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隠し事
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「ヤーバント。何故呼ばれたか、分かるか。」
この国の陛下であるマティスが、私的な客間にヤーバントを呼びつけると早々に問いかけた。
「は!…いえ、あの……。」
田舎の村から奇跡を起こしたとされる少年を連れて来て一月の後に、国王陛下と謁見しどうにか王宮に留まらせる事に成功したヤーバントは、あとは魔力なる専門的知識を研究している魔力師が、書物などを元に学ばせる事で、自分の危惧していた事が払拭される事を願った。
それから二週間が経った。
今、ヤーバントは陛下に呼び出されている。公式の場ではなく、私的な客間に呼び出されたという事は、他の者には聞かせられないという事。
(まさか…!!)
背中から、生ぬるい嫌な汗が一筋流れるのが分かるほど。
「とりあえず、座れ。今は我とお前しか居ない。」
マティスは椅子の背もたれに深く凭れている。その正面に座るのは、初めての事であり胸がバクバクと破裂しそうだった。
「ここは公式の場ではない。よって、我とお前だけの秘密の会談だ。」
どうにか座ったヤーバントに、そう語り掛けると、神妙な顔つきで話す。
「他でもない。あの連れてきた、アルサイドとやらの事だ。」
「はい…。」
懐から綺麗に折り畳まれたハンカチを取り出し、額に染み出た汗を拭きながら絞り出すように返事をするヤーバント。
「あやつ…本当に奇跡の聖人であるのか?」
「!!!」
ヤーバントは、最悪な事が現実となってしまったのだと思った。だが、こればかりは後に引けないのも事実。まだ国民にむけて公に発表はしていないが、奇跡の聖人がいるかもしれないという噂が流れているのは、国民が期待と希望を抱いている証。アルサイドがいた村に立ち寄った者や、その村から出て行った者が自慢気に話したのがきっかけで、そのようにすでに広がっているのだ。
マティスの時世に奇跡の聖人が現れたのは素晴らしい事で、その治世は安泰であると言っても過言ではない。…はずであった。
「魔力師の報告によれば、まだ一度も雷属性の力を見れていないそうなのだ。まぁ、田舎の小さな村出身であるから、きっと鍛錬の仕方も知らず成長してしまったのであればこれからかもしれぬが、そうでなければ、ちと困った事になったのだ。」
「…はい。」
「なに、連れてきたヤーバントを責めているのではない。
ただ、せっかく我の時代にそのような奇跡が起こったのだ。利用するべきだ、とは思っておる。」
「仰るとおりで……。」
ヤーバントは、額だけでなく背中を這う汗も拭きたくなった。だが、責めてはいないという言葉を聞き、一縷の望みを懸け、下にしていた視線をゆっくりと上げてマティスへと合わせ、小さく息を吐くと心して口を開く。
「仰るとおり、利用するべき、です。彼が何故そう呼ばれたのか、今となってはこの際どうでもいいかもしれません。奇跡の聖人は、奇跡を起こしてくれるといいます。だが、今、マティス様が治めて下さっているおかげで他の国と争いも無ければ特に目立った災いもありません。ですので、彼のその奇跡の力が目覚めないのであれば、他でカバーすればいいのでは無いでしょうか。魔力を使わずとも困った人を助ける。そのような事が出来れば、真実は後からついてきます。」
「ふむ…。」
マティスはそれを聞き、顎に手を充てて考える仕草をする。
「まだ、二週間足らずです。彼は発展途上なのかもしれませんし、もしかしたら魔力は眠ってしまったのかもしれません。」
「確かにな。」
「しかし国民は、お伽話に出てくるような奇跡の聖人が再び現れたと喜ぶでしょう。すでに、噂も出ておりますし。マティス様の治世に現れたとなれば、マティスが素晴らしい采配で国を纏め上げて下さっているおかげだと、ますますマティス様へ尊敬の眼差しを送る事でしょう。」
「そう…そうか。」
