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21. 心配、とは

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「アレッシア!大丈夫だったのか!心配したんだ…」


 そう言うと、アレッシアの傍まで来たフィオリーノは、アレッシアの前に優しく手を差し出し、アレッシアを引き寄せる。


「何処も怪我は無いか?ん?痛いところは?」


 アレッシアの両肩から両腕へと確認するように握りながら身を屈め、目線を合わせたフィオリーノは、今まで大きな声を張り上げ怒号を飛ばしていた事が嘘のように優しく問う。
そのフィオリーノに、アレッシアは戸惑いながらも視線を合わせながら答えた。


「えぇ、多分。
泥だらけになったから、お風呂に入ってきたの。」

「そうか…良かった……。今日休めと言ったじゃないか。体調が万全でないから、無理がたたったんじゃないか?」

「ごめんなさい。だって…もうすっかり良くなったのだもの。前金は頂いているのだから、しっかり働かないと、と思ったの。」

「そうか…アレッシアはしっかり者だったな。でもな、無理はしなくていいんだ。こういう重労働なところでは特にね。判断力が鈍ってもいけないからだよ。」

「そうなのね。」

「アレッシア…でも良かった。本当に良かった……」


 そう言うとフィオリーノは立ち上がり、アレッシアを自身に引き寄せると両手をアレッシアの背中に回してしっかりと包み込んだ。


「え!?」

「あぁ、良かった…アレッシア……」


 驚いたアレッシアだったが、そのように微かに聞こえる程の声で呟いたフィオリーノの声は震えているようで、アレッシアはされるがままになっていた。




 それを見た一同は、顔を見合わせて頷くとガスパレとチーロはこれ幸いだと傍を離れた。
 カジョとチュイもなんだか良く分からないが、先ほどまで怒りを露わにしていたフィオリーノと呼ばれる人物はアレッシアをとても心配していたのだと分かり、それなら託していいかと頷き合って厨房へと戻って行った。





「あの…フィオリーノさん。」

「ん?」


 ずいぶんと経ち、午前の作業が終わりだと告げる音が鳴り始めるとアレッシアは声を上げる。


「そろそろ、お昼ご飯の時間だと思うの。皆がここへ来るわ。」

「もうそんな時間か。アレッシア、食事摂れそうか?」


 フィオリーノは名残り惜しそうにゆっくりと腕の力を緩めると、アレッシアを離し目線を合わせてそう言った。


「ええ。食べたいわ。フィオリーノさんも一緒に食べましょう?」

「そうだな、そうしよう。」


 アレッシアは良く分からないが、フィオリーノが自分の事をとても心配してくれたのだと分かり胸がじんわりと温かく感じたのだ。そして、フィオリーノに抱き締められていた手を緩められた時になぜたが少し寂しさを覚えたアレッシアは、もう少し一緒にいたいと昼食を誘ったのだった。





☆★

 アレッシアは、食堂でフィオリーノと向かい合って座り、食事を摂っている。


 今日の昼食は白身魚のミルクスープとパンであった。
食事を作ってくれているのが、自分が今までコンシリアと共に買い物に行っていた店の息子だったのだと知り、アレッシアはなんだかくすぐったさを覚えた。


(バンケッテ領の人がここの料理を作っているなんて。皆がとても食事を楽しみにしているわ。なんだか誇らしい気分ね。)


 自分の事ではないのに、バンケッテ領が褒められたようでなんだかアレッシアまで嬉しい気持ちになったのだった。



「あのね、アレッシア。」

「え?」


 顔を上げたアレッシアは、フィオリーノがいつになく真剣にアレッシアを見つめているのに気がついた。


「俺、今回の事で胸が締め付けられるような思いをしたんだ。」


 アレッシアはフィオリーノの目を見つめながら一つ頷く。


「実は、俺はここに仕事で来ているんだが、一度に報告する事が出来たんだ。だから、明日ここを出発するよ。」

「!」


 ここを出発すると聞いたアレッシアは、たった今フィオリーノも言っていたが今度は自分が胸が締め付けられるような思いを抱いた。


(私がフィオリーノさんを見かけたのはたいてい食堂で、作業の時間中なのにそこでよく座っていたわ。だから、掘る仕事ではないとは思っていたけれど…そうなのね。ここを離れるって聞いて、ちょっと淋しいかも。)


 それを聞き、これまでは温かい気持ちで胸がいっぱいだったアレッシアだったが、途端に胸が苦しくなってしまい、俯き、食べかけの食事を見つめた。


「それでね、アレッシア。…聞いてる?アレッシア。」


 声に出す事が咄嗟に出来ず、俯きながら頷くアレッシアに、今まで視線を合わせてくれていたのにどうしたのかと思いながらも、柄にも無く緊張していたフィオリーノはふぅと深呼吸をしてから、また口を開いた。


「アレッシアを置いていくには心臓が幾つあっても足りなくてね。知っているとはいえやはり鉱山の仕事は危険がつきものだから。
…だから、アレッシア。君も俺について一緒に来てくれないかな。」

「!!」


 俯きながらもどうにか話だけは聞かないとと耳を傾けていたアレッシアは、最後の言葉に耳を疑い、顔を上げフィオリーノの方を見つめた。


「どうかな?俺、アレッシアと離れたくないんだ。」


 緊張していたフィオリーノは少し、声も震えていた。だが、アレッシアはそれには気が付かなかった。
アレッシアは、もう一度そのように言ったフィオリーノの目をジッと見つめ、息を吐くように呟いた。


「ほんとに?」

「もちろん!俺がアレッシアに嘘を付くなんてあり得ない。アレッシアが居なくなるなんて考えたくないんだ。だから、お願いだ。一緒に来てくれないか。」

「…!」


 ここへ来てアレッシアは、バンケッテ領での友人達が言っていた、男性から言われてついて行くと言っていた気持ちがなんとなく理解出来るような気がした。
 けれどもアレッシアは、嬉しい言葉を言われたから肯定の意を示したいのでは無い。たった数日ではあるが、フィオリーノという一人の男性と過ごして感じた想いがあったからこそ、嬉しい言葉を掛けられて気持ちが舞い上がる程に胸が熱くなったのだ。


 アレッシアは、口元を手で押さえ、叫び出しそうな声を抑えながらフィオリーノを尚も見つめる。すると、ジワジワと目頭までもが熱くなってきた。


「アレッシア?こんな、人気のある場所ではあるけれど、返事を聞かせて欲しい。声を聞かせてくれないか?」

「…うん。」


 アレッシアはそう促され、どうにか喉に力を込めて返事をするが、周りの喧騒にかき消されそうなほどの大きさの声だった。それでも、フィオリーノには充分過ぎるほどの返事だった。


「良かった…!
さ、とりあえず残りの食事をいただこう。続きの話はそれからだな!」


 フィオリーノは晴れやかな顔でそう言うと、カップに残っていた紅茶を飲み切ってから再びアレッシアを優しい眼差しで見つめた。
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