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20 番外編 ヨーズアの心情

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 ヨーズアはその日も、普段と変わらずランメルトの侍従として手となり足となり動いていた。

 その矢先。

「クラース様が!誰か、従医を呼んで来て下さい!誰か-!!」


 西側の棟から、取り乱して駆けて来たのは下っ端の侍女だ。
 今日は確か、クラース付きの侍従はクラースに代わりカスペルの屋敷に赴いていたはずで、普段世話する人物とは違い、手の空いた者が順についていた。


「どうしたの?」

「ヨ、ヨーズア様…!クラース様が……!」


 ただ事でない雰囲気に、ヨーズアはクラースがいるであろう西棟の書斎へと走る。


「クラース様!!」


 部屋に入ると、机には食器が並べられており、スープだけが飲み干されていた。
 椅子には座っておらず、床に伏せっているクラースが見えた。


「クラース様!?」


 慌てて駆け寄り、鼻と口元に手を翳すがすでに息をしていなかった。


(なぜ…どうしてだ!?)


 後から来た他の使用人達にその場を任せ、すぐに屋敷内に怪しい者が居ないかを探しに行くが、すでに時間が経っていたからか見当たらなかった。


(クソッ!またランメルトが悲しむじゃないか!!レオポルト様の事がまだ解決してないのに!!)


 苛立ちながらヨーズアは、レオポルトが倒れた一週間前を思い出す。

 ーーーあの時も、カスペルの領地にレオポルトの侍従が呼び出された日だった。
 カスペルは花を育てている。素人には分からないが、品種改良をしているようで珍しい者が出来ると、売り出していいものなのか確認を取る為に本家に知らせが入る。順当であれば当主のランメルトに話がいくのだが、ランメルトの心情を慮ってその辺りの事カスペルの領地の事はレオポルトが請け負っていた。
 その日、レオポルトの部屋にはお茶を飲んだ形跡があった。侍従がいなければ、誰か使用人を呼びお茶の準備をさせるレオポルト。だが、その日は誰も使用人達はお茶の準備をしていなかった。だが書斎の机には、お茶を飲んだとされるカップだけが残されており、その横でレオポルトは倒れていた。
 そして、レオポルトは呼吸がしずらいのと、体の痺れが残った。幸いにも命が助かったのは良かったが、ベッドから動けないと余りの変わり様に使用人含め一堂愕然とした。会話も、呼吸がしづらいようで思うように出来ないらしく、何があったのかも分からないままだった。

 容疑者と思われる内の二人である離れに住んでいたヨランダとブラムを見に行けば、アリバイ作りの為なのかブラムは絵を描き、ヨランダはそれを眺めていた。レオポルトが倒れたと聞けばヨランダは顔を覆うように泣き崩れブラムはそれを支えるようにして傍に駆け寄るよと、〝ヨランダを寝かせる〟といい、部屋から出された。
 二人に疑いの目を日々向けているヨーズアには、それが演技なのかどうか見極める事は残念ながら出来なかった。


 ーーー意識を浮上させ、ヨーズアは奥歯を痛い位に噛み締めていたと気付くと一度下を向き、肩でフーフーと二度ほど息をすると、最後に息を思い切り吐き出してから前を見据えてランメルトがいるであろう食堂へと歩き出す。
 ランメルトに会う時には、明るい表情を絶やさないように決めているヨーズアは、深呼吸をする事で彼なりに気持ちを切り替えているのだ。



(ランメルトに知らせたら〝そうか〟と言っただけだったもんな。感情を出さないように、口を閉じたのだろうけど吐き出さないといつか潰れちまうよ!)


 今回もまた、心の内を吐き出さず蓋をして侯爵を演じるのかと思うと、自分より年下のランメルトが不憫でならなかった。



 ヨーズアは幼少の頃、レオポルトに街で拾われた孤児であった。『私の為…いや、私の孫に仕える気はあるか?』そう言われ、上等な服を着ていたレオポルトに言われた事の理解は出来なかったがこれで日々の生活を不安に思う事から解消されるのであればと後をついて行った。そこからはヨーズアにとって簡単ではなかったが生きる為、貴族に仕える者としての知識を叩き込まれ今に至る。命を助けてもらったレオポルトに報いるように、ランメルトへと忠誠を誓っている。



(ランメルトが、結婚!!)