マティスは、二、三度頷き口角を上げる。
「ですので、マティス様の仰るとおり利用する以外に手はないと思います。」
「確かにそうだ。魔力が眠ってしまったままである可能性もゼロではないだろうしな。なにせ、魔力とはもう遥か遠い昔話となってしまった。魔力とはどういう物だと説明もし辛くなっているからな。魔力師も、魔力がある者はすでにおらん。書物や論文からでしか、学べないとも言っておるしな。」
「はい。」
「ヤーバント。この話は、我々だけの秘密だぞ。」
「勿論です。」
「ヤーバント、これからも我を助けてくれるな?」
「聞くに及びません、私は普段よりマティス様の手足となっております。」
「そうであるな。ヤーバント、ではその場合には、事が上手く運ぶよう、手を打とうぞ。」
「承知しております。」
ーーー
ーー
ー
そして三年が過ぎ。
アルサイドは十四歳となった。
まだアルサイドの魔力は目覚めない。けれども、魔力を目覚めさせる事はとうに諦められていた。それ以外の事を学ぶ為の三年だったとも言える。
アルサイドがそれらしく振る舞えるようになってきた為、彼こそが奇跡の聖人だと、幼い頃村で起こったとされる出来事を誇張し、大々的に彼こそが奇跡の聖人だと発表され、国民の元へと送り出された。人々は、奇跡の聖人が歩いているだけで崇めるだろう、と。
まずは近場の王都からである。
「あれが奇跡の聖人様だって?」
「らしいな。なんでも、登っていた木に雷が落ちても傷一つ無かったとか。」
「いやいや、雷が落ちる前に、木から飛び降りたんだろ?しかも怪我一つしてなかったらしいじゃねぇか!」
「どちらにせよそりゃまたすごい奇跡だ!聖人様に触ればご利益があるかもしれんぞ!」
「無病息災のご利益?」
「いやいや、それだけじゃないかもしれんぞ。なんせ、奇跡の聖人様なんだから。」
「奇跡の聖人様-!」
「きゃー聖人様-!」
民衆は瞬く間にアルサイドを囲む。
(すっげー!俺ってば人気者じゃん!さすが奇跡の聖人だよな!
俺が握手でもしてやればきっとご利益があるぜ!なんせ、俺は奇跡の聖人なんだからな!)
アルサイドはニマニマと綻ぶ顔を抑え、さも自分が素晴らしい人間かのように崇高な話し方を心掛け、口を開く。
「皆の者、そんなにギュウギュウと押し合ってしまったら怪我人が出でもいけない。さぁ、私に触れたい者は一列に並んで下さい。こちらへ、さぁ!」
(それらしく振る舞わないといけないって教えられたからな、仕方ねぇけどやらないと。言葉遣いも選ばないといけないし話し辛いけど、俺の言う事を俺よりも年上の者達が一斉に聞くなんて良い気分だぜ!)
アルサイドだけでは信用ならないと、アルサイドより年上の女性のバーシーと、男性のサージが傍にいる。目付役であり、他でカバーする為でもある。
バーシーは長い髪を耳よりも高い部分で一つに括り、しっかりとした女性に見える。医学の知識があり、その観点からアルサイドへと知識を与えた先生でもある。
サージは髪を短く切り揃え、こちらもまた酷く真面目そうだ。それもそのはず、研究が好きな科学者である。専門は気象科学であるが、それ以外にもよく書物で学んでいた。バーシーと同じく、アルサイドへとその辺りの知識を与えた先生だ。
二人が民衆に声を掛けるよりも先に、アルサイドがそのように言った為、バーシーとサージは顔を見合わせる。その隙に、民衆は大人しくも一列に並びだした。
「自分から、そのような…」
「いいではないの。陛下のお考えの通りになればそれで御の字なのだから。」
サージが、バーシーへと近づき口元を手で隠してそのように呟くと、バーシーもこそこそと話す。そして、頷きあうと道一杯に広がらないように、民衆を誘導する事とした。
「端に寄って下さい!」
「押さないで下さい!」
民衆はそれに素直に従い、奇跡の聖人に触れようと長蛇の列となる。
「聖人様、足が痛いのです。膝を撫でて頂けませんか。」
一番初めに並んだ老人が、そのようにアルサイドへと言い、拝み始める。
「ほう…それは良くないですね。」
