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手術室!?
意外な一面
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手術後の片付けを教わって、梨花はMRI操作室に戻った。
MRI検査室の扉が開いている。
覗いてみると、樹が誰も乗せていないベッドを拭いていた。
「偉いね」
梨花が声を掛けると、樹が手を止めて振り向いた。
「そうでもない。他にやる事がなかっただけだ」
「自分からやる事を見つけるのは、すごいと思う。私なんて技師長から言われた事をやるだけで……」
「卑下はやめろ」
「あはは、そうだったね。ごめん」
梨花は乾いた笑いを浮かべた。
樹が眉をひそめる。
「手術中に何かあったのか?」
「えっとね……ちょっとね……」
梨花は手術後の事を思い出していた。
光輝から笑顔が消えていた。元気づける言葉も素振りも思いつかなかった。
樹に背を向ける。
両肩が震える。涙を流さないように必死だった。
しかし、何もできない苛立ちと悲しみはどうしようもない。
「私って光輝君にお世話になってばかりだなって」
「そんな事はない」
即座に否定された。
いつもどおりのぶっきらぼうな口調だ。言った本人には当たり前なのだろうが、梨花にはあまりにも予想外だった。
不意打ちを食らったためか、ポロリと涙がこぼれる。
「どうして?」
できるだけ平静を装ったつもりだった。しかし、声が明らかに震えていた。
「……また泣いているのか」
樹の指摘に言い返す事ができない。
梨花は嗚咽をもらした。両手で口を押さえても、しゃくりあげが止まらない。
溜め息が聞こえる。樹がもらしたものだ。
「本当にお人よしだな。心配はいらない。光輝はへこたれる男ではない。図太すぎて、少しは落ち込む事を覚えてほしいくらいだ」
「そんな風に言わなくても……」
「いや、言わせてもらう。梨花さんはあの男をよく知らないだけだ」
冷淡な言葉である。
梨花の胸の内がフツフツと熱くなる。
振り向いて、樹を睨む。
「光輝君は優しくて、未来の患者さんを救うために頑張っている人よ。いつも元気でいてほしいわ!」
「そこは否定しない。もともとは不器用な男だった。だが、人に愛情を注ぐやり方を根本的に間違えていた」
「樹君が何を知っているのか分からないけど、光輝君をバカにしないで!」
「そうだよ、人をバカにする人がバカなんだよ、バーカ!」
突然に、爽やかな声が聞こえた。
振り向けば、小窓から光輝が顔を覗かせていた。
親指を立てて、笑顔を浮かべている。
「今日は失敗したけど、五十嵐さんに手術室から追い出された樹君ほどじゃないよ」
「人の心の傷をえぐるな! おまえは昔からそうだったな」
樹がMRI検査室から出て、廊下にいる光輝に詰め寄る。
悪鬼のような表情である。梨花は心臓が飛び出そうになった。
しかし、光輝は樹を指さして盛大に笑っていた。
「人をバカにする前に二度と同じミスをしないように対策を立てた方がいいんじゃないかな?」
「挑発はたいがいにしろ。そのうち殴る!」
「遠慮なく警察を呼ぶよ。声の大きさと足の速さには自信があるからね!」
光輝がケラケラ笑う。
樹は拳をわなわなと震わせていた。
「社会性を覚えたクソ野郎は始末が悪い」
「あー、いけないんだー、人の事をクソ呼ばわりしたー。院長に言ってやろうかなー」
「いいかげんにしろ!」
樹は拳を振り上げるが、光輝は両腕を組んで泰然としていた。
「樹君は人を殴れる子じゃない。あ、もう子供じゃないか」
「大人扱いをする気になったか?」
「全然」
拳が振り下ろされる。
光輝は余裕で樹の腕を握っていた。
「喧嘩はやめよう。梨花の前だ」
「一方的なからかいだろう!?」
「どんな理由があっても、先に手を出したら負けだよ。心優しい樹君は昔から喧嘩に弱いんだから、無理しないで」
「最大限の嫌味をありがとな!」
樹は光輝の手を振り払う。ズカズカと操作室に戻り、自らまとめたメモを読み漁る。
「次は絶対に追い出されるような事はしない。あと、梨花さんはあんな男に騙されないように!」
