【完結】気味が悪い子、と呼ばれた私が嫁ぐ事になりまして

まりぃべる

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22 番外編 アーレントの想い人

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 アーレントは焦っていた。


「私、卒業したら結婚しなくちゃならないの。」


 放課後、残って教室で話しているとテレシアにそう言われたからだ。
 テレシア…テレシア=フェニングは、アーレントの通う王立学院で同じクラスの女の子。

 テレシアは黄色の髪を後頭部の高い所で一つに括り、快活な少女である。最終学年になり、よく話すようになった。


「そうなんだ…大変だね。」


 誰と結婚するのか、かなり気になったが聞いていいものかと無難に声を返す。


「ま!何なの、その返しは。
 ねぇ、アーレント、あなたはどうなの?卒業したら、ボーハールツ伯爵家の跡を継ぐのでしょう?」

「うん、そうだよ。」

「婚約者、は…?」

「い、いないよ、そんなの。」

「そんなの?そんなのって言い方失礼ね!」


 最近良く話すようになったと思ったら、このようにテレシアはやたらと突っかかってくる。それが無性にもどかしいと思うアーレント。少し前、同じ班で課題に取り組んだ時はとても楽しく、クラス発表した時には先生にも良く調べたと共に褒められたのだ。その時みたいに、会話が出来るのはいいのだが、あの時はもっと朗らかに話してくれていたように思う。そして、そんなテレシアを好ましく思ったアーレントだったのだ。


「…ごめん。」


 非難されたと思ったアーレントは、他に何と言ったらいいのか分からず呟く。


「べ、別に謝って欲しいわけじゃないし!
 …ねぇ、アーレント。じゃあ明日、家に来てよ、いいでしょ?」

「えっ!?」


 どうしてそうなったのか、アーレントにはさっぱり分からないが、いきなり家に誘われてしまい、聞き間違いではないかと慌てて確認する。


「なに、嫌なの?」

「嫌じゃないけど…本当に僕が行っていいの?」

「あ、当たり前じゃない!私、嘘はつかないもの。じゃあ寮に迎えに行けばいいかしら?」


 アーレントは、初めこそボーハールツ家の本邸から学院に通っていたが、最終学年になると寮に入り、通う事となった。学生生活を少しでも長く堪能したい者達はそうするし、アーレントは、姉が嫁いで行った事もありやっと胸のつかえが取れたのだ。本来なら、卒業してすぐにでも自分が跡を継ぎ、両親をどこか遠くへ追いやり、姉を本邸に連れ戻そうと目論んでいた。それは、思わぬ結婚話により杞憂に終わった為、あとは残りの学生生活を悔いなく送ろうと思ったのだ。両親と少しでも離れたい、という気持ちももちろんあった。卒業の歳となり、顔を合わせればどの家とアーレントが婚約すれば旨味が高いのかとそればかり話を振ってくるからそこから離れたいという思いもあった。


「迎えに!?えっと、君の家は学院から近くだよね?確か、フェニング商会…」

「まぁ!知っていてくれたの!?なら余計によ!商会の娘だもの、待っているのは性に合わないの。だから、迎えに行くわ。
 それに、アーレントはうちに来た事、ある?ないわよね?迷うと困るでしょう?」

「いや…うーん、じゃあお願いするよ。」


 テレシアはなぜか顔を赤らめながらそう言うものだから、アーレントもそれに見惚れつつ、肯定した。


「じゃあ、十時に寮の前に行くわ。いい?」

「いいけど…そんなに早くていいの?」

「ええ、寧ろ遅いくらいよ。じゃあ楽しみにしてるわ!」

「うん。僕も。」


 嬉しそうに手を振ってテレシアは教室を出て行った。




 ☆★

 翌日。


 アーレントが約束の時間の五分前に寮の玄関を出るとすでに馬車が停まっており、中からテレシアが出て来た。


「アーレント!」


 大きく手を振るテレシアは、真っ白のワンピースを着ていた。髪は上部からサイドを下に編み込んでいる。いつも制服しか見ていなかった為か新鮮で、こんな可愛い姿を独り占めできるのかととても嬉しく思った。


「来てくれてありがとう。でも、良かったの?」


 馬車に乗りながらアーレントは聞いた。


「ん?何が?」


 首を傾げる姿も可愛く見え、アーレントは直視出来ないと少し視線をずらして答える。


「だって、こんな所まで迎えに来て、変な噂が立ったら君に申し訳ないよ。」

「噂?騒ぎ立てるほどみんなそんなに暇じゃないわよ。
 だってもうすぐ卒業よ?卒業するまでに働き口を見つけたりしないといけないし、親の跡を継ぐ人だって忙しいでしょ。
 それに、アーレントとだったら私、別に噂になっても構わないし。」

「ええ!?」

「うふふ。
 ねぇ、うちに来た事ある?ちょっと忙しないけど、せっかくだし見ていってちょうだい?」


 はぐらかされたと思ったアーレントだったが、噂になったら嬉しいと思う自分もいた。


(テレシアにとったらきっと不名誉だ。婚約者でもない人と噂になるなんて。
 だけど…僕だってテレシアとなら…!)