アルサイドはそれらしく見えるように顎に手を充ててから、膝に手を翳す。
「右…左か。」
「あ、右です。」
「ん?あ、いや…右が痛いのですね?けれども左にも負担が掛かってますよ。」
「え!た、確かに…最近は左もズキンと痛む事もあります。」
「そうでしょう?…少し触りますよ?」
アルサイドはさも分かったような口振りで適当な事を言い、膝をゆっくりと撫でる。しかし、老人は言い当てられたと驚きながらもアルサイドへと身を委ねている。
「うむ…」
そして、アルサイドは、膝の皿をもみ出す。
「悪いものが溜まっていますね。動かして体から出て行くよう、マッサージをしましょう。」
ゆっくりと、膝の皿をつまんだりぐりぐりと動かすようにし、反対の膝も同じようにする。
「これでゆっくりではありますが、痛みが薄くなってくるでしょう。でも無理して負担をかけてもいけませんよ?また悪いものが溜まってしまいますから。」
「おお!なんと!!楽になった気がするわい!!聖人様、ありがとうございます!」
痛みを認めてもらい、気持ちに寄り添って施術をしてもらった老人は笑顔になり大きな声でそう言った。本当に楽になったのかは本人にしか分からない。だが、痛みに寄り添ってくれた事で、緩和されたような気がしたのだろうか。長年生きてきた老人である。誰に言っても「年齢が年齢だからね」「しょうが無いよ」としか言われなかったものが、奇跡の聖人だけは認めてくれ、自分の気持ちに寄り添ってくれた事で、気持ちが上向きになったのかもしれない。
それを聞いた民衆は、我も我もと自分の不調なところをアルサイドと握手しながら順に口にする。
アルサイドも、それらしく対応していく。その様は、まるで本当に聖人のようであった。
「…上手くいったわね。」
「あぁ…そうだな。これで、陛下の思惑通りになるな。良かった。」
バーシーもサージも、お互いに顔を合わせ、何度も頷きあった。
二人共、国民を騙してしまう事には後ろめたいものがあったが、それよりも国王から勅命を受けている。失敗すれば、お互いに自分達の身の危険さえあった。それが今、ようやく成功したと、安堵しながら民衆とアルサイドを見ていた。
この国の陛下であるマティスが、私的な客間にヤーバントを呼びつけると早々に問いかけた。
「は!…いえ、あの……。」
田舎の村から奇跡を起こしたとされる少年を連れて来て一月の後に、国王陛下と謁見しどうにか王宮に留まらせる事に成功したヤーバントは、あとは魔力なる専門的知識を研究している魔力師が、書物などを元に学ばせる事で、自分の危惧していた事が払拭される事を願った。
それから二週間が経った。
今、ヤーバントは陛下に呼び出されている。公式の場ではなく、私的な客間に呼び出されたという事は、他の者には聞かせられないという事。
(まさか…!!)
背中から、生ぬるい嫌な汗が一筋流れるのが分かるほど。
「とりあえず、座れ。今は我とお前しか居ない。」
マティスは椅子の背もたれに深く凭れている。その正面に座るのは、初めての事であり胸がバクバクと破裂しそうだった。
「ここは公式の場ではない。よって、我とお前だけの秘密の会談だ。」
どうにか座ったヤーバントに、そう語り掛けると、神妙な顔つきで話す。
「他でもない。あの連れてきた、アルサイドとやらの事だ。」
「はい…。」
懐から綺麗に折り畳まれたハンカチを取り出し、額に染み出た汗を拭きながら絞り出すように返事をするヤーバント。
「あやつ…本当に奇跡の聖人であるのか?」
「!!!」
ヤーバントは、最悪な事が現実となってしまったのだと思った。だが、こればかりは後に引けないのも事実。まだ国民にむけて公に発表はしていないが、奇跡の聖人がいるかもしれないという噂が流れているのは、国民が期待と希望を抱いている証。アルサイドがいた村に立ち寄った者や、その村から出て行った者が自慢気に話したのがきっかけで、そのようにすでに広がっているのだ。
マティスの時世に奇跡の聖人が現れたのは素晴らしい事で、その治世は安泰であると言っても過言ではない。…はずであった。
