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〈4. 訪れた先は、初めての連続〉
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エステルが生まれ育ったガブソンルンド領の東門の端から出ている乗り合い馬車に乗り、この国クリシャンスターメ国の王都の方角へ向かう。
と言っても、日が暮れる前に馬車に乗れたとはいえ夜通し走るわけにはいかない。
馬車が通る道は、舗装された道ではなく土が踏み固められた道であったし、道沿いにも夜道を照らす灯りなんてものも無い。
それこそ事故に遭ってもいけないし、少し進んだ小さな村で今日は休む事になる。
(そういえば私のお母様、馬車で出掛けた先で亡くなったと聞いたわ。だからか、お父様は領地の外へほとんど出なかったのよね。)
エステルは、そんな事を思いながら馬車に揺られていた。
この馬車は乗り合い馬車な為、板張りの座面に薄っぺらい敷物が一枚、体裁を取り繕うように敷いてあるだけだった。
伯爵家所有の馬車と比べ、乗り心地は決して良いとは言えないがこれからはこれが普通なのだとエステルは言い聞かせる。
「この村で宿屋に泊まるのね。」
エステルは、宿屋に泊まる事も初めてだ。母親を早くに亡くし、父親は領主として忙しくしていた為、領地から外に出た事もなかった。
馬車から降り、馬車の御者が教えてくれたのはこの村で一つだけのこの宿屋だった。
食堂はついていないので、隣にある別の人が経営している食堂へ食べに行かないといけないが、エステルにはなにもかもが新鮮だった。
王都へと向かう人は、他の客は途中で降りてしまったので、その馬車では王都へ向かうのはエステル一人だった。
その為、御者は泊まる宿を教えたりエステルをやたらと気に掛けて話し掛けてきた。
というより、御者は年のほど近いエステルに鼻の下を伸ばしているとも言える。
「よう嬢ちゃん。食堂は夜は酒も提供されるから女の子一人だと危ない。一緒に食べよう。」
そう御者に言われたエステルは、なんて親切な人だろうと思った。
(なるほど…そういうものなのね。私はこれから、今まで覚えてきた貴族のしきたりではなく、庶民のしきたりを覚えていかないと行けないのだわ。)
「ご親切にありがとうございます。御者さん。私、初めてなので何も分からなくて。教えてもらって助かりました!」
「なんのなんの!そういう客はたくさんいるからね。さぁ、荷物を置いて来たら早速食べに行こう。」
「はい!」
隣の食堂は、まだそんなに混んではいなかった。
「さぁ、奥に座ろう。」
そう言った御者は、エステルの背中に手を添えて奥に促した。
エステルは、婚約者だったトゥーレにも片手で数えるほどしかエスコートされておらず、そのようにされると体がびくりとなった。
(エスコートよ、ただの。お父様が良くやってくれるそれだわ。)
エステルは、そう思い気にしないようにした。
テーブルにつくと早速、
「今日のお薦めを二つもらおうか。」
そう御者がエステルに聞きもせずに言い、それからビールも二つ注文する。
このクリシャンスターメ国では、ビールは十五歳から飲めるが、味や好みもあり飲み慣れていない人もいる。エステルもそれであった。
程なくして料理がテーブルに並ぶと、御者は促す。
「さぁ、飲んで。今日の出会いに乾杯しよう!」
(ビール、あまり飲んだ事ないんだけどなぁ。でも、初めの一杯だけなら…。)
エステルが眉間に皺を寄せ、少し戸惑いつつもグラスを上げたその時。
「こんばんは。一緒にいいですか?」
と、少し離れた同じく壁際に座っていた人が席を立ち、エステルへと声を掛けてきた。
「な、なんだ!君は!」
「お兄さんさぁ…見たところ、彼女お酒慣れてなさそうだけど酔わそうとでも思っていたの?」
「はぁ!?」
「だって、そういう人よく見るからね-。酒に慣れてない人に酒を勧める男の人。」
「な…!なわけないだろう!私はね、可愛い彼女が一人だったから、親切心で誘ったんだよ。決してやましい気持ちではなかったさ!」
「ふぅーん。だったら、酒じゃなくて果実ジュースでもよかったんじゃない?ここのジュース、美味しいし。」
「それは…!か、乾杯がしたかったんだ!」
「そう見えなかったけどなぁ…。まぁいいや。僕の連れがお兄さんと話したいみたいだから、場所変わってくれる?」
そう言った、肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪の少年は今まで自分が座っていた席を振り返る。
黒い髪の、エステルの父親ほどの年齢の厳つい男性が座ってビールジョッキを片手にこちらを見ていた。
