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泣き顔
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気持ちいいのが好き。
「んっ……♡」
こうやって、後頭部を固定されて舌を絡めながらキスされるのなんて最高。もっとしてほしい♡
しかも今、結構いい感じに酔ってるから尚更気持ちいい。やっぱたまには街のバーに出向いて息抜きするのも大切だよね……♡
ちゅくっ……♡
「ふ、ぁっ♡」
「……ナノハ、どうする? 今日も俺ん家来る?」
「んー、どうしよっかなぁ」
気持ちいいから行く予定。でもすぐに返事はしない。だってその方が楽しいでしょ? ほら、ちょっと焦らすだけで目の前の雄が発情した目を向けてくる。とっても簡単で面白い。
でもちょっとだけ、何だか本当にちょっとだけ退屈だな……。
「勿体ぶるなよ。気持ち良くしてやるからさ」
まぁいっか。久しぶりだし適当に楽しもうっと。
そう思って返事をしようとした時。
「菜乃葉」
耳馴染みのある声に名前を呼ばれて振り返ると、良く見知った顔があった。
わたしは今、とある事情によりシェアハウスで生活している。自分を含めた6人でこのそこそこ大きな家を共有してるんだけど、わたしの名前を呼んだのはそこで一緒に暮らしてるシェアメイトのうちの一人、俊輔だった。
普段はお調子者でいわゆるムードメーカーって感じなのに、今の彼はどこか様子がおかしい。……うん、怒ってるな。
「菜乃葉、帰るぞ」
「へ?」
そう言った俊輔は、わたしの手首を掴むとものすごい力で引っ張ってくる。
そのまま、折角久しぶりに会った金髪碧眼ガチムチ男性に挨拶をする暇も与えられずに店の外へ連れ出されてしまった。
「待って俊輔っ! 痛い!」
あまりにも強い力で手首を引っ張られるせいでどんどん痛みがひどくなって思わず叫んだら、振り返った俊輔がものすごい剣幕をしていた。
「何ノコノコ知らない男について行こうとしてんだよっ!」
「え? 知らない男じゃないけど」
「じゃあ誰だよ」
普段の彼の様子からは考えられないほど眉根を寄せているし語気も荒い。
さっきはいきなり声を掛けられて動揺したけど、ちょっと冷静になった今、何で彼がこんなにも怒っているのか想像がついた。きっとこれはあれだ。そう……嫉妬ってやつ。
「セフレだよ?」
そうニッコリ笑って答えると、俊輔の顔が赤く染まる。何か言いたいんだろうけど、口をパクパクさせるだけで何も言葉を発せていない。
そんな彼の様子をジッと見つめていたら、ここが店の軒先だということに気づいたのか、少しだけ平静に戻った声で囁かれる。
「とにかく、家に帰るぞ」
そのまま腕を握られて、有無を言わせず連行される。
残念だなぁ……久しぶりだったのに。
俊輔の背中を見つめながらため息を吐く。
「何で……」
「ん?」
「何で、俺じゃダメなんだよ」
顔は見えないけど、多分辛そうにしてるんだろうなって想像がつくような声。でもそんな声を聞いてもわたしの心はちっとも痛まない。
「言ったでしょ? 興味無いって」
「っ……」
ちょっと言い方がキツくなってしまったかも。でも仕方ないよ。だって折角これから気持ちいいことできそうだったのに、俊輔のせいで無くなっちゃったんだから。
わたしは根っからの快楽主義者だ。この世界に来る前、日本でOLとして働いていた頃からずっと気持ちいいことが好きだった。
きっかけは初彼とのセックスで、社会人になるまで彼氏が出来たことが無かったわたしは24年以上性の快楽を知らずに生きてきた。初彼はわたしより15歳ほど年上で、年の功かどうかはわからないけどセックスがものすごく気持ち良かったから、わたしはその魅力に取り憑かれてしまったのだ。