「魔力師の報告によれば、まだ一度も雷属性の力を見れていないそうなのだ。まぁ、田舎の小さな村出身であるから、きっと鍛錬の仕方も知らず成長してしまったのであればこれからかもしれぬが、そうでなければ、ちと困った事になったのだ。」
「…はい。」
「なに、連れてきたヤーバントを責めているのではない。
ただ、せっかく我の時代にそのような奇跡が起こったのだ。利用するべきだ、とは思っておる。」
「仰るとおりで……。」
ヤーバントは、額だけでなく背中を這う汗も拭きたくなった。だが、責めてはいないという言葉を聞き、一縷の望みを懸け、下にしていた視線をゆっくりと上げてマティスへと合わせ、小さく息を吐くと心して口を開く。
「仰るとおり、利用するべき、です。彼が何故そう呼ばれたのか、今となってはこの際どうでもいいかもしれません。奇跡の聖人は、奇跡を起こしてくれるといいます。だが、今、マティス様が治めて下さっているおかげで他の国と争いも無ければ特に目立った災いもありません。ですので、彼のその奇跡の力が目覚めないのであれば、他でカバーすればいいのでは無いでしょうか。魔力を使わずとも困った人を助ける。そのような事が出来れば、真実は後からついてきます。」
「ふむ…。」
マティスはそれを聞き、顎に手を充てて考える仕草をする。
「まだ、二週間足らずです。彼は発展途上なのかもしれませんし、もしかしたら魔力は眠ってしまったのかもしれません。」
「確かにな。」
「しかし国民は、お伽話に出てくるような奇跡の聖人が再び現れたと喜ぶでしょう。すでに、噂も出ておりますし。マティス様の治世に現れたとなれば、マティスが素晴らしい采配で国を纏め上げて下さっているおかげだと、ますますマティス様へ尊敬の眼差しを送る事でしょう。」
「そう…そうか。」
マティスは、二、三度頷き口角を上げる。
「ですので、マティス様の仰るとおり利用する以外に手はないと思います。」
「確かにそうだ。魔力が眠ってしまったままである可能性もゼロではないだろうしな。なにせ、魔力とはもう遥か遠い昔話となってしまった。魔力とはどういう物だと説明もし辛くなっているからな。魔力師も、魔力がある者はすでにおらん。書物や論文からでしか、学べないとも言っておるしな。」
「はい。」
「ヤーバント。この話は、我々だけの秘密だぞ。」
「勿論です。」
「ヤーバント、これからも我を助けてくれるな?」
「聞くに及びません、私は普段よりマティス様の手足となっております。」
「そうであるな。ヤーバント、ではその場合には、事が上手く運ぶよう、手を打とうぞ。」
「承知しております。」
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そして三年が過ぎ。
アルサイドは十四歳となった。
まだアルサイドの魔力は目覚めない。けれども、魔力を目覚めさせる事はとうに諦められていた。それ以外の事を学ぶ為の三年だったとも言える。
アルサイドがそれらしく振る舞えるようになってきた為、彼こそが奇跡の聖人だと、幼い頃村で起こったとされる出来事を誇張し、大々的に彼こそが奇跡の聖人だと発表され、国民の元へと送り出された。人々は、奇跡の聖人が歩いているだけで崇めるだろう、と。
まずは近場の王都からである。
「あれが奇跡の聖人様だって?」
「らしいな。なんでも、登っていた木に雷が落ちても傷一つ無かったとか。」
「いやいや、雷が落ちる前に、木から飛び降りたんだろ?しかも怪我一つしてなかったらしいじゃねぇか!」
「どちらにせよそりゃまたすごい奇跡だ!聖人様に触ればご利益があるかもしれんぞ!」
「無病息災のご利益?」
「いやいや、それだけじゃないかもしれんぞ。なんせ、奇跡の聖人様なんだから。」
「奇跡の聖人様-!」
「きゃー聖人様-!」
民衆は瞬く間にアルサイドを囲む。
(すっげー!俺ってば人気者じゃん!さすが奇跡の聖人だよな!
俺が握手でもしてやればきっとご利益があるぜ!なんせ、俺は奇跡の聖人なんだからな!)
