復讐の甘い罠

藤木兎羽

文字の大きさ
上 下
6 / 36

土方

しおりを挟む

コンコン、とドアが鳴った。
藤堂がそれにハッとして無表情の仮面をかぶった。

「社長。お話は済まれましたか?」
と、土方が入ってくる。

「ああ。最後通牒はした。」
藤堂が窓の傍に立って庭を見つめながら答える。

「それで?どのようなお話に?」
土方が聞き返す。

「三か月。猶予をやる。条件付きでな。」
藤堂が答えた。
「条件?そのような予定は無かった筈では?それに三か月たつと久我の息子との婚姻成立で融資が整い相手に有利に」
土方が言ってくる。

「心配するな。予定は変えない。見せかけだけだ。この旅館は買取ることに変更はない」
藤堂が言った。
「なるほど。猶予をやると見せかけてとどめをという事ですね」
土方が言った。

その言葉が何故か藤堂にはズキンと刺さった。

(まるで詐欺師のようだな…)

口先三寸で相手を騙すかのように、結果としては瑠璃を翻弄するような格好になっている。
何となく息苦しい空気感を感じて、藤堂が窓をからりと開けた。
秋の気配の差し始めた夏の終わり独特の気配。

来る時に見た夏の緑の嵐山もいいものだが、嵐山はやはり秋の紅葉が素晴らしい所だった。
今はまだその秋の濃い気配の風ではなく、夏の気配が強かった。

ところどころにライトアップされた夜の庭に静かな気配が満ちていた。
ふと、視線を遣ると小さな木戸が目に入った。
ここに住んでいたとき、あの木戸を潜って自宅に良く戻った。

あの木戸の向こう側が自宅の庭で、あの木戸のこちらはお客様の為の世界で。
仕事を終えて、あの木戸を潜った時にホッとしたのを覚えている。

「とにかく予定変更はない。次の段取りも滞りなく進めておくように」
藤堂が簡潔に命じた。

土方は実は藤堂の秘書で、自分の名前を出せば瑠璃が警戒して予約を受けない可能性があると踏んで、系列の子会社の名前を使い、土方に予約を取らせた。
表向きは接待旅行のような素振りで居ても、土方と藤堂は純然たる上司と部下だった。

「はい。この後、仲居がここに食事を運んできますわ?いかがされます?」
土方が聞いてくる。
「ああ、確かにな。別に取ると怪しまれるかもな。同じ部屋でとっていいぞ」
藤堂が答える。

土方がそれに嬉しそうに微笑む。
プライベートではないとはいえ、土方にとっては藤堂は正に憧れの上司だった。
冷徹な判断力と大胆な行動力。
実は官僚の娘で、それなりにいい家柄の娘である土方にとって、藤堂は夫として理想と言えた。

(この旅行で落としてみせるわ)
女としてもそれなりに自信はあった。

距離感さえ崩せれば上手くいくと踏んでいるのに、藤堂の前にはどこか壁があって今までそれを崩せずにいた。
この旅行は出張とはいえチャンスだと思えた。

(こんな高めのハイスペックな男、滅多にいないもの)
藤堂は顔も文句なしに一級品だし、スタイルも抜群にいい。
理系男子なのにガリガリタイプでもなく、スポーツも得意だ。
背が高く細身だが、がっしりとした肩幅などもあり、ひ弱ではない。

仕事が押して社に何日も泊まることになった時、たまたま偶然にシャツを着替えている藤堂の綺麗に割れた腹筋を見て、一目で好きになった。
あの時から土方の中では藤堂はただの上司ではなくなっていた。

(この旅行にかけるわ!)
「では社長…私、先にお風呂をいただいて着替えてまいりますね。私服でというのも変ですから」
と、土方が立ちあがる。
「ああ、そう言えばそうだな。俺も先に浴びて来ようか」
と、藤堂も頷く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

偶然PTAのママと

Rollman
恋愛
偶然PTAのママ友を見てしまった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...