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人生は続く
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「こんにちは-、アンネッタ、居るー?おーい!」
礼拝堂の方で大きな声がする。アンネッタは、奥にある居住スペースから声を上げ、トコトコとそちらへ向かう。
「はーい、お待たせしました。
まぁ!今日もこんなに?」
アンネッタの住処へと訪れた男は元貴族だ。アンネッタがガーデンパーティーなどに出席していた時に取り巻きのように傍にいた人物である。週に二度、野菜や果物、他に必要な消耗品を荷車に乗せて届けに来てくれる。
だがその野菜などは、小ぶりだったり逆にものすごく大きく育っていたり、形がでこぼこと歪な物がほとんど。アンネッタがいつか食堂を手伝っていた時に見かけていた野菜の見た目とはかけ離れている。だが、アンネッタは食べられるのならそれでもいいと思っていた。
荷車は教会の外に置いてあり野菜などが載っている。彼は教会の扉を開ける時に持てるだけ手に抱えて持ってくるのだ。
「こんにちは。
アンネッタ、今日はいつもとは違う果物もあるぜ!」
「そうなの?ありがとう!」
アンネッタは、ここで一人で住んでいる。見張りがいる訳ではないがアンネッタは逃げ出す事もせずのんびりと暮らしている。
国王の配慮で食料はこのように週に二度ほど運び入れてくれる。運んでくれる人は以前縁を繋いだ人が交代で運んでくる。
彼らは、社交の場でアンネッタに会う度に傍にいて世話を焼いたり、贈り物もしていた人らではあるがそのせいで彼らの婚約者からは嫌がられ、婚約破棄にまで至った人達だ。
その為に家からも疎まれ、家の恥だと廃嫡されてしまった。それを見た国王は彼らを引き取り、アンネッタへと食料を届ける仕事を与えたのだった。
コージモは、国の所有する領地で農作業をしている。自給自足の生活は大変ではあるが、血縁関係にあるーーつまり、王族の血を引いているコージモの祖父にあたる人物が、現役を退いて悠々自適に暮らしていたところに、草むしりや、力仕事要因としてコージモを送ったのだ。
コージモは、自分が手伝って作った野菜や果物がアンネッタに運ばれている事を知らないし、アンネッタも運ばれた物は誰が作っているかなんて考えた事も無かった。
コージモは厳しい祖父に四六時中傍で見張られて作業するうちにだんだんと勝手がわかってきて、手つきも初めの頃に比べるとだいぶ様になってきた。収穫された野菜や果物などを出荷する時には、美味しく食べてもらえよ、と思うようにまでなった。
「じいちゃん、そういえばこいつらどこに出荷するんだ?」
「さぁな。美味しく食べてもらえればそれで良し。そうだろう?」
「んーまぁ、そうか。じいちゃんの作る野菜、美味いもんな!王宮にでも持って行くんかな?
今度来た時に聞いてみるか!」
「コージモ、忘れたのか?運び屋とは会話をしてはいかん、そういう約束だったろ?」
コージモが、外の世界を思い出しては困るし、戻りたいと思われても厄介な為、コージモは外部との接触を極力しない約束であった。
「あ、そうだった!覚えてるって!」
「…それを忘れとると言うんじゃろうが。」
コージモは最初こそこの生活を送る事に駄々をこね、この地に着いた早々逃げ出そうとした。だが、それを見ていた祖父が『ふん、逃げるなら好きにしろ!だが、ここの生活を体験してもいないのにご託を並べるとはなんとまぁ勿体ない。ここを抜け出しどこへ行く?お前に行く宛はあるんか?まぁまずはこのトウモロコシでも食べてみるがいい。』と差し出した。それを口にしたコージモは、茹でただけのその野菜に衝撃を受けた。味付けもしていないそれに、胃袋を掴まれたともいえる。そこから、そこに留まり生活しているというわけだ。
コージモは、ここでは苦手な公務も無く言葉遣いも取り繕わなくていいし、ガミガミと頭ごなしに注意する人もいない為この生活も案外悪くないと、逃げ出す気も無くなっていた。
「アンネッタ、何か手伝う事はあるかい?あと少しだったら手伝えるよ。」
アンネッタの住処へと荷物を運び入れている彼は、帰りの時刻が決められており、それを少しでも過ぎれば強制労働行きと言われている。その為、きちんと門限を守っているのだ。
元々、アンネッタは〝手の届かない桃色の果実〟と囁かれていたのだ。それを、順番ではあるがアンネッタに会いに行く事が出来るこのかけがえのない仕事に誇りを持っているし、ある意味自分たちが居なければアンネッタは生きていかれないのだと思うと、嬉しく思うのだった。
門限は夕方日没まで。
道中に何か緊急事態が発生しまう場合を考慮してもあと少しくらいの所用は手伝う時間はあると彼らはいつも申し出る。薪割りや、高いところの掃除、水汲みなど、力仕事やなんかをアンネッタの為にとかってでる。
「いいの?ありがとう!
