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〈13. 戸惑う授業〉

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 アームが、教室を軽く掃除をしましょうと言うので、エステルは窓を開け、教室の長机を濡らした布で拭く事にした。その間にアームは箒で掃いていた。


「さ、こんな感じね!そろそろ早い子は教室に入ってくるわ。挨拶をして入ってくるから名簿に名前を書かせてくれる?」

 アームは、壁際のロッカーの上に置かれている教科書とノートを教卓に持って来て言った。

(名簿?)

「あ、名簿はそこに掛かってるでしょ?」

 アームが指差した場所を見ると、教卓にぶら下がっている紐で括られた紙が掛かっていた。エステルがそれを教卓に乗せて開くと、確かに日付と名前が書かれている。

「自分の名前を繰り返し書かせる事で、しっかりと覚えさせる事が出来るから、自分で書かせるのよ。分からない子には、一緒に書いてあげるなりして教えてあげて。いい?」

「分かりました。」



「おはようございます!」
「おはようございまーす。」
「おはようございます…あれ?アーム先生だけじゃないんですね?」

 次第に生徒が教室へと入って来て、そう声を発する子もいた。

「初めまして。私はエステルです。今日からよろしくね。」

 エステルはそう言われた為、子供達の目を一人一人見ながら言った。

「「「はーい!エステル先生、お願いします!」」」


(エステル先生、かぁ!子供達にも言われると、自分も頑張らないとって思うわね!)


 エステルは、顔をほころばせながら名簿に名前を書いてもらっていた。




☆★

「さぁ、今日は十二ページを開いて?昨日の続きよ。文字の読み書きはどこへ行っても使えるから、しっかりと覚えましょうね!将来パン屋さんに勤める子だって、食堂で働く子だって、必要なの。分かる?」

「「「「はーい!」」」」

(アーム先生は、子供達へ分かりやすく話していて素晴らしいわ!私もあぁいう風に教えていかないといけないのね!)

 エステルは、教室の後ろで立ち、アームが教室の前で子供達に説明しているのをじっくりと見ていた。




「さぁ!この字は、〝ア〟よ。現王のアードルフ様の〝ア〟。よーく、覚えましょうね!」


(そういえば、アーム先生は国王の事を良く言うわよね。それに、子供達も違和感無いみたい。王宮に近い王都だから、国王も身近に感じるのかしら。)


 エステルはそう考えていると、カラーンカラーンとベルが聞こえた。

「はい、ではここまで!次は外に集まってね。」

 アームがそう言うと、子供達は一斉に席を立ち、教科書とノートを自分達でロッカーに片付け、外へ駆けて行く。

「エステル先生。次は外で剣術の練習です。行きましょう。」

(剣術??そんなのも学ぶのね。)

 エステルは驚きつつも、頷いてアームについて行く。



☆★

 広場に行くと、子供達は長い枝を持ちすでに振り回していた。

(剣術かぁ。女の子も習うのね。)

 と、エステルはそれを見て思う。女の子で、男の子に引けを取らない位の動きをしている子もいた。

「さぁ!いつアードルフ様の為に戦わなければならなくなるかもしれないから、みんな、心して身に付けるのよ!」

「「「「はい!」」」」

(え!?アーム先生、それって…戦争って意味!?)


 このクリシャンスターメ国は、半年前にガブリエル王が亡くなった為に弟のアードルフ王が跡目を次いだと言われている。
 ガブリエル王にも子供が一人いたはずだが、エステルははっきり覚えてはいなかった。
国の重要な地位に就く予定であったり、そのような人物の所へ嫁ぐ予定があればしっかりと覚えただろうが、エステルは同じ領地に住む格下の子爵家へ嫁ぐ予定であった為に、あまり領地の外の事は学んでこなかったのだ。

 それでも、ガブリエル王の時代には、戦争があったとは聞き及んでいない。

 エステルが目を大きく開いて驚いたが、子供達はそれが当たり前かのように熱心に教わっている。
 正面で長い枝を持ち、頭の上から振り下ろすのを掛け声に合わせて何度もやっていた。


「さぁ、じゃあ今日は実戦してみましょう。相手の手から、剣に見立てた枝を打ち落としたら勝ちよ。勝ち抜き戦ね!」

 わぁわぁと、目の前で繰り広げられるそれは、エステルにとっては少し怖い程だった。
子供同士が向けているのはお互いに刃が付いていないただの枝とはいえ、子供達の気迫が違ったのだ。
目は真剣で、お互いの間合いを読んだり、相手をわざと転ばせたりする子もいた。それでも、子供達は泣いたりもせず、膝を擦りむいていても立ち向かっていく様は、子供とは思えなかった。

(すごい…!けど、子供って怪我をしたら泣いたりしないの?痛そうだわ。でもアーム先生も何も手出ししていないし……。手当てもしないのかしら。
年齢は七歳位から十歳位までの小さな子供達なのに、まるで勝ちにこだわっているかの様だわ。)


「ほら!立つ!」

「怪我を気にしたら負けるわよ!」


 エステルは、アームのその掛け声に異様な光景として少し寒々しくも感じた。

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