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15. 犬が苦手な王子さま

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 国王と話をした部屋を出るとウスターシュは、リュシーに話し掛けた。

「リュシー嬢、ここの部屋は魔術が施されているし、部屋にいた魔術騎士や、側近の者は皆口が固いからね。口外出来ないから心配しないで欲しい。」

「はい。」

(先ほどの、お父様の事や、私の事ね。それにしても、フロラン国王は思ったより気さくな方だったわ。)

 礼儀作法が上手く出来ていない自分にまでよろしくと言ったので、リュシーはそう思った。父親とも同じ寄宿学校だったとは知らなかった。それを聞いた事で、緊張が少しだけほぐれた事も事実だった。





☆★

 リュシーは、それから部屋へと案内される。王宮の外観は二階建てに見えたのだが、また更に上に登る階段があり、三階に連れて行かれる。今度は右に曲がって中ほどの部屋だった。


「ここが、今日からリュシー嬢の部屋だよ。好きに使ってくれ。」


 扉を開けると、レスキュン領での屋敷の自分の部屋より何倍も広い。
家具は、ベッド、化粧台、スツール、歓談用のソファ、テーブルがあるのみだったが、ゆったりと置かれてあった。
そして奥には小さな衣装部屋と、風呂と洗面所、トイレがあり、そしてどれも立派だった。調度品は王宮にあるだけあって落ち着いた色合いではあるが、とてもみな重厚感のあるしっかりした造りとなっていた。


「えっと…こんなに素晴らしい部屋をですか?あの、もっと小さな部屋でも…」

「ん?気に要らない?」

「いいえ!もったいないくらいです!」

「そう?じゃあ使って?特殊魔力持ちは、やはり重宝されるからね。これでも下っ端の部屋だから。」

「え!」

(という事は、もっと長く勤めていたら、もっと豪勢な部屋になるという事?すごいわね…。)

「服は、俺と同じような上下緑色の制服やマントが衣装部屋においてあるけど、階段のすぐの部屋にいけば、それ以外にもいろんな服があるから。足りない物はそこから借りて着ればいいよ。洗濯物も、そこにある籠に入れておけば、次の日の夕方には洗ってくれるから。」

「はい。」

 リュシーは自分の服は少しだけ持って着ている為、その内見に行ってみようと思った。


 と、いきなり外から叫び声が聞こえた。窓が閉まっているはずなのに聞こえるとはよっぽど大きな声を出しているのだろう。

「うわ~!!助けてくれ-!」

 それを聞いたリュシーは、身をびくりとすくめた。

「どうしたんだ?…あぁ、またか……」

 ウスターシュは、窓の所まで行って下を覗き、納得をすると、リュシーへ説明をする。

「第二王子の、エルキュール様だ。いつも犬に追っかけられているんだ。今日もそうらしい。ちょうど良い。リュシー嬢、一緒に来てもらってもいいかな。」

「はい。」

(いつも追っかけられている?うーん、どうしてなのかしら?)



 裏に回ると、エルキュールが枝分かれした高い木によじ登っていて、その下に大型犬が下からバウバウと吠えていた。
 第二王子のエルキュールは、十六歳。器用に枝分かれした所に足を掛けて犬からは届かない所まで登ったようだ。
 周りの護衛も犬を捕まえようとするが、その度に犬が護衛の方に向きを変えるので、怖いのか踏み切れずにいる。


 リュシーはたまらず、大型犬に話し掛けた。

「どうしたの?おいで。」

《誰よ!…あら?私の声が分かるの?》

「ええ。あなたと話がしたくて来たの。こっちにきてもらってもいい?」

《…仕方ないわね!なに?》

「はー、びっくりたよ…。あれ?ウスターシュ?と、誰?」

 リュシーがその大型犬に話し掛けた事で、大型犬がリュシーの方へと近づいたので、エルキュールが木の上から下りてきた。
その際、護衛が大型犬を気にしつつ、エルキュールの前に立ち、盾になりながら後ずさりをした。


