしの融資が待ってる。融資言うても実質は結納の様なもんで期限もなか、それやのに」
堅三郎が言った。
「脅されるネタなんて………ないよ?」
麻耶が言った。
「正当な理由とするなら、やっぱり借り入れに絡んでのことと考えるべきやなぁ?」
堅三郎が言った。
「借入先が返済を強く言って来た?とか?」
麻耶が聞いた。

「銀行は期限は先やろ?個人融資先は大女将の友人なら無碍には言うてはこんやろし…あ………」
堅三郎がふと思いついたように言葉を切る。
「どうしたの?」
麻耶が聞き返した。

「ちょお待って。パソコン借りるで」
と、堅三郎が言って滑らかなキー捌きで何かを検索する。
「あ、やっぱりや…」
画面を見ながら堅三郎が言った。
「何?」
麻耶が聞き返す。
「ほら?見てみ?常盤九重銀行、たしか一条のメインバンクやろ?買収で経営権が藤堂に握られてる」
堅三郎が言った。
麻耶がそれに目を見開く。
「嘘………」
と、思わず呟く。

「これで言うならやっぱり買収が怪しいな…」
と、堅三郎が言った。
「けどそれならなおのこと何で瑠璃は………堅三郎さんと結婚さえすれば資金繰りは圧倒的に楽になって買収なんて無理になるのに」
麻耶が呟く。
「他の理由とすれば、期限が到達して待ってもらってる融資の返済を迫られたとかしかないけど言うて来てはるとこは無いんやろ?」
と、堅三郎が聞いた。

「うん。その方は大女将さんの状況知ってるし」
麻耶が言って、堅三郎が「んん?」と反応する。

麻耶がまた自分が口を滑らせたという事に気が付いて、慌てて口を掌で覆った。

「麻耶ちゃん?隠し事せぇへんでて言うたよな?僕」
すいっと堅三郎が立ち上がる。

麻耶が居たたまれなくて椅子から立ち上がって逃げる仕草をする。
それをまたドアに追い詰めて堅三郎が逃がさないように壁ドンして間合いを詰めた。
「麻耶ちゃん?」
と、堅三郎が麻耶を睨む。

「いっっっ言えない!これだけは言えないっっ」
麻耶がブンブン首を振る。
「ま・や・ちゃん?」
堅三郎が畳むように、もう一度聞いた。

「瑠璃からも言わないでって言われてるもん!」
麻耶が突っぱねる。
「何べんも言うてるで?僕は瑠璃ちゃんの味方のつもりやで。それでも信用できひんか?」
堅三郎が声のトーンを二段階落として聞いた。

「でも…」
と、麻耶がそれでも言い澱む。

「僕は間違いたくないねん。嘘つかれたり解らんファクターがあったら間違うてしまう。それが致命傷になったら?瑠璃ちゃんの足引っ張ったら?嫌やろ?」
堅三郎が言った。
麻耶がそれでも迷う。
言っていいものなのか戸惑う。

「麻耶ちゃんは僕の性格知ってるやろ?信用できひんか?僕には隠さんで。頼むから」
と、堅三郎が更に畳んだ。
それで麻耶が観念する。

「大女将さん…旅行じゃないの……ガンで…脳腫瘍で入院してて……だからいつもなら回る資金がいろいろ回ってなくて………」
麻耶がそれでも迷いながら途切れ途切れに答える。

「ええっ!」
と、堅三郎が驚く。
「嘘やろ?」
と、思わず聞き返す。

「嘘じゃないの。栃木の方の病院で今、治療してて。だから瑠璃は大女将に心配かけたくなくて何か言われて飲んだのかも………」
と、麻耶が言った。
「融資を引き揚げるといっても銀行系のはまだやし。僕が婿入りしたら解決…ほなら考えられるのは大女将のご友人の債権が買い取られた言う事も有り得るな。」
堅三郎が考えるような仕草で言った。
「けどお友達なのに」
麻耶が聞き返す。

「お友達でも融資額は小さくないんやろ?ほんならその人にも事情がいろいろあったり、やむを得ず手放さざるを得んことが起きたりも有り得るやろ?ちゃう?」
堅三郎が聞き返す。
「そ、それならそれを理由に瑠璃の幸せをぶっ潰して復讐ってこと?」
麻耶が真っ青な顔で聞いた。

「麻耶ちゃん?断定は良くないで。先入観は間違いの元や。買収の方がよっぽど理にも叶うやろ。藤堂リゾートは金は唸るほど持ってる。なんせ元の旅行検索サイトはプラットフォーマーなんやから。仕入れなどは一切かからん。回り始めたら勝手に金が儲かる仕組み。その潤沢な資金をつぎ込んで藤堂リゾートは今や飛ぶ鳥落とす勢いで、開発も施工も自社で回してる。買収してそれぞれの部門を有効に使って建設力も営業力も上げてるやんな。」
堅三郎の言葉に麻耶が頷く。

