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1. 鉱山の麓町に住む少女
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「結婚、かぁ…。」
肩の長さに短くなってしまった銀色の髪を、町が見下ろせる高台に立って風に靡かせたアレッシアは、昨日友人に言われた言葉を思い返しながらそう呟いた。
アレッシアは、この海が見えるバンケッテ領を統治するペルティーニ伯爵家の娘である。
伯爵家、とは言っても裕福ではなく、ここ四年ほどに至っては毎年無事に過ごせれば御の字である名ばかりの爵位であった。
領地はそれほど広くなく、前面には海が広がり港町で、後ろには広大な山脈がそびえ立っている。が、それも全て領地というわけではなく、モンタルドーラ国の国有地と、北に広がる隣国のベルチェリ国の国有地がほとんどである。
モンタルドーラ国は、隣国ベルチェリ国よりも領土はかなり小さく、栄えているわけではないが、このバンケッテ領と国有地とのぎりぎりの境であるイブレア山脈に鉱山が近年発見された為に、少しずつ発展出来ると期待を寄せているところである。
ーー
ー
「アレッシア、聞いて!私、結婚するの!!」
アレッシアは領主の娘であるが小さな町であるので町の皆とも顔見知りである。それにアレッシアは、家の使用人と共に買い物などの所用で町に来ては町の人々と触れ合っていたので住民達とも距離が近く、子供達とも分け隔てなく接していた。
その為、今日も町に来たアレッシアは、姿を見つけて駆け寄って来た同じ年頃の宿屋の娘のダイラから嬉しそうにそう話し掛けられた。
「ダイラ、おはよう。今日も元気そうね。
え?結婚?」
アレッシアは先日、町の唯一の食堂を営んでいる家の娘のカルメラからもそのような話を聞き、実際それからすぐに町から姿を見かけなくなっていたなと思いながらダイラへと返事をする。
「そうなの!うちに泊まっていたお客さんでね、カッコいいと思っていた人に言われちゃったの!『君、かわいいね。もしよかったら、僕についてこない?』って!!」
「…ついてこないって?」
アレッシアは、疑問を口にした。だが、嬉しい気持ちを体全体で表しているダイラにはアレッシアのその事には大して気にもせずにさらに話す。
「そうなの!
そのお客さん、あのイブレア山脈の鉱山に用がある人だったみたいで、一週間ほど滞在してたのよ。羽振りもよくて、きっと大金持ちよ!
それで『明日帰るんだけど、一緒に来ない?』って!それってもう、私見初められたって事でしょ!?」
「それはどうかしら…」
(え、だって、どこへ行くの?その人の事、どのくらい知っているのかしら?)
アレッシアはさらにそう疑問に感じたが、ダイラは言われた事に舞い上がっているのか、深くは考えていないようで、むしろアレッシアが祝福してくれない事で目を細めて口を尖らせムッとした表情をしたが、すぐに切り替えて言葉を繋ぐ。
「…あら、アレッシア。私に妬いているの?仕方ないわよねぇ。この前もカルメラもそれで結婚が決まって町から出て行ったもの。アレッシアは私達と違って伯爵サマの家柄なのに、そんな風に一向に声かけられたりしないものねぇ!」
「妬いてなんて…!ただ、どんな人かも分からないのについて行くのは、ちょっと早計じゃない?」
「なによ!やっぱり妬いているんじゃない!仕方ないでしょ?私やカルメラなんて十六歳でも立派な看板娘だったんだもの、目立ってたのかしらね?