「エルキュール様、お怪我はありませんか?彼女は、リュシー=アランブールと言います。今日から魔術騎士の一員になりました。少しだけお待ちいただけますか。」

「気持ち悪いな、いつものようにエルキュールって呼んでくれていいのに。うん分かった。」

 ウスターシュは、エルキュールに説明をした。


《あなた、私の声が聞けるのね。そういう人間はあまり見かけないからなんだか嬉しいわ。》

「そう言ってくれてありがとう。私も、あなたと話が出来て嬉しいわ。ねぇ、どうしてエルキュール様を追いかけるの?」

《え?だって、エルキュールが私を助けてくれた時に言ったのよ?また遊ぼうって。だから、追いかけっこしていたのに、いつも木に登るのだもの。》

「助けてくれた?」

《そうよ。私、まだとても小さかった頃、穴に落ちちゃってね、そこから出られなくなったのよ。それで、誰か助けて!ってずっと叫んでたんだけど、誰も助けてくれなくて。もうお腹も空いて死にそうだと思った時に、エルキュールが私を穴から出してくれたのよ。その時に、元気になったら遊ぼうって言ってくれたのよね。なのに…どうやったらうまく遊べるのかしら?》

「そうだったの。じゃあちょっとエルキュール様にも伺ってみるわ。」

《ありがとう!そうしてくれる?》


「あの…」

 大型犬と向き合っていたリュシーは、ウスターシュとエルキュールへと視線を移した。

「あぁ、リュシー嬢。エルキュール様に伺いたいんだろう?挨拶はいいから、本題に入って大丈夫だ。」

「リュシー嬢と言うんだね。ありがとう。」

「いえ、とんでもないです。あの、この子が言うには、幼い頃に穴に落ちた時、助けてもらったと。その時、元気になったら遊ぼうって言ってもらったから追いかけっこしているのにいつも逃げるって言ってます。」

「え!?こんな大きな犬が穴に!?知らないよ!」

「エルキュール、幼い頃って言ってたろ?だったら、この犬も手に乗るくらい小さかったんじゃないか?」

「手に乗るくらい…?あ!そういえば、一年くらい前に、この先の林の手前で、穴に落ちた子犬、確かに助けた!クンクンって鳴き声が聞こえて、両手に乗るくらいで、可愛かったやつ!え?それがこんなに大きくなったって事?」

「そうですか。ではその時の子ですね。この子は、遊ぼうって言ってくれたからって言ってますよ。」

「確かに言ったけど…え?確か、かなり弱っていたから同じ動物だしって事で、厩番にあとはよろしくってお願いしたんじゃなかった?」

「はい。そうです。元気になったら、林へ返せばよいと私が伝えておきました。」

 エルキュールの前で未だ、両手を広げて盾となっている護衛が声を上げた。


 大型犬はそれを聞き、リュシーへと言葉を掛ける。

《それで、元気になったからエルキュールを探して、見つけたら遊ぼうって声を掛けに行くのに、わーって大声だして走って行くんだもの。追っかけっこだと思うじゃない?》

(いえ、思わないわよ…。)

 リュシーはため息を付く。そして言葉を繋いだ。

「そうだったのね。エルキュール様は、あなたが大きくなっていて、見た目が変わったから気付かなかったのよ。だから急に追っかけてきて怖かったのではないかしら。」

《えーひどいわ!私は私よ!見た目がなによ!》

 尻尾が途端に下がり、端から見てもとても悲しそうに見える。

「エルキュール様、悲しんでおります。」

「あぁ…見たら分かる。そうだったのか、あの時の…。でも、それなら良かった!噛みつかれるのかと思ったから。だって大きい犬が追っかけてきたら誰だって怖いだろう?
これからは、違う遊びをしよう!あぁ、良かった!お前、元気になったんだなー!」

 そう言ったエルキュールは、大型犬に近寄る素振りをした。大型犬も途端に尻尾をぶんぶんとちぎれんばかりに振って、エルキュールに飛びついた。
 けれど、エルキュールはしっかりと抱きとめ、頭や体を撫で始めた。

「なんだ、こんなに可愛かったのか。ごめんよ、気づかなくて。よしよし。あーいい子だ!
リュシー嬢、やっと分かり合えたよ。本当にありがとう。」


 護衛も、これでエルキュールが追っかけられる事もなくなると心からホッとしていた。
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