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25. 語らい

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「ええと…よろしければ、ラグンフリズ様、こちらへ。」

「す、済まない…クラーラ嬢…。」


 クラーラは、学院でカッコいいと言われているラグンフリズとこうやって二人で話すなんてととても緊張したが、同時に少し嬉しくもあった。以前も、学院で話し掛けてくれた事もあったけれど、それは本当に二人きりの時で、一度しかなかったのだ。だから、こうやって話が出来るなんてと体中の熱が顔に一気に集まってくるようだった。

(でも、シャーロテも格好いいと言っていたから…友人と同じ人を想うのはよくないわ。)

 とクラーラは、自制を掛ける。


 ラグンフリズもまた、緊張していた。本当はここへ来るのにも迷いがあった。弟のアスガーがどうしてもと言ったから先触れも出さず訪れたが、本当なら会わずに帰ろうと思っていたのだ。しかし図らずも、対応してくれたマグヌッセン家の使用人が、『せっかくでありますのでクラーラ様にお声を掛けてきます。少しお待ちいただけますか。すみませんが、そちらに掛けてお待ち下さい。』と言ってさっさとホールから続く階段を上って行ってしまった。
その申し出に、アスガーはとても喜んでいた。
いいのだろうかと思う気持ちと、会えるなら会いたいと思う気持ちもラグンフリズにはあり、思わず胸を高鳴らせて玄関ホールの長椅子に座っていたのだった。


 学院でも、特に高身長で顔も整っている為に女子生徒から熱のこもった手紙をもらったり、中には下駄箱に刺繍されたハンカチが入っている事もあったラグンフリズ。自分でも女性にモテているという自覚は少なからずあり、だからこそクラーラへの想いが自分には戸惑っていた。


(しかし、こんなチャンスは二度と無いかも知れない…!)


 年末年始の長期休暇に入る少し前に、クラーラとシャーロテが話していた会話の内容。あれを聞いてからはいてもたってもいられなくなったのだ。
普段から、ラグンフリズも生徒が登校してくる随分前に学院に到着するようにしていて、教室では主に本を読んでいた。生徒の登校時間にかち合うと、女子生徒に囲まれ前に進めなくなった事があったからだった。
クラーラとシャーロテも、朝の早い時間に教室で二人仲良く話しているのをラグンフリズは微笑ましく見ていた。
普段、別に会話を盗み聞いているわけではない。会話は、胸に刻んでいる場合はあっても、読書に集中しているのだ。


 しかしあの日は違った。


 あの日の会話は、どう聞いても、婚約を白紙に戻したと言っていた。そして、シャーロテも『クラーラに婚約者が居なくなったと知ったら、男性から申し込みが殺到する』と言っていた。ラグンフリズはそれを耳にすると、それ以上聞いていられなくて慌てて教室を出たのだ。頭を冷やす為に。
 自分はそれを聞いて、どうしたいのか。考える時間が必要だったのだ。


「…のよ。」

「ん?あ!す、済まない!もう一度言ってくれるか?」

 考え込んでいたラグンフリズに、クラーラの心地よい声が最後の方だけ聞こえたので、咄嗟にそう言った。


(今は、この時間に集中をしなければ…!)


 ラグンフリズは何故かそう気合いを入れ直し、クラーラへと視線を向けた。
いつの間にか庭園まで来ていた。クラーラはきっと律儀に花の名前を説明してくれているのかもしれないと思いながら。

「はい。ええと、この赤い花は、オキザリスと言うらしいです。花びらが五枚あって、小さくて可愛らしいですよね。」

「なるほど。オキザリス…置き去り?」

「フフフ。なんだか淋しい名前にも聞こえますよね。でも花言葉はそんな事ないのですよ?心の輝き、あなたと過ごしたい、とか…あ、明るい言葉ですよね!」

 クラーラは、ラグンフリズの呟いた言葉を拾って繋いだのだが、途中から何故だかとても恥ずかしくなった。


(あなたと過ごしたい、ですって!やだわ!今の私の気持ちみたい…!)


 クラーラもまた、このいきなりの状況に戸惑ってはいたが嬉しくもあったのだ。学院ではほとんど話した事のなかった人と、自分の家の庭で二人きりで語らえるなんてきっともう二度と無いのだろうと。

「そうか…クラーラ嬢は博識なのだな。あなたのような人と船に乗って異国へ行けたら、とても楽しそうだ。」

「え!」

「…え!?あ、いや…異国に行くのは、普段からいつもしている事で…別に特に深い意味は…(な、何を言っているんだ俺は!?)」

「そ、そうですか。先ほども、アスガー様がそう言われていましたものね。でも、異国の文化に触れられるのはとても楽しそうですわね。」


 クラーラは、社交辞令よね、そうよきっと、と思い直し、そう無難に言葉を返した。


「そればかりではないが。子供の時はそれでよく辛く思ったものだ。海を越えた先に、一日も掛からない近い異国や、何ヵ月も海の上で過ごした先に辿り着く異国もある。近い異国でも、言葉のニュアンスが違ったりしてね、虐められたわけではないとは思うが、何度も心を閉ざそうと思った事がある。」

「そうですか…。私には想像も付かない世界です。でも、幼い頃より異国と触れ合ってきたラグンフリズ様はやはり素晴らしいですよ。そのような経験をされたからこそ、今のラグンフリズ様がお有りなのですから。」

「…ありがとう。オキザリスを、いつかクラーラ嬢に送っても許されるだろうか?」

「え?」


 そう言われたクラーラは、ラグンフリズの顔を見つめる。ラグンフリズも、今度は思わず口走ったわけではなくクラーラを見つめ気持ちを込めて言葉を発した。


 二人はしばし見つめ合った。


 心地よい風が、二人の頬をくすぐる。クラーラの横髪を優しい風が、ゆっくりとなびかせている。

 ラグンフリズは、クラーラが返事を返さないので、一歩前に進み出てもう一度気持ちを伝えようとしたその時。


「兄上、ありがとうございます!有意義な時間が過ごせました!」

「姉上、また来て貰う約束をしましたよ。手紙も送り合うつもりです!」


 明るい、弟達の声が後ろから響いた。
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