じゃあね、アレッシア!あなたの幸せも願っておいてあげるわ!」
ダイラはそのように言いたい事だけ言って、町を去る準備をしなければいけないと言って足早に去って行った。
ーー
ー
ダイラの言われた言葉を思い返していたアレッシアは、そんな一言二言交わしただけでこの生まれ育った町から離れるのは怖くないのかと思うのと同時に、確かに羨ましいと思う気持ちも少なからずあった。
アレッシアは十六歳。このモンタルドーラ国ではそろそろ結婚相手を決めて、嫁いでいく年齢である。
伯爵家は四歳年下の弟のカストが跡目を継ぐ予定であるから、いつかはアレッシアもどこかに嫁がなくてはならない。
ただ、この裕福ではないペルティーニ伯爵家の娘をもらってくれる人物が現れるのかと疑問に思うのだ。
(私は顔も平凡だし、性格もとりたてて良いわけでもないわ。少しでも裕福な方に嫁げれば、家にお金を残せるのだけれどそもそもそんな裕福な人と出会う場なんてないものね。)
もう少しお金に余裕があり社交にも精を出す両親であれば、そのような場所にアレッシアも共に連れて行かれ、出会いがあっただろう。
しかし父のブリツィオは、婿養子で根っからの漁師の性格故にあまり貴族の社交の場所は好きではなかった。
母のベアータは、貴族のお嬢様らしくゆったりとした性格であるが、噂話に花を咲かせるような腹の探り合いは苦手で、それよりも家で刺繍を刺す方が楽しいようで、貴族社会のしきたりは性に合わないようだった。
その為に、両親は結婚の事についてはうるさく言ってこないものの、アレッシアの周りでそのように結婚の話が出始めてくると嫌でも考えなければならないと思うアレッシアであった。
(でも、まずは弟の事よね!
今は一月。先月は私の背中まであった長い髪が売れたからどうにか収入が増えてそれなりに年を越したけれど、あと三カ月もすれば弟は学校に入学できる年齢だもの。入学資金をどうかき集めるかよね…。)
アレッシアの背中まであった長い美しい髪は、寒い冬を越す為の生活費に充てる為に売ってしまった。それ故、今は肩までの長さになっている。
侍女のコンシリアと侍女長のキアーラなんて、髪を売る事にした時は涙を流して悲しんだ。アレッシアの家には、昔はたくさんいた使用人も給金が払えないので今は数人しかいないが、残りの使用人は皆アレッシアを娘のように可愛がってくれており、その分自分の事のように胸を痛めたのだ。
『アレッシア様の髪は、いつか嫁がれる殿方に見初められる為、綺麗にお手入れさせて頂いておりましたのに。決して、高値で売る為ではありませんでしたのに。』
おいおいとハンカチを絞れるほど濡らした侍女二人は、それでも最後はアレッシアの気持ちを汲み、執事長のボリバルに頼んで売ってきてくれた。
『ずいぶんと思ったよりも高値がつきました!そりゃあ安価でなんて易々と売ったりはしませんでしたとも!』
目が赤く腫れ上がったボリバルは、鼻を啜りながらもそう自慢気にアレッシアへと伝えた。ボリバルもまた、孫のようなアレッシアの髪を売りたくは無かったが、足しに出来るものは何でも、という先代からの教えをしっかりと受け継いでいるアレッシアに、涙を荒々しく袖で拭いた為に真っ赤になってしまった顔でそう告げたのだ。
ー
ーー
「アレッシア様-!」
考え込んでいたアレッシアに、コンシリアが遠くから息を切らしながら走って来るのが見える。家の敷地から少し離れた町を見下ろせる場所にいたアレッシアは、コンシリアの方を向きゆっくりと歩き出し言葉を叫ぶ。
「今行くわ!走らなくていいわよ!」
その声に安堵したコンシリアは立ち止まり、大きな声で叫ぶ。
「ブリツィオ様がお呼びですー!」