ちなみに、その彼とは半年くらい付き合った後で既婚者だって判明したことがきっかけで別れた。もし彼の奥さんにバレて背後から刺されでもしたらたまったもんじゃないし。面倒事は嫌。わたしはただ、安全で気持ちいいセックスがしたいだけ。リスクとか背徳感とかはいらない。
そんなこんなで初彼以来遊びまくってたら、いつの間にか異世界に召喚されてシェアハウスに住むことになっていた。
正直、最初は最悪だと思った。この世界は元の世界で言うところの北欧系の男性―――色素が薄くて堀が深く、がっしりした筋肉質の男性が多かったから。でもわたしは元々、細身で色白、黒髪で塩顔の男性が好きだった。だから、一緒に異世界転移したシェアメイトの中からちょうどいい男性を探そうと思ってた。
それなのに。
「でも、俺はっ……俺は菜乃葉が好きだ」
初めて告白された時みたいに、俊輔が真剣な眼差しを向けてくる。
そう、シェアハウスに住み始めて早々に、一番元の世界の好みに近い俊輔から告白されてしまったのだ。本人曰く、一目惚れらしい。
それなら付き合えばいいんじゃないって思うかもしれない。わたしも一瞬そう思った。でも、そうしなかった。だって彼の気持ちが真剣すぎたから。
「あんな下心しかない男なんかより、俺の方が菜乃葉のことを大切にする自信がある」
そんなに真摯に言われてもわたしの心はちっとも動かない。むしろ後退りしたいくらいだ。
自分でも贅沢だなと思う。でも嫌なものは嫌。わたしはもっと自由に遊び回りたい。
なぜわたしはこうなんだろうって一時期考えたことがある。初彼と別れて色々な男性と関係を持っているうちに、真剣に交際したいと言ってくれた人が現れた時だったと思う。その時も今みたいに真摯に思いを告げられて、後退りしたい気持ちになったのを覚えてる。
結局はっきりとした答えは出ずに、その人にはお断りして身体の関係も解消した。
わたしは確かに尻軽でビッチと呼ばれても仕方ないのかもしれないけど、人の気持ちを利用する人間にはなりたくなかった。人を騙したり裏切ったりするのはわたしの矜持が許さない。
だから、俊輔に対してだってちゃんと断ったし、何度告白されても思わせぶりな態度は取らないようにしていた。それなのに、何度断っても告白してくるから本当にうんざりする。
「なぁ、菜乃葉……」
「だから興味無いんだって」
いつもはもっと柔らかく断ってるけど、今日はいつにも増してしつこいせいでイライラして取り繕う気分になれない。
黒髪のロングヘアと和顔、日本人の平均からしても小柄な体型だということも手伝ってか、わたしは一見すると清楚で大人しそうに見えるらしく、お淑やかとか庇護欲をそそられるとか言われがちだけど、実際は結構気が強い。
普段は外見のイメージに合わせて静かにしてることが多い分、お酒を飲んで気持ちが緩むと本性が出やすいってことを自分でも分かってるから、あまりシェアハウスでは飲まないようにしてる。だからこそ今日はちょっと多めに飲んでいたのだけど、それが仇になったかもしれない。
なんて、冷静ぶって自己分析してみたけどもうどうでもいい。
きっと最初っからこうしていれば良かったんだ。俊輔に対してもっと冷たい態度で接してれば、きっとここまで拗れたりしなかった。
「そんなに……、そんなに俺のことが嫌なのか……?」
「え?」
今まで聞いたことがないような弱気な声がして驚いて顔を上げる。するとそこには、情けなく垂れ下がった眉毛と涙で幕の張った瞳でこっちを見つめる俊輔がいた。
「……泣いてるの?」
「っ、な、泣くわけないだろっ!」
思わず指摘したらすぐに顔を逸らされてしまった。鼻を啜る音がする。
びっくりした……男の人の泣き顔なんて初めて見た。
その後、俊輔は家に帰るまで一言も話さなかった。そんな彼の後ろ姿を見ながら、わたしの頭の中はさっきの泣き顔で埋め尽くされていた。