いきなり説教をくらって、梨花はぼけーっとしていた。
光輝君、意外とおちゃめなのね。
MRI検査室の扉が開いている。
覗いてみると、樹が誰も乗せていないベッドを拭いていた。
「偉いね」
梨花が声を掛けると、樹が手を止めて振り向いた。
「そうでもない。他にやる事がなかっただけだ」
「自分からやる事を見つけるのは、すごいと思う。私なんて技師長から言われた事をやるだけで……」
「卑下はやめろ」
「あはは、そうだったね。ごめん」
梨花は乾いた笑いを浮かべた。
樹が眉をひそめる。
「手術中に何かあったのか?」
「えっとね……ちょっとね……」
梨花は手術後の事を思い出していた。
光輝から笑顔が消えていた。元気づける言葉も素振りも思いつかなかった。
樹に背を向ける。
両肩が震える。涙を流さないように必死だった。
しかし、何もできない苛立ちと悲しみはどうしようもない。
「私って光輝君にお世話になってばかりだなって」
「そんな事はない」
即座に否定された。
いつもどおりのぶっきらぼうな口調だ。言った本人には当たり前なのだろうが、梨花にはあまりにも予想外だった。
不意打ちを食らったためか、ポロリと涙がこぼれる。
「どうして?」
できるだけ平静を装ったつもりだった。しかし、声が明らかに震えていた。
「……また泣いているのか」
樹の指摘に言い返す事ができない。
梨花は嗚咽をもらした。両手で口を押さえても、しゃくりあげが止まらない。
溜め息が聞こえる。樹がもらしたものだ。
「本当にお人よしだな。心配はいらない。光輝はへこたれる男ではない。図太すぎて、少しは落ち込む事を覚えてほしいくらいだ」
「そんな風に言わなくても……」
「いや、言わせてもらう。梨花さんはあの男をよく知らないだけだ」
冷淡な言葉である。
梨花の胸の内がフツフツと熱くなる。
振り向いて、樹を睨む。
「光輝君は優しくて、未来の患者さんを救うために頑張っている人よ。いつも元気でいてほしいわ!」
「そこは否定しない。もともとは不器用な男だった。だが、人に愛情を注ぐやり方を根本的に間違えていた」
「樹君が何を知っているのか分からないけど、光輝君をバカにしないで!」
「そうだよ、人をバカにする人がバカなんだよ、バーカ!」
突然に、爽やかな声が聞こえた。
振り向けば、小窓から光輝が顔を覗かせていた。
親指を立てて、笑顔を浮かべている。
「今日は失敗したけど、五十嵐さんに手術室から追い出された樹君ほどじゃないよ」
「人の心の傷をえぐるな! おまえは昔からそうだったな」
樹がMRI検査室から出て、廊下にいる光輝に詰め寄る。
悪鬼のような表情である。梨花は心臓が飛び出そうになった。
しかし、光輝は樹を指さして盛大に笑っていた。
「人をバカにする前に二度と同じミスをしないように対策を立てた方がいいんじゃないかな?」
「挑発はたいがいにしろ。そのうち殴る!」
「遠慮なく警察を呼ぶよ。声の大きさと足の速さには自信があるからね!」
光輝がケラケラ笑う。
樹は拳をわなわなと震わせていた。
「社会性を覚えたクソ野郎は始末が悪い」
「あー、いけないんだー、人の事をクソ呼ばわりしたー。院長に言ってやろうかなー」
「いいかげんにしろ!」
樹は拳を振り上げるが、光輝は両腕を組んで泰然としていた。
「樹君は人を殴れる子じゃない。あ、もう子供じゃないか」
「大人扱いをする気になったか?」
「全然」
拳が振り下ろされる。
光輝は余裕で樹の腕を握っていた。
「喧嘩はやめよう。梨花の前だ」
「一方的なからかいだろう!?」
「どんな理由があっても、先に手を出したら負けだよ。心優しい樹君は昔から喧嘩に弱いんだから、無理しないで」
「最大限の嫌味をありがとな!」
樹は光輝の手を振り払う。ズカズカと操作室に戻り、自らまとめたメモを読み漁る。
「次は絶対に追い出されるような事はしない。あと、梨花さんはあんな男に騙されないように!」
いきなり説教をくらって、梨花はぼけーっとしていた。
光輝君、意外とおちゃめなのね。
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