「あぁ、このビール持っていってね。」
ささっと話をまとめた少年は、御者の腕を引っ張って立たせて席へと促し、空いた席に座りエステルへと自己紹介を始めた。
と言っても、日が暮れる前に馬車に乗れたとはいえ夜通し走るわけにはいかない。
馬車が通る道は、舗装された道ではなく土が踏み固められた道であったし、道沿いにも夜道を照らす灯りなんてものも無い。
それこそ事故に遭ってもいけないし、少し進んだ小さな村で今日は休む事になる。
(そういえば私のお母様、馬車で出掛けた先で亡くなったと聞いたわ。だからか、お父様は領地の外へほとんど出なかったのよね。)
エステルは、そんな事を思いながら馬車に揺られていた。
この馬車は乗り合い馬車な為、板張りの座面に薄っぺらい敷物が一枚、体裁を取り繕うように敷いてあるだけだった。
伯爵家所有の馬車と比べ、乗り心地は決して良いとは言えないがこれからはこれが普通なのだとエステルは言い聞かせる。
「この村で宿屋に泊まるのね。」
エステルは、宿屋に泊まる事も初めてだ。母親を早くに亡くし、父親は領主として忙しくしていた為、領地から外に出た事もなかった。
馬車から降り、馬車の御者が教えてくれたのはこの村で一つだけのこの宿屋だった。
食堂はついていないので、隣にある別の人が経営している食堂へ食べに行かないといけないが、エステルにはなにもかもが新鮮だった。
王都へと向かう人は、他の客は途中で降りてしまったので、その馬車では王都へ向かうのはエステル一人だった。
その為、御者は泊まる宿を教えたりエステルをやたらと気に掛けて話し掛けてきた。
というより、御者は年のほど近いエステルに鼻の下を伸ばしているとも言える。
「よう嬢ちゃん。食堂は夜は酒も提供されるから女の子一人だと危ない。一緒に食べよう。」
そう御者に言われたエステルは、なんて親切な人だろうと思った。
(なるほど…そういうものなのね。私はこれから、今まで覚えてきた貴族のしきたりではなく、庶民のしきたりを覚えていかないと行けないのだわ。)
「ご親切にありがとうございます。御者さん。私、初めてなので何も分からなくて。教えてもらって助かりました!」
「なんのなんの!そういう客はたくさんいるからね。さぁ、荷物を置いて来たら早速食べに行こう。」
「はい!」
隣の食堂は、まだそんなに混んではいなかった。
「さぁ、奥に座ろう。」
そう言った御者は、エステルの背中に手を添えて奥に促した。
エステルは、婚約者だったトゥーレにも片手で数えるほどしかエスコートされておらず、そのようにされると体がびくりとなった。
(エスコートよ、ただの。お父様が良くやってくれるそれだわ。)
エステルは、そう思い気にしないようにした。
テーブルにつくと早速、
「今日のお薦めを二つもらおうか。」
そう御者がエステルに聞きもせずに言い、それからビールも二つ注文する。
このクリシャンスターメ国では、ビールは十五歳から飲めるが、味や好みもあり飲み慣れていない人もいる。エステルもそれであった。
程なくして料理がテーブルに並ぶと、御者は促す。
「さぁ、飲んで。今日の出会いに乾杯しよう!」
(ビール、あまり飲んだ事ないんだけどなぁ。でも、初めの一杯だけなら…。)
エステルが眉間に皺を寄せ、少し戸惑いつつもグラスを上げたその時。
「こんばんは。一緒にいいですか?」
と、少し離れた同じく壁際に座っていた人が席を立ち、エステルへと声を掛けてきた。
「な、なんだ!君は!」
「お兄さんさぁ…見たところ、彼女お酒慣れてなさそうだけど酔わそうとでも思っていたの?」
「はぁ!?」
「だって、そういう人よく見るからね-。酒に慣れてない人に酒を勧める男の人。」
「な…!なわけないだろう!私はね、可愛い彼女が一人だったから、親切心で誘ったんだよ。決してやましい気持ちではなかったさ!」
「ふぅーん。だったら、酒じゃなくて果実ジュースでもよかったんじゃない?ここのジュース、美味しいし。」
「それは…!か、乾杯がしたかったんだ!」
「そう見えなかったけどなぁ…。まぁいいや。僕の連れがお兄さんと話したいみたいだから、場所変わってくれる?」
そう言った、肩まで伸びた真っ直ぐな黒髪の少年は今まで自分が座っていた席を振り返る。
黒い髪の、エステルの父親ほどの年齢の厳つい男性が座ってビールジョッキを片手にこちらを見ていた。
「あぁ、このビール持っていってね。」
ささっと話をまとめた少年は、御者の腕を引っ張って立たせて席へと促し、空いた席に座りエステルへと自己紹介を始めた。
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