 以前のアーレントであったなら、結婚話なんてもっと先の事だと思っていた。とりあえず先に伯爵の位を賜って、それが落ち着いてからでいいと思っていた。
 だが、テレシアと話す内、日に日にテレシアの事を考える時間が増えていったアーレント。


 やはり同じ王都にあるからか思ったよりも早くフェニング商会に着いた。


「ここよ!」


 御者が開けるよりも早くテレシアは馬車の扉を開け、そこから飛び降りると、アーレントを地面へと引っ張るように手を伸ばす。


「どっちがエスコートしてるのか分からないよ。」


 そう言って苦笑しながら手を伸ばすと、テレシアもそうね、と笑った。


「だって、早く家を見せたかったのだもの。それに、早くしないとみんな出掛けちゃうもの。」


 みんな?と思ったアーレントだったが、商会の建物の前まで腕を引っ張られるがままテレシアの後をついていく。


「さぁ、ここがうちよ!」


 大きな観音開きの扉を開けると、そこは大きなロビーのようになっていた。そして、左側にはカウンターとなっておりそこで職員だろう人達が机に置いた書類とにらめっこをしている。カウンターの後ろには壁に背合わせに棚があり、そこから何かを出し入れしている人達もいた。そちら側は、二十人以上忙しなく動いていた。
 対して、右側はソファーと机が幾つも並んでおり、間には背丈ほどの衝立が立っており仕切られている。商談スペースのようになっていた。


「すごいね…」

「あ、ねぇお兄様は?」

「やぁテレシアちゃん。どっちのかな?ブラーム会長なら、さっき上に行ったよ。コース副会長なら今は…」

「そうなの?じゃあ呼んで来てもらってもいい?」

「ブラーム会長だね?分かったよ。」


 テレシアは近くにいた人物にそう声を掛けると、長男のブラームを呼びに行かせた。ブラームは今年二十九歳、コースはブラームの八歳下の二十ー歳である。両親は海外に買い付けに常に出掛けている為、今も不在だった。


(え、あの人…!)


 アーレントは目を大きく開いて先ほどの人物を見送った。


(姉上の結婚式の最後に、義兄上に土下座していた人に似てる…)


「どうしたの?」

「!
 あ、いや…さっきの人って……」

「ハブリエルの事?あの人はね、ブラーム兄様の秘書よ。なんだか、訳ありなんですって。ちょっと変わってるのよ。」

「うん、知ってる。」

「え?ハブリエルの事知ってるの!?」

「まぁ…ちょっとね。」

「そうなのね…。ブラーム兄様と学院で一緒だったそうだけど、でも良く知らないのよね。結構長くいるのよ。」

「ふーん。」


 先ほども、いそいそと左側のカウンター内で荷物の整理をしたりメモを取っていたりしていた。仕事が出来そうに見えたが、あの土下座していた人物と同一人物とは思えなかった。


「あれ?テレシア出掛けたんじゃなかったのか?」


 ハブリエルが、ブラームを連れて奥に見える階段から降りてきて言った。


「ブラーム兄様!ねぇそこ、座っていい?」


 テレシアが空いている衝立で仕切られたソファーの場所を指して言った。


「あぁ、いいよ。で?忙しい僕を呼んだのは何?」


 テレシアに促されアーレントもソファーに座り、ブラームも向かい側に座った。


「もう!本当せっかちね!
 ねぇ、こちら、アーレント=ボーハールツというの。」

「なるほど。
 僕はブラーム=フェニングというよ。妹がいつもお世話になってる、のかな?」

「いえ、僕がお世話になっております。」


 そう言って、急な紹介にアーレントは慌てて頭を下げた。


「ブラーム兄様!
 ねぇ、どう?いいでしょ?」

「うーん、今すぐは…でもアーレント君は優しそうだね。」

「そうなの!とっても優しいのよ?」

「でも優しいだけじゃねぇ…何?結婚したらうちに来るの?それとも彼は跡継ぎかな?」

「跡継ぎよ、ね?」

「え?」


 アーレントは二人の会話について行けず、いきなり視線をむけられ話を振られて気の抜けた声を出す。


「もう!アーレント、聞いてた?あなたボーハールツ家の跡継ぎって言ってなかった?」

「ああうん、そうだよ。一応ね。」


 アーレントは、聞き間違いでなかったら先ほどブラームは結婚したらうちにくる、と言ってなかったかと疑問に思いながらも答える。なぜ、テレシアは自分の兄に会わせるのか、伯爵家と縁を結びたいのかと思うが、ここは有名なフェニング商会。たかが伯爵家のボーハールツ家と縁続きとなりたいわけではないだろうと首を傾げる。