「それで言うたら藤堂には一条は理にかなったターゲットやな」
堅三郎が続けた。
「どういうこと?」
と、麻耶が聞き返す。

「藤堂のリゾートは人気なら抜群。知名度もやな。けど足らんもんがあるとするなら伝統と格式やんな。一条はそれでいうたら抜群の格式と伝統、そして藤堂好みの広大な敷地を持っとる。その上に自分が嫌な思いをした場所。記憶塗り替えるのにも好都合やな」
堅三郎が言った。
「じ、じゃあここを買収してリゾートにってこと?」
麻耶が聞いた。

「勿論ここ本体は残すやろな。格式や伝統は潰してしまえば元の木阿弥。けど広大な敷地を利用して発展させてリゾート化すればここの地の利からすると世界に向う張れるリゾートが出来る。僕が金持ってて建設力があったらそうする」
堅三郎が言った。

麻耶がそれで目を見開いて堅三郎を見る。

その麻耶の表情で彼女が誤解してると解って、堅三郎が慌てて手をぶんぶん振った。

「ちゃうで!ちゃうちゃう!僕買収とか狙ってへんで!僕にそんな資金力ないで!」
堅三郎が慌てて言った。
麻耶がそれでホッとする。

「お、驚かさないでよもう………」
麻耶が言ってからちょっとふら付く。
「ま、麻耶ちゃん?」
慌てて堅三郎が麻耶を支える。
「だい………じょぶ。ちょっと低血糖………」
麻耶が言った。
「ど、どないしたらええ?僕にできることある?あ、救急車?」
堅三郎が泡を食って聞いた。
「そんなのいらない………あそこの飴とって………それで回復するから」
麻耶が消え入りそうな声で答える。
「あ、じゃあちょっと堪忍な?下心はないで?」
言ってから堅三郎がひょいと麻耶を抱えた。

「え?ちょっっっ!」
麻耶が驚く。
「倒れたらどないすんのや!じっとして!」
堅三郎がピッシャリ言った。

そしてスタスタと麻耶を運んで椅子に降ろす。
「飴ちゃんてこれでええの?」
固まってる麻耶に平然と聞いた。
「あ、…あ、うん……ありがと」
麻耶が素直に礼を言う。
「ホンマに大丈夫なん?」
堅三郎が心配そうに聞いた。
「あ、うん。平気………瑠璃の事が心配でちょっとテンパって………」
麻耶が答える。
「はは、麻耶ちゃんええ子やなぁ。本気で心配してんのやな」
堅三郎が微笑む。
「あ、当たり前だよ。親友だもん」
麻耶が言った。
「大学からだっけ?」
堅三郎が聞いた。
麻耶がコクンと頷く。
「あたし、この性格だし学生時代割とボッチで過ごしてて。瑠璃が初めてなんだよね。こんな性格でも麻耶ちゃん麻耶ちゃんって言ってくれて。」
麻耶がポツンと言った。
「瑠璃ちゃんと麻耶ちゃん、いいコンビやて僕は思うで?麻耶ちゃんくらいシャキシャキしてる子の方が、僕とか瑠璃ちゃんみたいなタイプには合うのや。きっと」
堅三郎が何時ものほんわりした笑顔で言った。
「堅三郎さん………」
麻耶が呟く。
「でもまだあの藤堂の目的は憶測でしかないやろ?麻耶ちゃんと僕は明日から同盟やな」
堅三郎が言った。
「え?」
麻耶が驚いて聞き返す。

「瑠璃ちゃんが何かの事情で突然こんなことしてるのには理由が必ずある。多分それは藤堂に絡んでる。二人でそれを探ろう。あとは瑠璃ちゃんの護衛も」
堅三郎が指を一本立てて言った。
麻耶が目をウルウルさせて頷く。
「堅三郎さんいい人なんだね…アタシ見直したよ……」
「見直したて…ほなら今までどう思っとったん?」
堅三郎が聞いた。
「頼りないボンボンだと…あ……」
麻耶がまた口を手で塞ぐ。
「もー。えげつないなぁ。一応僕かて久我の一員やで?それなりに経営の事とかは勉強してるで」
堅三郎がケタケタ笑いながら突っ込む。

麻耶がそれに素直に謝る。
「ごめぇん。だっていつもおっとりしてるから」

それに堅三郎が苦笑する。
「ま、ええけど。明日からは二人で共闘な?よろしゅうお頼申しま?相棒はん?」
麻耶も頷いて笑い返す。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...