コンシリアは、侍女長のキアーラよりも若いのにふっくらとした体系であるから走るのは体に堪えるのだとアレッシアは知っている。仕事をする際すぐに息を切らしているからだ。
それでも、コンシリアからも家からも少し離れた場所で佇んでいたのは、家族から離れ一人になり静かに今後の事を考えたかったのだ。
「分かったわ!」
アレッシアは、何の話だろうと思いながらコンシリアの方へと駆け出した。
肩の長さに短くなってしまった銀色の髪を、町が見下ろせる高台に立って風に靡かせたアレッシアは、昨日友人に言われた言葉を思い返しながらそう呟いた。
アレッシアは、この海が見えるバンケッテ領を統治するペルティーニ伯爵家の娘である。
伯爵家、とは言っても裕福ではなく、ここ四年ほどに至っては毎年無事に過ごせれば御の字である名ばかりの爵位であった。
領地はそれほど広くなく、前面には海が広がり港町で、後ろには広大な山脈がそびえ立っている。が、それも全て領地というわけではなく、モンタルドーラ国の国有地と、北に広がる隣国のベルチェリ国の国有地がほとんどである。
モンタルドーラ国は、隣国ベルチェリ国よりも領土はかなり小さく、栄えているわけではないが、このバンケッテ領と国有地とのぎりぎりの境であるイブレア山脈に鉱山が近年発見された為に、少しずつ発展出来ると期待を寄せているところである。
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「アレッシア、聞いて!私、結婚するの!!」
アレッシアは領主の娘であるが小さな町であるので町の皆とも顔見知りである。それにアレッシアは、家の使用人と共に買い物などの所用で町に来ては町の人々と触れ合っていたので住民達とも距離が近く、子供達とも分け隔てなく接していた。
その為、今日も町に来たアレッシアは、姿を見つけて駆け寄って来た同じ年頃の宿屋の娘のダイラから嬉しそうにそう話し掛けられた。
「ダイラ、おはよう。今日も元気そうね。
え?結婚?」
アレッシアは先日、町の唯一の食堂を営んでいる家の娘のカルメラからもそのような話を聞き、実際それからすぐに町から姿を見かけなくなっていたなと思いながらダイラへと返事をする。
「そうなの!うちに泊まっていたお客さんでね、カッコいいと思っていた人に言われちゃったの!『君、かわいいね。もしよかったら、僕についてこない?』って!!」
「…ついてこないって?」
アレッシアは、疑問を口にした。だが、嬉しい気持ちを体全体で表しているダイラにはアレッシアのその事には大して気にもせずにさらに話す。
「そうなの!
そのお客さん、あのイブレア山脈の鉱山に用がある人だったみたいで、一週間ほど滞在してたのよ。羽振りもよくて、きっと大金持ちよ!
それで『明日帰るんだけど、一緒に来ない?』って!それってもう、私見初められたって事でしょ!?」
「それはどうかしら…」
(え、だって、どこへ行くの?その人の事、どのくらい知っているのかしら?)
アレッシアはさらにそう疑問に感じたが、ダイラは言われた事に舞い上がっているのか、深くは考えていないようで、むしろアレッシアが祝福してくれない事で目を細めて口を尖らせムッとした表情をしたが、すぐに切り替えて言葉を繋ぐ。
「…あら、アレッシア。私に妬いているの?仕方ないわよねぇ。この前もカルメラもそれで結婚が決まって町から出て行ったもの。アレッシアは私達と違って伯爵サマの家柄なのに、そんな風に一向に声かけられたりしないものねぇ!」
「妬いてなんて…!ただ、どんな人かも分からないのについて行くのは、ちょっと早計じゃない?」
「なによ!やっぱり妬いているんじゃない!仕方ないでしょ?私やカルメラなんて十六歳でも立派な看板娘だったんだもの、目立ってたのかしらね?