「ふーん、じゃあテレシアは伯爵夫人?大変だよ?」

「それはそうかもしれないけれど…愛があれば何とかなるっていうじゃない?」

「あるの?愛。」

「えと…それは…まぁ……これから?」

「ふー……テレシア。お前の猪突猛進気味な所は嫌いじゃないが、僕はお貴族様って輩と取引もしてるからね、いけ好かない奴とか往々にしているんだよ。そんな中にテレシアが入っていけるとは到底思えないんだが。」

「でもでも!私、結婚するならアーレントがいいもの!!」

「ええっ!?」


 アーレントは、テレシアの叫びにも似た大声に、それに負けないほどの声を出した。


「なんだテレシア。アーレント君は今初めて聞いたって顔をしているよ。またテレシアの暴走、かな?」

「ち、違うの…!だって…」

「テレシア。なんでも推し進めればいいというものでもないよ。
 アーレント君、済まないね。テレシアは卒業したらどこかに嫁がせる予定でね。まぁ、別に夫婦でここを手伝いつつ一緒に住んでもいいんだけどね。
 ちなみにアーレント君は、テレシアの事をどう思っているかな?」

「え、ブラーム兄様!?や、止めてよこんなところで…」

「こんなところでって、ここは家だよ。
 テレシア、恥ずかしいならそうだな、お茶でも淹れてきてくれるかい?」

「わかったわ!」

「待って!」


 そう言って、立ち上がろうとするテレシアの手を掴んで留まらせるアーレントは、ブラームへと視線を向ける。


「あの…これってどういう事です?」

「アーレント君、済まないね。テレシアは良く暴走するんだ。学院ではどうかな、していないかい?
 今回は完全にテレシアの戦略ミスだと思うんだが、テレシアにも強行に出る訳があってね。卒業までに相手が決まらなかったら、僕か弟のコースが決める相手と結婚させる事となってるんだ。だから、自分でこの人だと決めた人…つまり
 アーレント君を連れて来て、僕に認めてもらおうと思ったんじゃないかな?」

「そ…ええ?」


 アーレントは、テレシアへと視線を向けると見た事もない程顔を真っ赤にさせ慌てて両手で顔を隠していた。


「だって…ブラーム兄様が納得してくれれば、コース兄様や父様に伝えてくれると思ったのだもの。」

「だからって、事を急いては上手くいくものもいかなくなってしまうよ?」


 そう言うと、イヤイヤとでも言うようにテレシアは頭をゆるゆると左右に振る。
 そんな姿をみたアーレントは、学院では見た事もない姿だと微笑ましく思い、頬を緩め、心を決めて口を開く。


「ブラーム様、では僕からもよろしいでしょうか。」

「ん?どうぞ?」


 そう言われたアーレントは、居住まいを正すとしっかりとブラームを見据えて言った。


「僕も、テレシア…テレシア嬢を好ましく思っています。まだ彼女の全てを知っているわけではありませんが、テレシアとなら良き家庭を築けるのではないかと思います。」

「そうか。」

「しかし!…今すぐに結婚を申し込む事は難しいです。実は…両親が僕の結婚についていろいろ模索しているようで。阻止したいのは山々なのですが、すぐには…。」

「なるほど。君の気持ちは良くわかった。
 貴族様とは、時に政略結婚も往々にしてあるのだという事も承知だ。
 だがね、あまりゆっくりとしていても機はやって来ない。自分から行動を起こす事も時には大切だよ。」

「…はい。」

「テレシア。」

「は、はい!」

「まずは、コースにも話してみるよ。コースがテレシアのお相手の目星を付けているといけないからね。」

「ブラーム兄様!ありがとう!!」

「だが、先にも伝えたがお貴族様との結婚は並大抵ではないぞ?」

「望むところよ!」

「いや、挑むわけじゃ…まぁ、未知の世界へと挑むのか。
 テレシア、まずは花嫁修業として貴族の礼儀作法を学ばないといけないな。」

「う、頑張るわ…。」

「アーレント君。」

「はい。」

「心の内を話してくれてありがとう。僕で力になれる事はするから、遠慮せず言っておくれ。…さてと。そろそろいいかな?」

「うん、本当にありがとうブラーム兄様!」

「ありがとうございました。」

「ゆっくりしていくといいよ。」


 そう言うと、ブラームは立ち上がって衝立の向こう側へと去って行った。


「…アーレント、その…急にごめんね?」

「うん、驚いた。でも、テレシアの気持ちは嬉しかったよ。そんな風に思ってくれていたなんて知らなかったから。」

「話すようになって、もっと一緒に居たいって思ったから、話し掛けていたのよ?」

「うん。ありがとう。テレシア、待っててくれる?問題を片付けたら、改めて求婚させて欲しい。」

「嬉しい!でも私、待つのは苦手だから…ね?」

「そうだね。じゃあ急がないとだよね、今日は帰るよ。」

「え、やだわ。どうしてよ?」


 テレシアは途端に寂しそうな顔をし、アーレントの袖を掴む。


「そんな顔をしないでよ。明るい未来の為に、自分から動かないとって君のお兄さんが言われてただろう?」

「…そうね、わかった。じゃあ送るわ。」


 テレシアは少し考えた後にそう言って、二人は立ち上がった。

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