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幅広くなった川

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 昼食が長引き少し遅くなったが、午後の作業の為に四人はさっと準備をする。

 川の支流を造る為にクラウディオは鍬を一つ借り、肩に担ぐと、ミュリエルとオデットとバスコの後をついて行く。人を幾らか集合させようかとフォルクマールが言ったが、クラウディオは今日の出来を見て明日からお願いします、と言った為、このように少ない人数となった。


「あともう少しよ。」


 その声に頷くクラウディオは、振り返ったミュリエルの顔を見る。土嚢が積まれている場所から更に上流へと向かう為、令嬢であるミュリエルはこの傾斜を登るのに大丈夫なのかと思ったのだ。
 だが、ミュリエルは少し息が上がっているが、貴族にしては領地を動き回っている為まだまだ歩く速度は変わらない。うっすらと滲む汗を、フルフルと顔を横に揺らす事で辛うじて目に入らないようにしながら足を進めていた。



「この辺りかな。」


 クラウディオが上へ視線を向けると川幅はまだ山へと向かっているが、源流から流れを変えるわけではないからと、少し広がり始めた所でクラウディオはそう声を掛け足を止めた。


 オデットとバスコも息が上がっており、ミュリエルもハァハァと肩で息をしている。クラウディオはそれを見て、少し休んでいてと三人へ声を掛け、肩に担いでいた鍬を地面へ下ろすと、少し周りを見渡した。


(やはり、ここからあちら側へと流れを造る方がいいか…。さっき見た地図でも、あちら側には使われていない土地が広がっているとあった。住んでいる人も居ないし畑も無いと言っていたし、そこにため池のように少し地面を掘って、また下流へと蛇行させて向かわせればいいかな。)


 オデットは、木陰に敷物を広げ休憩用にとお茶を準備している。それにミュリエルは座り、バスコも足を投げ出し座り込んだ。


 クラウディオは先ほどフォルクマールと地図を見ながら話していた事を元に支流をどうするかと考えると、川辺へ近づき、手のひらをジッと見てから鍬を肩よりも上へとふり上げ下に叩きつける。


 ザクッザクッ


「え、クラウディオ?」


 山登りをしてきたのに休憩もせず、すぐに作業に取りかかったクラウディオに、ミュリエルは驚き声を上げる。が、クラウディオはそれに答える事なく物凄い勢いで川面から反対方向に数歩離れると、ずんずんと川から離れるように道を掘っていく。元々、クラウディオはこの提案をした時から、自分一人でやろうとしていたので、三人は休憩していればそれでいいと思っていた。だからそんなに疲れてもいないクラウディオはさっさと作業を始めたのだ。


「え…早いわ……」

「も、物凄いですね……」

「なんだあれ!?」


 鍬を担ぎ上げるのにも力を入れないといけないだろうに、クラウディオはそれを易々とまるで小枝を持っているかのように腕を上げ、下に振り下ろすのもまた一瞬でどんどんと掘り進めていく。まるで、そこだけ世界が違うように三人は見えた。

 一気に、小道が出来て行く。

 クラウディオが先ほど考えた方向に掘り進んで行く為、ミュリエル達からどんどんと離れていく。


「ま、待って!」


 クラウディオが余りの速さで川から離れていくので立ち上がり、そちらへと向かおうとすると初めてクラウディオが手を止め、声を上げた。


「僕はすぐにここに帰ってくる。だから、ここで待っていて。」

「…分かったわ。」


 そう言われれば、不服そうではあるがミュリエルはまた敷物へと腰を下ろした。




ーーー
ーー



「まだかしらね?」


 太陽が傾き始めた頃、さすがに遅くないかとミュリエルは声を掛けた。


「そうだなぁ…俺、見てこようか…あ!」


 バスコが立ち上がりそう言って、クラウディオが去って行った方を見ると、遠くに黒い影が見えたので声を上げた。


「あれは…クラウディオ?」


 クラウディオが消えて行った方向からまた、地面を耕すクラウディオが近づいて来た。


「ふー…結構かかってしまったな。」


 そう声を上げると、鍬を地面に立てかけ手から腰をトントンと叩く。


「クラウディオ!」


 ミュリエルがクラウディオへと駆け出し近づくと、クラウディオもそちらに視線を合わせた。


「ミュリエルさん、ごめんね。思ったよりも少し時間がかかってしまった。今日はこれで終わるよ。」

「クラウディオお疲れさま!ずっと掘っていたの?疲れたんじゃない?」

「大丈夫。
あっちは少し下っているだろ。そっちへと水が抜けるようにしたんだ。傾斜があった方が流れやすいから。」

「そうなのね。」

「なんで川からやらないんだ?」

「流れる道を作っていないのに川の水が流れてきてしまうと、邪魔だから。全部道が出来たら最後に川のところを掘って水が流れるようにするんだ。」


 バスコが疑問を投げかけ、それにもしっかりと受け答えするクラウディオは、自分が掘り進めてきた道を見て思った。


(やっぱり一人だとな。でも、これをきっとがやったらもっとかかるんだろうな。)