「んっ……♡」
こうやって、後頭部を固定されて舌を絡めながらキスされるのなんて最高。もっとしてほしい♡
しかも今、結構いい感じに酔ってるから尚更気持ちいい。やっぱたまには街のバーに出向いて息抜きするのも大切だよね……♡
ちゅくっ……♡
「ふ、ぁっ♡」
「……ナノハ、どうする? 今日も俺ん家来る?」
「んー、どうしよっかなぁ」
気持ちいいから行く予定。でもすぐに返事はしない。だってその方が楽しいでしょ? ほら、ちょっと焦らすだけで目の前の雄が発情した目を向けてくる。とっても簡単で面白い。
でもちょっとだけ、何だか本当にちょっとだけ退屈だな……。
「勿体ぶるなよ。気持ち良くしてやるからさ」
まぁいっか。久しぶりだし適当に楽しもうっと。
そう思って返事をしようとした時。
「菜乃葉」
耳馴染みのある声に名前を呼ばれて振り返ると、良く見知った顔があった。
わたしは今、とある事情によりシェアハウスで生活している。自分を含めた6人でこのそこそこ大きな家を共有してるんだけど、わたしの名前を呼んだのはそこで一緒に暮らしてるシェアメイトのうちの一人、俊輔だった。
普段はお調子者でいわゆるムードメーカーって感じなのに、今の彼はどこか様子がおかしい。……うん、怒ってるな。
「菜乃葉、帰るぞ」
「へ?」
そう言った俊輔は、わたしの手首を掴むとものすごい力で引っ張ってくる。
そのまま、折角久しぶりに会った金髪碧眼ガチムチ男性に挨拶をする暇も与えられずに店の外へ連れ出されてしまった。
「待って俊輔っ! 痛い!」
あまりにも強い力で手首を引っ張られるせいでどんどん痛みがひどくなって思わず叫んだら、振り返った俊輔がものすごい剣幕をしていた。
「何ノコノコ知らない男について行こうとしてんだよっ!」
「え? 知らない男じゃないけど」
「じゃあ誰だよ」
普段の彼の様子からは考えられないほど眉根を寄せているし語気も荒い。
さっきはいきなり声を掛けられて動揺したけど、ちょっと冷静になった今、何で彼がこんなにも怒っているのか想像がついた。きっとこれはあれだ。そう……嫉妬ってやつ。
「セフレだよ?」
そうニッコリ笑って答えると、俊輔の顔が赤く染まる。何か言いたいんだろうけど、口をパクパクさせるだけで何も言葉を発せていない。
そんな彼の様子をジッと見つめていたら、ここが店の軒先だということに気づいたのか、少しだけ平静に戻った声で囁かれる。
「とにかく、家に帰るぞ」
そのまま腕を握られて、有無を言わせず連行される。
残念だなぁ……久しぶりだったのに。
俊輔の背中を見つめながらため息を吐く。
「何で……」
「ん?」
「何で、俺じゃダメなんだよ」
顔は見えないけど、多分辛そうにしてるんだろうなって想像がつくような声。でもそんな声を聞いてもわたしの心はちっとも痛まない。
「言ったでしょ? 興味無いって」
「っ……」
ちょっと言い方がキツくなってしまったかも。でも仕方ないよ。だって折角これから気持ちいいことできそうだったのに、俊輔のせいで無くなっちゃったんだから。
わたしは根っからの快楽主義者だ。この世界に来る前、日本でOLとして働いていた頃からずっと気持ちいいことが好きだった。
きっかけは初彼とのセックスで、社会人になるまで彼氏が出来たことが無かったわたしは24年以上性の快楽を知らずに生きてきた。初彼はわたしより15歳ほど年上で、年の功かどうかはわからないけどセックスがものすごく気持ち良かったから、わたしはその魅力に取り憑かれてしまったのだ。
ちなみに、その彼とは半年くらい付き合った後で既婚者だって判明したことがきっかけで別れた。もし彼の奥さんにバレて背後から刺されでもしたらたまったもんじゃないし。面倒事は嫌。わたしはただ、安全で気持ちいいセックスがしたいだけ。リスクとか背徳感とかはいらない。
