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救急搬送

働け、梨花の頭!

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 MRI操作室に戻ると、ストレッチャーで運ばれた患者さんがMRIのベッドに移されたところだった。
 看護師さんたちが見守る中で、樹が素早く操作画面のセッティングを行った。
「患者さんはどんな人なの?」
 梨花が声を掛けると、樹は苦笑していた。

「車を運転している最中に事故を起こした。名前は田中一輝。光輝の父親らしい」

「え……?」

 梨花の頭は真っ白になり、まともに声を発する事が出来なくなった。
 樹は小声で続ける。
「ブレーキを踏み込めなかったようだ。そのせいで自転車をこいでいた女性をひいてしまった。その女性はCT検査を受けている。セッティングは技師長が請け負うらしい」
「……救急搬送が二人もいたの?」
 梨花の頭がゆっくりであるが、状況を把握しようと働き始める。
 樹は頷いた。

「女性の名前は橘光代。光輝の母親だ」

「ええー……」

 せっかく働きはじめた梨花の頭は停止した。
 さらに樹は続ける。
「光輝は迷わずにCT室に行ったらしい」
「そ、そうなの……」
 梨花は曖昧に頷いた。
 つい先ほど、光輝から両親は離婚したと聞いた。光輝の苗字はもともとは田中だったが、離婚後に橘に変わったとも言っていた。親権は母親にあったのだろう。
 父親の人物像は分からないが、離婚せざるを得ない深刻な事情はあったのだろう。
 二人が同じ病院にいる事に驚きを隠せない。
 そうこうしているうちに、画像が出てきた。
 左側に白い部分がある。
「たぶん脳梗塞ね」
 梨花が言うと、樹はじっとりと汗を流した。
「入院は確定だろうが、光輝はどう付き合えばいいのだろう」
「分からないわ……」
 梨花は視線をそらした。
 光輝が父親をどう思っているのかは聞いていない。しかし、複雑な想いのはずだ。
 梨花の胸がざわつく。
 同じようなタイミングで看護師さんたちがざわつく。次の仕事内容を話し合っているのだろう。
 苦虫をかみつぶしたような表情になっている。
 異様な雰囲気になっていた。

「みんな暗い顔をしてどうしましたか? 明るく元気に頑張りましょうよ!」

 異様な雰囲気を吹き飛ばすような、爽やかな声が響いた。
 光輝が廊下からやってきていた。
 いつもどおり笑顔を浮かべている。
 梨花の胸はざわついたままだ。
「光輝君、大丈夫? 無理していない?」
「そうだね、もっとカレーを食べたかったけど、患者さんが来たから仕方ない」
「そうじゃなくて、この人はあなたの父親だった人でしょ!?」
 ついつい声を張り上げてしまった。
 樹も看護師さんたちも、ぎょっとした表情になる。
 梨花は口元を押さえたが遅かった。微妙な雰囲気になっているのが分かる。
「……ごめん」
 梨花はうつむいた。謝ってすむかは分からないが、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 そんな梨花の両肩が軽く叩かれる。
「顔をあげて」
 素直に顔をあげると、光輝が微笑んでいた。

「僕は患者さんならみんな助けたい。小さい頃に暴力を振るわれたし育てられた覚えはないけど、今は患者さんだからね」

「そ、そう」

 発言内容から殺意があると感じるが、あえて指摘しない事にした。
 光輝は続ける。
「助けられる人は助けたい。それが僕が医師を目指した動機だから。助けた後で何かあれば、その時に考えるよ」
「分かったわ。できる限り協力させて」
 梨花は光輝を改めてすごいと思った。
 MRI検査は進む。脳梗塞以外に異常所見はなさそうだ。
「そういえば、CT検査の女性はどうだったの?」
「ああ、手術になるよ」
 梨花が尋ねると、光輝はさらりと言っていた。
 梨花の頭は働こうと必死だ。
 しかし、事態に追いつけずにダウン寸前になるのだった。
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