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7. 鉱山での生活

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「近い年齢の奴が居る方がいいだろうてここでいいじゃろ。新人、入れ。今日からここが暮らす部屋じゃき。
んだば、こっから道さ下って行った初めてみえる家の人に渡せばいいだな?」

「はい、お願いします。ペルティーニ伯爵家の誰に渡しても分かると思います。」

「ふん。じゃ、頑張りや!」


 そう言ったチーロは、巾着を大事そうに持って行ってしまう。アレッシアは、一つの部屋の前に立たされたままだ。


「ここが今日から私の部屋…。」


 アレッシアがその扉を見つめた時。


「誰ですか?」


 部屋の扉が開き、そう言ったのはアレッシアより少し年上に見える赤い髪の青年。
その人物はアレッシアの顔を見て、一瞬ギョッとする顔をしたがすぐに声をかける。


「とりあえずどうぞ。」


 こくり、と首を一つ頷き、アレッシアは促されるままに部屋へと入った。

 部屋ーーこれも、掘られたのかそのまま空洞があったところを手直しして広くしたようで、とにかく地面は剥き出しの土で、壁も土や石なのか鉱石なのかとにかく剥き出しであった。そして、辛うじて勝手に入られないようにか部屋への入り口は、木製の扉をどうにか付けてあり開閉できるようになっている。


「どうぞ、あちらへ。」


 促されたそこは、部屋の中央に剥き出しの地面に敷物が敷かれた部分で、机もあるので居間と見受けられる。そこから、壁際へと対角線状に衝立が置かれて、その向こうにはベッドが置いてあるようだった。個人の空間も辛うじて用意されているそんな風にアレッシアは見て取れた。

 そこに赤い髪の人とは歳の離れた、アレッシアよりも少し年下に見える青い髪の少年が一人座っていた。


「誰?」

「さぁ、分かりません。
君、なに?新入りかな?」


 ぶっきらぼうに座っている青い髪の方が赤い髪の人へと聞く。
 アレッシアは慌てて、言葉を返す。


「あ、はい。えーと、アレッシアです。アレッシア=ペルティーニと申します。
なにがなんだか分かりませんけれど、今日からここで働く為に来ました。よろしくお願いします。」


 二人を交互に見ながらそう挨拶をしたアレッシア。
 赤い髪の子と、青い髪の子は二人顔を見合わせてから赤い髪の子が言葉をゆっくりと話し出した。


「アレッシア、よろしく。君は他の奴に名前を聞かれてもアレッシア、とだけ言うんだ。いい?」

「?はい。」

「まぁ、名前を聞かれるかは分からないけれど。それから、どんな理由があるのか分からないし聞かないけれど、もう少し野暮な話し方をした方がここではいいから。ちょっと君、言葉や所作が丁寧過ぎるね。」

「え?は、はい…。」


 アレッシアは少し首を傾げながらそう答えると、青い髪の子が冷たく言い放つ。


「それだ。はい、は仕事の時ここの奴らに言われた時だけ使えばいい。
それからあまり口を開くな。」

「ジャンパオロ、もう少し説明をしませんと。
ええと、アレッシア。要は、僕らの間ではもう少し砕けた口調でいいという事。見たところ、ジャンパオロより歳は上かな?
あとは、君が口を開くとボロが出そうだから、他の部屋の奴らに話しかけられてもペラペラと話さない方がいい。まぁ、あまり話し掛けてくる奴はいないと思うけれどね。
理解、できる?」

「え、ええ…。」

「理解できなくても、ここで生活するならそうする事だ。
俺はジャンパオロ。
あとは、グイドに聞いてくれ。昼休憩は短い。俺は少し寝る。」


 そう言うと、ジャンパオロは衝立の向こうへと行ってしまう。そこがジャンパオロのベッドルームなのだろう。


「済まないね。
僕はグイド。アレッシアも食事、いるよね?取って来るから、君はそっちのベッドを使って。
個室って言えるほどではないけど、衝立があるから一応そこがアレッシアの部屋としようか。」