そんなこんなで初彼以来遊びまくってたら、いつの間にか異世界に召喚されてシェアハウスに住むことになっていた。
正直、最初は最悪だと思った。この世界は元の世界で言うところの北欧系の男性―――色素が薄くて堀が深く、がっしりした筋肉質の男性が多かったから。でもわたしは元々、細身で色白、黒髪で塩顔の男性が好きだった。だから、一緒に異世界転移したシェアメイトの中からちょうどいい男性を探そうと思ってた。
それなのに。
「でも、俺はっ……俺は菜乃葉が好きだ」
初めて告白された時みたいに、俊輔が真剣な眼差しを向けてくる。
そう、シェアハウスに住み始めて早々に、一番元の世界の好みに近い俊輔から告白されてしまったのだ。本人曰く、一目惚れらしい。
それなら付き合えばいいんじゃないって思うかもしれない。わたしも一瞬そう思った。でも、そうしなかった。だって彼の気持ちが真剣すぎたから。
「あんな下心しかない男なんかより、俺の方が菜乃葉のことを大切にする自信がある」
そんなに真摯に言われてもわたしの心はちっとも動かない。むしろ後退りしたいくらいだ。
自分でも贅沢だなと思う。でも嫌なものは嫌。わたしはもっと自由に遊び回りたい。
なぜわたしはこうなんだろうって一時期考えたことがある。初彼と別れて色々な男性と関係を持っているうちに、真剣に交際したいと言ってくれた人が現れた時だったと思う。その時も今みたいに真摯に思いを告げられて、後退りしたい気持ちになったのを覚えてる。
結局はっきりとした答えは出ずに、その人にはお断りして身体の関係も解消した。
わたしは確かに尻軽でビッチと呼ばれても仕方ないのかもしれないけど、人の気持ちを利用する人間にはなりたくなかった。人を騙したり裏切ったりするのはわたしの矜持が許さない。
だから、俊輔に対してだってちゃんと断ったし、何度告白されても思わせぶりな態度は取らないようにしていた。それなのに、何度断っても告白してくるから本当にうんざりする。
「なぁ、菜乃葉……」
「だから興味無いんだって」
いつもはもっと柔らかく断ってるけど、今日はいつにも増してしつこいせいでイライラして取り繕う気分になれない。
黒髪のロングヘアと和顔、日本人の平均からしても小柄な体型だということも手伝ってか、わたしは一見すると清楚で大人しそうに見えるらしく、お淑やかとか庇護欲をそそられるとか言われがちだけど、実際は結構気が強い。
普段は外見のイメージに合わせて静かにしてることが多い分、お酒を飲んで気持ちが緩むと本性が出やすいってことを自分でも分かってるから、あまりシェアハウスでは飲まないようにしてる。だからこそ今日はちょっと多めに飲んでいたのだけど、それが仇になったかもしれない。
なんて、冷静ぶって自己分析してみたけどもうどうでもいい。
きっと最初っからこうしていれば良かったんだ。俊輔に対してもっと冷たい態度で接してれば、きっとここまで拗れたりしなかった。
「そんなに……、そんなに俺のことが嫌なのか……?」
「え?」
今まで聞いたことがないような弱気な声がして驚いて顔を上げる。するとそこには、情けなく垂れ下がった眉毛と涙で幕の張った瞳でこっちを見つめる俊輔がいた。
「……泣いてるの?」
「っ、な、泣くわけないだろっ!」
思わず指摘したらすぐに顔を逸らされてしまった。鼻を啜る音がする。
びっくりした……男の人の泣き顔なんて初めて見た。
その後、俊輔は家に帰るまで一言も話さなかった。そんな彼の後ろ姿を見ながら、わたしの頭の中はさっきの泣き顔で埋め尽くされていた。
応援ありがとうございます!
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