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1. 平穏な生活から一変
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「うん!朝の空気って本当に澄んでいて気持ちがいい!」
その日、レナータ=バルツァルは毎日の日課である遠乗りをしていた。
日が昇る前に屋敷を出て、愛馬のアリーサと一緒に裏山へと向かい、気の向くままに領地を駆け回るのだ。
レナータは、このプラハブルノ国の、西の端の辺境伯の一人娘だ。
幼い頃より、この山あいの領地を駆け回っていたのでそこらの令嬢よりも体力はかなりあるといえる。
また、辺境の地は独自の文化を築き上げている為、レナータも例に漏れず令嬢ではあるものの自分の身は自分で守れるようにと護身術や剣術などは一通りやっており、力では負けるかもしれないが何かあった際には戦う事が出来るようにと幼い頃より教え込まれ今も毎日の鍛錬は欠かさない。
愛馬のアリーサは、レナータが十歳の誕生日に、父親の辺境伯であるベトジフが与え、それからは毎日のように一緒にいるので、レナータと意思疎通はお手のものだった。
アリーサは、レナータがゆっくり走りたい時はゆっくり、速く走りたい時はそれに合わせてくれる。レナータとアリーサのペアは、競争をすればそこらの男達では追いつけない程に息がピッタリだった。
「ねぇ、アリーサ。今日はどこまで走る?……あら?」
山頂にほど近い所まで駆けてきたレナータ。
領地を見下ろしていると風がレナータを優しく撫で、腰までの長い銀色の髪が後ろへと靡く。また、耳に嵌められている長いチェーンに煌めく宝石がついたイヤリングも風にゆるゆると靡いた。
レナータが、アリーサへと問うように呟いた時に、上ってくる時は気づかなかった、中腹にあるククレの湖の辺りに黒い雲がもくもくと沸き立っているのが見えた。
神聖なる神が降り立った場所がククレの湖だと言われている。
その神が歩いた場所に川が出来、今の王宮のある場所に神が住み着き、その子孫が今の王族だと言われている。
バルツァル家は、そんな神聖な場所を護る役目を担っている為に、伯爵ではあるが地位は王家に次いで高いともある方面から言われている。
現に、王家が主催する宴も、護る役目があるからと欠席を続けても、王家から何のお咎めも無いのだった。
「真っ黒い雲。変ね、あんな中腹で湧き出すなんて。………!待って、あれは!」
(まさか、そんなはずは!)
レナータは、末恐ろしさを覚え、一目散に愛馬アリーサの腹を蹴り、屋敷へと駆け戻った。
「お父様!お母様!ねぇ皆!?」
屋敷では、使用人達がバタバタと駆け足で移動している。普段であれば、足音を立てないようにと気を配る使用人達もそんな事は言っていられないとばかりに焦っているのが見て取れた。
「お母様ー!」
「レナータ、応接室よ。おいで!」
まだ、日が昇って来てそんなに時間が経っていないのに、レナータの母シモナも身支度をしてソファに座っていた。
「レナータ、お帰りなさい。あなたも気づいたのね?」
「え?何か分からないけど、でも、ククレの湖の辺りが黒い雲に覆われていたの。普通、雲って風に流れるのに、動いていなくてそこで留まっていたから…。」
「それだけで、異変を感じ取れたのは偉いわ。さすがね。…おいで。」
レナータを隣に座らせると、シモナはレナータの頭を自身に凭れかけ、頭を撫ではじめる。
レナータは、恥ずかしくもあり、照れながら上目づかいで聞いた。
「お、お母様?」
「レナータ、聞いて?きっと、ククレの湖に何らかの異変が起きたのね。魔獣が溢れ出て来ているのかもしれない。ベトジフや、警備団が持ちこたえられるかは分からないの。だから、王宮から応援を呼ばないといけないわ。」
「……!」
このプラハブルノ国には、ごく稀に魔獣が出る。魔力を持った獣で、人や家畜を襲う厄介な獣だ。警備団は、数代前の辺境伯が結成した隊で、普段は治安維持や領民の家の屋根の修理など何でも屋のような事をしているが、魔獣が出てきてしまった場合はそれを退治するのだ。
しかし、普段であれば、出没するといっても、せいぜい一匹や二匹。またに群を成している魔獣もいるが、それでも辺境伯の警備団は訓練も毎日しっかりとしているから、退治なんてお手のものだ。
しかし、今回のあの黒い雲。
禍々しいそれは、普段とは全く違う何かが起こってしまったのだと誰もが感じた。
「ベトジフが、肌がビリビリする程の魔力を感じたのですって。戦える者は、全て、戦いに行ったわ。もうすぐ、領民がこの先の避難場所へと避難してくるわ。だから、私は、ここでその準備をするの。」
プラハブルノ国は、魔力を持って生まれてくる者がいる。貴族の男性にそれは多く、婿養子に入ったベトジフもかなりの魔力を有していた。
警備団にいる者も、魔力を使って戦う者や、魔力を帯びた剣を使って戦う者もいる。
王宮にも、国の管轄である王宮魔術師団があり、魔術関連のものは全てそこが管轄となっている。
魔力を込めた道具を作ったり研究したり、軍隊のように魔力を使って戦ったりもする。
そこへ、応援を頼むのだ。
「レナータ、あなたなら誰よりも早く行けるから、お願い出来る?」
シモナは撫でる手を止め、レナータを抱きしめてそう言った。
「…分かりました。」
「また、だなんて………」