「はい。」


 そう言ったグイドはすぐに部屋を出て行く。
アレッシアは、ジャンパオロに気を遣いながら衝立の向こう側のベッドルームへと入る。
 そこはベッドにサイドテーブルと、小さな引き出しが二つ付いたチェストがあるだけであった。それでも個人の空間であるから少しだけホッとするアレッシア。ベッドに腰掛けると、ミシ、と音がして壊れるのではないかと少しだけヒヤリとした。木製の簡単な造りのベッドで、マットの敷かれていないベッドは初めてであったがこれからはそこがアレッシアのベッドなのだとゴクリと唾を飲み込んだ。
 サイドテーブルにはこの鉱山で取れたのか淡くほんのりと光る石が置いてあり、じんわりと優しい光が放たれておりほどよい視界が保てた。
 アレッシアは持ってきた手荷物をそのチェストへとしまう。下着を数枚と、動きやすい部屋着を数枚持ってきたのだ。部屋着と言っても、いつも家で使っていたものとは違い、男物のズボンである。コンシリアがボリバルに言われて用意したものだ。


(私、やっていけるのかな…。でも同室の人が、同じくらいの年の人で良かった。)


 アレッシアは、少し取っつきにくいけれど一応親身になってここでの生活の心得を教えてくれた同室の二人は親切な人達なのだと思ったのだ。



「アレッシア、ジャンパオロ!持ってきたから食べましょう!」


 部屋に帰ってきたグイドが、部屋の中央のテーブルに食事を置いてくれたようでカチャカチャと音がした。アレッシアはそちらへと行く。


「ありがとうございます。」

「それ。
ありがとう、でいいよ。」

「あ!ありがとう、グイドさん。」


 と、またグイドはアレッシアへと指摘する。


「どういたしまして。
ほら、ジャンパオロ!早くしませんと時間無くなりますよ!」

「うーん…」

「さ、僕らは先に食べましょう。
作業服も貰ってきたから、あとでそっちの部屋で着替えて。これからここにいる間はこれを着るといい。」

「ありがとう。…これは?」

「ポレンタ。トウモロコシだよ。煮込んでこんな感じにしたパンみたいなものだよ。
ここでの食事は期待しない方がいいけど、それでもいろんな食生活が見れるから面白いね。ベルチェリ国の食べ物も出たりするから。」

「へぇ…」


 珍しい、黄色の四角いスポンジのようなそれは、トウモロコシの粉を煮てペースト状にしたもので、パンに似た食べ物だという。アレッシアはグイドがかぶりついたように、一口口へ入れてみるとなるほど味はトウモロコシで、チーズが乗っていてとても美味しかった。


「美味しい!」

「そう?それは良かった。早く食べてね、昼休憩は長くないから。あと十分もしたら行かないと。」

「え、もう!?」

「アレッシアも、今日からなのかな?だったら、一緒に行こう。大変だけど、頑張って。
ほら、ジャンパオロ!食事無しで午後、動けますか!?」

「分かったよ!
…ふぁーあ!アレッシア、しっかり食べろよ。倒れるぞ。」


 そう言ってやっと部屋から出てきたジャンパオロは、大きな口を開け、皿に乗っていた手のひらほどの大きさのポレンタを三つ、一気に放り込んで食べ終えてしまった。


「え!」


 そんな光景を見て、アレッシアは驚いてしまうがジャンパオロは気にも止めず、アレッシアへと更に言う。


「おい、着替えもあるんだろ?そんなチビチビ食べてたら時間がいくらあっても足りねぇよ!ガバッと口を開けてガッと食べろ!置いてくぞ!」

「!」


(そうだわ、早く食べなくちゃ!)


「ジャンパオロ、言い方!
もう…これだからやんちゃなお年頃は……。
アレッシア、僕らは外に出てるから、なるべく早くしてね。」


 そう言うと、いつの間にか食べたグイドも立ち上がり食器が乗ったお盆を持った。


「え!う、うん!」


(二人共、早いわ!だって手で食べた事無かったんだもの…緊張したし。)


 アレッシアはそれでもなんとか急いで食べ、服を持って奥の衝立の向こうへと行き、着替え始める。
 その間に、グイドはアレッシアの食べた食器もお盆に乗せると、ジャンパオロと共に外へ出ていた。





ーー


「すみません、お待たせして。」

「いいえ。
何も言われてないのならアレッシアも一緒の作業場でいいと思いますから行きましょう。」


 部屋を出たアレッシアは待っていた二人に申し訳無さそうに声を掛ける。
ジャンパオロは視線だけアレッシアへと見やると、すぐに進み出す。グイドも、そう言って、進み出した。しかしすぐにアレッシアへと振り返り、


「僕は急いで片付けてきますから、ジャンパオロ、お願いしますよ。」


 と言って足早に向かってしまう。


「チッ…アレッシア、来い。はぐれるなよ。」


 残されたジャンパオロはアレッシアへと振り返ってそう言うと、黙々と歩みを進めた。

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