 クラウディオは、自身の力は特別だとは思っておらず、幼い頃家の事をする為に一人分以上の成果を出さないといけなかった為、どうすれば作業効率が上がるかと試行錯誤した末に出来る事だと思い込んでいた。


「なんにせよ、クラウディオ様お疲れさまでした。さぁ、お茶を飲まれますか。」    

  
 オデットがそのように言い、クラウディオへとコップを差し出す。


「ありがとう。」


 そう言って、クラウディオはもらったコップから一気にごくごくと飲み干した。  
  

「この辺りは明日か明後日で終わるかな…今日掘ったよりももう少し深く掘りたいし。
ここだけじゃなく、もう少し下った所にも支流を作れば、さすがに水害は起こらないんじゃないかな。」

「クラウディオ…あなた本当に凄いわ!!」

「そうかな?でもそう言ってくれてありがとう。この大きな体が役に立って嬉しいよ。」


 クラウディオは、ミュリエルに褒められるとなんだかくすぐったく感じる。今までどこかの村で力仕事をした時に言われたお礼よりも、一番嬉しいと感じ、笑顔で返事をする。


「いえ、体が大きいだけでは無いと思うけれど……。」


 ミュリエルはそう思うが、陽が落ちる前に屋敷へ帰らないとこの辺りは真っ暗になってしまう為、すぐに支度をして屋敷へと戻る事とした。

 クラウディオも、この件が終わるまではと屋敷に滞在する事になったのでミュリエルは上機嫌で、皆と元来た道を屋敷へと向かった。








ーーー
ーー



 そして、一週間。

 いろいろと手直しをして川の支流を無事に造る事が出来た。

 クラウディオが掘り進めた道は、幅も深さも結構あり、今はちょろちょろと小川のように流れている。

 少し下った、草原が広がっていた場所もかなり深く掘り下げ、溜池のようになるようにした。そしてそこからも、再び川へと向かうように大きく蛇行して水が下流に向かって流れるように道を造ったのだ。

 これが水量が増した時、きっと役に立つだろうと見てとれた。


「本当にクラウディオ一人でやってしまったわ…良かったのかしら。」

「僕がいいって言ったんだ。…でも、出来て本当に良かった。」


 クラウディオの速さは尋常ではなく、本来であれば何カ月も掛かる工程であった。だが、たった一週間で、水害対策をしてくれた為、フォルクマールもとても喜び、そして驚いていた。


「ありがとう、クラウディオ!あなたがいてくれて本当に良かったわ!…いえ、別に早く終わったからではないの。だって、そうしたら…クラウディオはもうどこかへ行ってしまうの?」


 ミュリエルは、別れが淋しいと思い、出来る事ならずっとこの地にいてくれないかと願う。


「そうだね…もうやる事も無いし。」


 クラウディオもここを離れるのは素直に淋しいと思った。今まで、訪れた村や街を去る時はこんな思いはしなかった。しかし、気持ちとは裏腹に、ロマーノに滞在する理由が無くなってしまった為にそのように言った。


「急いで次の街ヘ行く予定でもお有りですか?無ければ、未だ暫くは、留まってもよろしいのではないですか?」


 オデットも、ミュリエルの淋しさを感じ、そのように提案する。


「急いではいないけど…でもそんなの……」


 その甘い提案に、乗りそうになるクラウディオ。ミュリエルは自分を肯定してくれた初めての人。見ていると、どうにか力になってあげたいと思ってしまうほど、ミュリエルがなぜか気に掛かる。ミュリエルの笑顔を見ると、胸がわしづかみにされるような、なぜか自分まで嬉しく思ってしまう。そんな不思議な感覚とももうお別れかと、胸が痛くなる。


「もう少ししたら、雨が長く降る時期が来る。それを見守ってくれてもいいんじゃねぇか?もし、悪い所があったら、手直しして欲しいしよ。」


 バスコもそのように加勢する。暗に、クラウディオには役目があると言っているようなものだ。


「そうか…」

「いてくれる?クラウディオが急いでどこかへ行かなくてもいいなら、まだ居て欲しいわ。クラウディオ、お願い。まだお別れだなんて言わないで?」


 そんな風にミュリエルに言われ、おもわずクラウディオは首を縦に振ってしまう。


「本当!?嬉しい!良かった!!クラウディオとまだ一緒に過ごせるのね!このままずっとここで暮らしてもいいのよ!」


 ミュリエルは思わず本音を告げた。
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