アルサイドはニマニマと綻ぶ顔を抑え、さも自分が素晴らしい人間かのように崇高な話し方を心掛け、口を開く。
「皆の者、そんなにギュウギュウと押し合ってしまったら怪我人が出でもいけない。さぁ、私に触れたい者は一列に並んで下さい。こちらへ、さぁ!」
(それらしく振る舞わないといけないって教えられたからな、仕方ねぇけどやらないと。言葉遣いも選ばないといけないし話し辛いけど、俺の言う事を俺よりも年上の者達が一斉に聞くなんて良い気分だぜ!)
アルサイドだけでは信用ならないと、アルサイドより年上の女性のバーシーと、男性のサージが傍にいる。目付役であり、他でカバーする為でもある。
バーシーは長い髪を耳よりも高い部分で一つに括り、しっかりとした女性に見える。医学の知識があり、その観点からアルサイドへと知識を与えた先生でもある。
サージは髪を短く切り揃え、こちらもまた酷く真面目そうだ。それもそのはず、研究が好きな科学者である。専門は気象科学であるが、それ以外にもよく書物で学んでいた。バーシーと同じく、アルサイドへとその辺りの知識を与えた先生だ。
二人が民衆に声を掛けるよりも先に、アルサイドがそのように言った為、バーシーとサージは顔を見合わせる。その隙に、民衆は大人しくも一列に並びだした。
「自分から、そのような…」
「いいではないの。陛下のお考えの通りになればそれで御の字なのだから。」
サージが、バーシーへと近づき口元を手で隠してそのように呟くと、バーシーもこそこそと話す。そして、頷きあうと道一杯に広がらないように、民衆を誘導する事とした。
「端に寄って下さい!」
「押さないで下さい!」
民衆はそれに素直に従い、奇跡の聖人に触れようと長蛇の列となる。
「聖人様、足が痛いのです。膝を撫でて頂けませんか。」
一番初めに並んだ老人が、そのようにアルサイドへと言い、拝み始める。
「ほう…それは良くないですね。」
アルサイドはそれらしく見えるように顎に手を充ててから、膝に手を翳す。
「右…左か。」
「あ、右です。」
「ん?あ、いや…右が痛いのですね?けれども左にも負担が掛かってますよ。」
「え!た、確かに…最近は左もズキンと痛む事もあります。」
「そうでしょう?…少し触りますよ?」
アルサイドはさも分かったような口振りで適当な事を言い、膝をゆっくりと撫でる。しかし、老人は言い当てられたと驚きながらもアルサイドへと身を委ねている。
「うむ…」
そして、アルサイドは、膝の皿をもみ出す。
「悪いものが溜まっていますね。動かして体から出て行くよう、マッサージをしましょう。」
ゆっくりと、膝の皿をつまんだりぐりぐりと動かすようにし、反対の膝も同じようにする。
「これでゆっくりではありますが、痛みが薄くなってくるでしょう。でも無理して負担をかけてもいけませんよ?また悪いものが溜まってしまいますから。」
「おお!なんと!!楽になった気がするわい!!聖人様、ありがとうございます!」
痛みを認めてもらい、気持ちに寄り添って施術をしてもらった老人は笑顔になり大きな声でそう言った。本当に楽になったのかは本人にしか分からない。だが、痛みに寄り添ってくれた事で、緩和されたような気がしたのだろうか。長年生きてきた老人である。誰に言っても「年齢が年齢だからね」「しょうが無いよ」としか言われなかったものが、奇跡の聖人だけは認めてくれ、自分の気持ちに寄り添ってくれた事で、気持ちが上向きになったのかもしれない。
それを聞いた民衆は、我も我もと自分の不調なところをアルサイドと握手しながら順に口にする。
アルサイドも、それらしく対応していく。その様は、まるで本当に聖人のようであった。
「…上手くいったわね。」
「あぁ…そうだな。これで、陛下の思惑通りになるな。良かった。」
バーシーもサージも、お互いに顔を合わせ、何度も頷きあった。
二人共、国民を騙してしまう事には後ろめたいものがあったが、それよりも国王から勅命を受けている。失敗すれば、お互いに自分達の身の危険さえあった。それが今、ようやく成功したと、安堵しながら民衆とアルサイドを見ていた。
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