 そんなヨーズアが、レオポルトから、ランメルトが結婚するかもしれないと聞いたのはレオポルトが倒れる前だった。驚きはしたが、レオポルトが薦める人物であれば、不幸続きのランメルトが幸せになれるといいと心から思ったヨーズア。
 クラースの事でバタバタしていた時に、レオポルトが言っていた妻となる女性と共に食事をしていたのには更に驚いたが、イェレとイサが銀のカトラリーや食器類が色が変わる事がないかと見張っていたのには柄にもなく少し胸が痛んだ。


(まだほんの少女のようだったな、ランメルトの妻になる子。
 ランメルトには幸せになって欲しいけど、やっぱりこんな所に嫁に来させるなんて、いつ倒れられるか分かったもんじゃないから気を張るよなぁ。)


 レオポルトもクラースも、を口にして倒れた様子だったのだ。ランメルトも気が休まらないだろうと心情を慮った。同時に、ランメルトと同様あの少女も守るべき対象となったのだとヨーズアも更に気を引き締めなければと心に誓った。




☆★

(それにしても…フレイチェちゃんにはびっくりしっぱなしだぜ。)


 ヨーズアは、フレイチェが嫁いできてすぐにこのオルストールン家の謎だった事が次々と解決していく事に驚きを隠せなかった。


(死者の姿が見えるって…会話も出来るってなんだか不思議だよなぁ。本当に聞いているかのように知らないだろう事を言ってくるから、信じざるをえないって感じ?)


(万年筆の事も、カスペル達は案外呆気なく自分から暴露してたし、本当短絡的だったんだな。)


 ランメルトは、カスペルに聞いて果たして自分がクラースから盗ってきたと自白するだろうかとヨーズアに漏らしていた。だがこうあっさりと解決出来、ランメルトも苦笑していたのだ。


『俺の出る幕も無かったな、フレイチェには頭が下がる。とんでもない子を妻にしてしまった。
 だが同時に…消えてはしまいかと不安にもなる。』


 そう言って、ランメルトはフレイチェが霊と話す時には自分が傍に居るときだけにして欲しいと懇願した。


「そりゃあ分かるよ、消えそうになるかもってボクでも思うからね。何か、フレイチェちゃんの輪郭がキラキラ光り出すっていうか。でも、でもさ、だからって…!!」

「うるさいですヨーズア。
口を動かす暇があれば手を動かして下さい。」

「…ヘリーもそう思うでしょ!?なんでボク達に任せるかなって!」

「それは仕事ですから。」

「…もー、分かってるよ!ヘリーってば相変わらず冷たいなぁ。」

「…。」


 今は、ヨーズアとヘリーが、ランメルトに代わり領主の書類仕事をしている。フレイチェが貴族特別機関に代理聴取されている間、ランメルトも付き添っているからだ。その時、侯爵の仕事が滞ってはいけないと二人が行っている。


「ま、仲睦まじく過ごすのはいいんだけどさ。ランメルトが幸せならそれで。」

「では何も問題無いではありませんか。いえ、ヨーズアには問題があるのですか?」

「そうじゃないよ。
 でもさボクだって男なんだよ?ヘリーと二人っきりでこの部屋にいるとさ、ドキドキしない?」

「…仕事です。仕事中にそんな事言うなんてあり得ません。」

「ごめんごめん!ヘリーと二人っきりって嬉しいんだけど、緊張するっていうかドキドキしちゃってさ。問題っていうか、ボクへの試練?
 でもボク、ヘリーに仕事が出来る男だって見せたいからね!頑張っちゃうよー!」


 そう言って、書類に目を通していくヨーズア。
ヘリーはそれに答える事はしなかったが、机に向かうふりをして口元を緩めるのだった。
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