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土方
しおりを挟むコンコン、とドアが鳴った。
藤堂がそれにハッとして無表情の仮面をかぶった。
「社長。お話は済まれましたか?」
と、土方が入ってくる。
「ああ。最後通牒はした。」
藤堂が窓の傍に立って庭を見つめながら答える。
「それで?どのようなお話に?」
土方が聞き返す。
「三か月。猶予をやる。条件付きでな。」
藤堂が答えた。
「条件?そのような予定は無かった筈では?それに三か月たつと久我の息子との婚姻成立で融資が整い相手に有利に」
土方が言ってくる。
「心配するな。予定は変えない。見せかけだけだ。この旅館は買取ることに変更はない」
藤堂が言った。
「なるほど。猶予をやると見せかけてとどめをという事ですね」
土方が言った。
その言葉が何故か藤堂にはズキンと刺さった。
(まるで詐欺師のようだな…)
口先三寸で相手を騙すかのように、結果としては瑠璃を翻弄するような格好になっている。
何となく息苦しい空気感を感じて、藤堂が窓をからりと開けた。
秋の気配の差し始めた夏の終わり独特の気配。
来る時に見た夏の緑の嵐山もいいものだが、嵐山はやはり秋の紅葉が素晴らしい所だった。
今はまだその秋の濃い気配の風ではなく、夏の気配が強かった。
ところどころにライトアップされた夜の庭に静かな気配が満ちていた。
ふと、視線を遣ると小さな木戸が目に入った。
ここに住んでいたとき、あの木戸を潜って自宅に良く戻った。
あの木戸の向こう側が自宅の庭で、あの木戸のこちらはお客様の為の世界で。
仕事を終えて、あの木戸を潜った時にホッとしたのを覚えている。
「とにかく予定変更はない。次の段取りも滞りなく進めておくように」
藤堂が簡潔に命じた。
土方は実は藤堂の秘書で、自分の名前を出せば瑠璃が警戒して予約を受けない可能性があると踏んで、系列の子会社の名前を使い、土方に予約を取らせた。
表向きは接待旅行のような素振りで居ても、土方と藤堂は純然たる上司と部下だった。
「はい。この後、仲居がここに食事を運んできますわ?いかがされます?」
土方が聞いてくる。
「ああ、確かにな。別に取ると怪しまれるかもな。同じ部屋でとっていいぞ」
藤堂が答える。
土方がそれに嬉しそうに微笑む。
プライベートではないとはいえ、土方にとっては藤堂は正に憧れの上司だった。
冷徹な判断力と大胆な行動力。
実は官僚の娘で、それなりにいい家柄の娘である土方にとって、藤堂は夫として理想と言えた。
(この旅行で落としてみせるわ)
女としてもそれなりに自信はあった。
距離感さえ崩せれば上手くいくと踏んでいるのに、藤堂の前にはどこか壁があって今までそれを崩せずにいた。
この旅行は出張とはいえチャンスだと思えた。
(こんな高めのハイスペックな男、滅多にいないもの)
藤堂は顔も文句なしに一級品だし、スタイルも抜群にいい。
理系男子なのにガリガリタイプでもなく、スポーツも得意だ。
背が高く細身だが、がっしりとした肩幅などもあり、ひ弱ではない。
仕事が押して社に何日も泊まることになった時、たまたま偶然にシャツを着替えている藤堂の綺麗に割れた腹筋を見て、一目で好きになった。
あの時から土方の中では藤堂はただの上司ではなくなっていた。
(この旅行にかけるわ!)
「では社長…私、先にお風呂をいただいて着替えてまいりますね。私服でというのも変ですから」
と、土方が立ちあがる。
「ああ、そう言えばそうだな。俺も先に浴びて来ようか」
と、藤堂も頷く。
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