じゃあね、アレッシア!あなたの幸せも願っておいてあげるわ!」
ダイラはそのように言いたい事だけ言って、町を去る準備をしなければいけないと言って足早に去って行った。
ーー
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ダイラの言われた言葉を思い返していたアレッシアは、そんな一言二言交わしただけでこの生まれ育った町から離れるのは怖くないのかと思うのと同時に、確かに羨ましいと思う気持ちも少なからずあった。
アレッシアは十六歳。このモンタルドーラ国ではそろそろ結婚相手を決めて、嫁いでいく年齢である。
伯爵家は四歳年下の弟のカストが跡目を継ぐ予定であるから、いつかはアレッシアもどこかに嫁がなくてはならない。
ただ、この裕福ではないペルティーニ伯爵家の娘をもらってくれる人物が現れるのかと疑問に思うのだ。
(私は顔も平凡だし、性格もとりたてて良いわけでもないわ。少しでも裕福な方に嫁げれば、家にお金を残せるのだけれどそもそもそんな裕福な人と出会う場なんてないものね。)
もう少しお金に余裕があり社交にも精を出す両親であれば、そのような場所にアレッシアも共に連れて行かれ、出会いがあっただろう。
しかし父のブリツィオは、婿養子で根っからの漁師の性格故にあまり貴族の社交の場所は好きではなかった。
母のベアータは、貴族のお嬢様らしくゆったりとした性格であるが、噂話に花を咲かせるような腹の探り合いは苦手で、それよりも家で刺繍を刺す方が楽しいようで、貴族社会のしきたりは性に合わないようだった。
その為に、両親は結婚の事についてはうるさく言ってこないものの、アレッシアの周りでそのように結婚の話が出始めてくると嫌でも考えなければならないと思うアレッシアであった。
(でも、まずは弟の事よね!
今は一月。先月は私の背中まであった長い髪が売れたからどうにか収入が増えてそれなりに年を越したけれど、あと三カ月もすれば弟は学校に入学できる年齢だもの。入学資金をどうかき集めるかよね…。)
アレッシアの背中まであった長い美しい髪は、寒い冬を越す為の生活費に充てる為に売ってしまった。それ故、今は肩までの長さになっている。
侍女のコンシリアと侍女長のキアーラなんて、髪を売る事にした時は涙を流して悲しんだ。アレッシアの家には、昔はたくさんいた使用人も給金が払えないので今は数人しかいないが、残りの使用人は皆アレッシアを娘のように可愛がってくれており、その分自分の事のように胸を痛めたのだ。
『アレッシア様の髪は、いつか嫁がれる殿方に見初められる為、綺麗にお手入れさせて頂いておりましたのに。決して、高値で売る為ではありませんでしたのに。』
おいおいとハンカチを絞れるほど濡らした侍女二人は、それでも最後はアレッシアの気持ちを汲み、執事長のボリバルに頼んで売ってきてくれた。
『ずいぶんと思ったよりも高値がつきました!そりゃあ安価でなんて易々と売ったりはしませんでしたとも!』
目が赤く腫れ上がったボリバルは、鼻を啜りながらもそう自慢気にアレッシアへと伝えた。ボリバルもまた、孫のようなアレッシアの髪を売りたくは無かったが、足しに出来るものは何でも、という先代からの教えをしっかりと受け継いでいるアレッシアに、涙を荒々しく袖で拭いた為に真っ赤になってしまった顔でそう告げたのだ。
ー
ーー
「アレッシア様-!」
考え込んでいたアレッシアに、コンシリアが遠くから息を切らしながら走って来るのが見える。家の敷地から少し離れた町を見下ろせる場所にいたアレッシアは、コンシリアの方を向きゆっくりと歩き出し言葉を叫ぶ。
「今行くわ!走らなくていいわよ!」
その声に安堵したコンシリアは立ち止まり、大きな声で叫ぶ。
「ブリツィオ様がお呼びですー!」
コンシリアは、侍女長のキアーラよりも若いのにふっくらとした体系であるから走るのは体に堪えるのだとアレッシアは知っている。仕事をする際すぐに息を切らしているからだ。
それでも、コンシリアからも家からも少し離れた場所で佇んでいたのは、家族から離れ一人になり静かに今後の事を考えたかったのだ。
「分かったわ!」
アレッシアは、何の話だろうと思いながらコンシリアの方へと駆け出した。
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