レナータは自分に領地の命運が掛かったのだと緊張し、心臓がドクドクといつもより激しく波打っていたので、シモナが呟いた声は耳に届かなかった。
その日、レナータ=バルツァルは毎日の日課である遠乗りをしていた。
日が昇る前に屋敷を出て、愛馬のアリーサと一緒に裏山へと向かい、気の向くままに領地を駆け回るのだ。
レナータは、このプラハブルノ国の、西の端の辺境伯の一人娘だ。
幼い頃より、この山あいの領地を駆け回っていたのでそこらの令嬢よりも体力はかなりあるといえる。
また、辺境の地は独自の文化を築き上げている為、レナータも例に漏れず令嬢ではあるものの自分の身は自分で守れるようにと護身術や剣術などは一通りやっており、力では負けるかもしれないが何かあった際には戦う事が出来るようにと幼い頃より教え込まれ今も毎日の鍛錬は欠かさない。
愛馬のアリーサは、レナータが十歳の誕生日に、父親の辺境伯であるベトジフが与え、それからは毎日のように一緒にいるので、レナータと意思疎通はお手のものだった。
アリーサは、レナータがゆっくり走りたい時はゆっくり、速く走りたい時はそれに合わせてくれる。レナータとアリーサのペアは、競争をすればそこらの男達では追いつけない程に息がピッタリだった。
「ねぇ、アリーサ。今日はどこまで走る?……あら?」
山頂にほど近い所まで駆けてきたレナータ。
領地を見下ろしていると風がレナータを優しく撫で、腰までの長い銀色の髪が後ろへと靡く。また、耳に嵌められている長いチェーンに煌めく宝石がついたイヤリングも風にゆるゆると靡いた。
レナータが、アリーサへと問うように呟いた時に、上ってくる時は気づかなかった、中腹にあるククレの湖の辺りに黒い雲がもくもくと沸き立っているのが見えた。
神聖なる神が降り立った場所がククレの湖だと言われている。
その神が歩いた場所に川が出来、今の王宮のある場所に神が住み着き、その子孫が今の王族だと言われている。
バルツァル家は、そんな神聖な場所を護る役目を担っている為に、伯爵ではあるが地位は王家に次いで高いともある方面から言われている。
現に、王家が主催する宴も、護る役目があるからと欠席を続けても、王家から何のお咎めも無いのだった。
「真っ黒い雲。変ね、あんな中腹で湧き出すなんて。………!待って、あれは!」
(まさか、そんなはずは!)
レナータは、末恐ろしさを覚え、一目散に愛馬アリーサの腹を蹴り、屋敷へと駆け戻った。
「お父様!お母様!ねぇ皆!?」
屋敷では、使用人達がバタバタと駆け足で移動している。普段であれば、足音を立てないようにと気を配る使用人達もそんな事は言っていられないとばかりに焦っているのが見て取れた。
「お母様ー!」
「レナータ、応接室よ。おいで!」
まだ、日が昇って来てそんなに時間が経っていないのに、レナータの母シモナも身支度をしてソファに座っていた。
「レナータ、お帰りなさい。あなたも気づいたのね?」
「え?何か分からないけど、でも、ククレの湖の辺りが黒い雲に覆われていたの。普通、雲って風に流れるのに、動いていなくてそこで留まっていたから…。」
「それだけで、異変を感じ取れたのは偉いわ。さすがね。…おいで。」
レナータを隣に座らせると、シモナはレナータの頭を自身に凭れかけ、頭を撫ではじめる。
レナータは、恥ずかしくもあり、照れながら上目づかいで聞いた。
「お、お母様?」
「レナータ、聞いて?きっと、ククレの湖に何らかの異変が起きたのね。魔獣が溢れ出て来ているのかもしれない。ベトジフや、警備団が持ちこたえられるかは分からないの。だから、王宮から応援を呼ばないといけないわ。」
「……!」
このプラハブルノ国には、ごく稀に魔獣が出る。魔力を持った獣で、人や家畜を襲う厄介な獣だ。警備団は、数代前の辺境伯が結成した隊で、普段は治安維持や領民の家の屋根の修理など何でも屋のような事をしているが、魔獣が出てきてしまった場合はそれを退治するのだ。
しかし、普段であれば、出没するといっても、せいぜい一匹や二匹。またに群を成している魔獣もいるが、それでも辺境伯の警備団は訓練も毎日しっかりとしているから、退治なんてお手のものだ。
しかし、今回のあの黒い雲。
禍々しいそれは、普段とは全く違う何かが起こってしまったのだと誰もが感じた。
「ベトジフが、肌がビリビリする程の魔力を感じたのですって。戦える者は、全て、戦いに行ったわ。もうすぐ、領民がこの先の避難場所へと避難してくるわ。だから、私は、ここでその準備をするの。」
プラハブルノ国は、魔力を持って生まれてくる者がいる。貴族の男性にそれは多く、婿養子に入ったベトジフもかなりの魔力を有していた。
警備団にいる者も、魔力を使って戦う者や、魔力を帯びた剣を使って戦う者もいる。
王宮にも、国の管轄である王宮魔術師団があり、魔術関連のものは全てそこが管轄となっている。
魔力を込めた道具を作ったり研究したり、軍隊のように魔力を使って戦ったりもする。
そこへ、応援を頼むのだ。
「レナータ、あなたなら誰よりも早く行けるから、お願い出来る?」
シモナは撫でる手を止め、レナータを抱きしめてそう言った。
「…分かりました。」
「また、だなんて………」
レナータは自分に領地の命運が掛かったのだと緊張し、心臓がドクドクといつもより激しく波打っていたので、シモナが呟いた声は耳に届かなかった。
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