じゃあ今日は水汲みをお願いしてもいい?少しだけでいいの。」
アンネッタも、やってくれると言うその申し出に、素直に応じる。
「お安いご用さ!」
そう言ってアンネッタに良いところを見せようと張り切るのであった。
「あ!っと、忘れない内に。これ、渡しておくよ。」
「え?…手紙?」
アンネッタは手渡された手紙を裏返すと、封蝋がされている。それを見て首を傾げる。
「誰からとかは教えてもらってないが、アンネッタに必ず渡すようにと言われてね。
じゃ、水汲みしてくるよ。」
そう言って去る姿を見送ると、アンネッタはその手紙を開けようと奥へと入った。
「私に手紙をくれる人なんて…あ!」
アンネッタは、食堂で簡単ではあるが読み書きを教えてもらっていた。庶民ではあるが、商売をやっていた為に大将も女将も簡単な文字なら書けるし読む事も出来たのだ。
「ロザリンダ様からだわ。
……え!そうなんだ…。」
《アンネッタ様。
いきなりごめんなさいね。でもどうしてもお礼が言いたくて、国王陛下に我が儘を通してもらいましたの。
あの日の事のおかげで、私はコージモ様との婚約を破棄していただく事が出来ましたのよ。そんな日がくるとは思ってもいなかったから、あなたのおかげよ、本当にありがとう。
そしてね、あなたにいうべきかここは迷ったのだけれど、新しい人生を送る事が許されたのよ。この国ではない国へ嫁ぐ事になったの。それが良いことなのかは私には分からないけれど、少なくともコージモ様よりはいい関係が築けるかと期待しているわ。
返事は要らないわ。私の一方的な気持ちを押し付ける形になって申し訳ないけれど、どうしてもお礼を伝えたかったの。では、もう会う事もないでしょうけれど、お互い頑張って生きていきましょうね。》
そんな手紙をもらったアンネッタは、良く分からないけれど自分が役に立ったのだとクスリと笑った。
ーーー
ーー
ー
彼らが来ない日はというと、アンネッタは気楽に過ごしていた。一人で少し先の川まで水汲みをしに行くのは大変だが、それでも何もする事もない毎日である。自分の生活の為にしなければならない事なので文句も言わずやっている。
「もう少し近かったらなぁ…一気にたくさんは重いから運べないし。うーん、今度台車でも手作りしようかしら?
まぁでも、いい運動よね、これも。」
薪割りも、力がいるが初めての頃よりだいぶ上手く割れるようになった。ここでの生活は、食堂で世話になった時の大将が行っていた事を思い出しながらやっているが案外やれるものだとアンネッタは楽しくやっている。
料理も、大将が作っていた物を同じようには作れないが、なんとなくこんな食材が入っていたなと思い出したり、味付けもこうだったかな?と思いながら試行錯誤するのも面白いと感じていた。
また、材料さえあれば、時間はたっぷりあるし自分で物を作るのも悪くないと感じ始めていた。
「自分でやるって大変だけど悪くないわ!食料も美味しいものを届けてもらえるし。一人って案外気楽ね!」
キラキラした宝飾品や、素晴らしい生地のドレスやなんかももう身につける事は無くなっても、実の無い話をしてボロが出ないように気を配りながら話しをするよりは今の暮らしはなんと気楽な事だろうとアンネッタは一人思う。
アンネッタは追放されたとはいえ、この生活を満喫しながら過ごすのだった。
☆★
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