【完結】手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました。

まりぃべる

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成長して

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 あれから七年が経った。
 アンネッタは、十三歳となっていた。


 アンネッタは変わらずあの食堂でお世話になっていた。
 アンネッタの年齢が分かったのは、あの日の朝到着し、昼過ぎにその日に出航した船の名簿にアンネッタという名前と年齢があったから。それも本当であるのかは分からない。
 問い合わせをしたのは治安部隊。母親探しをしてくれたわけだが、名簿があっただけで顔が分かるわけでも無く、また到着した船は月に一度の観光客が乗る船であったが、この町以外にも数ヵ所港に停泊する船であった為、その後の消息がつかめなかった。

 治安部隊はそれを身元引受人となった食堂の女将に伝え、アンネッタを孤児院に預ける事を提案した。
 女将はアンネッタにどうしたいか聞き、アンネッタは『ここにいたい』と言ったため、大将と相談してアンネッタを引き続き面倒を見る事を決めたのだった。



 アンネッタは、ただでお世話になっていたわけではなく接客を任された。そして、店内に入ってきた客を案内する係を女将からお願いされる。
 虫の居所が悪いのか、怒鳴って店内に入ってきた男性には、トコトコと近づいていき足元で服をクイクイと引っ張り、いらっしゃいませと言う。すると、男性もばつが悪いと思ったのか、さっきまでの威勢はどこへやら、『お、おう…』と言ってアンネッタに案内された席へ大人しく座る。


 そんな事が何度もあり、だんだんとアンネッタも接客という事に慣れ、少し大きくなってからは水を運んだり、注文を取ったり、食べ終わった食器を片づけたりも積極的にするようになった。


 アンネッタの容姿は幼くてもとても可愛かった。桃色の髪がそう見せるのか、小さな丸い顔に大きな目、小さな唇がそう見せるのかお人形のようであった。

 そんなアンネッタにだんだんと愛想良く接客をされると、客も荒々しく男臭い態度からだんだんと節度を持って接するようになっていく。

 たまに、観光客なのか一見さんがアンネッタに執拗な絡み方をすれば、常連客や女将が黙ってはいない。

 アンネッタはそのように守られながら成長していった。




☆★

 そして今、アンネッタは感心していた。今日の客は普段来てくれる客とは違い、身なりも整っており話し方や振る舞いもどこか上品で同じ人間とは思えないと感じたほど。

 食べ方も、ガツガツとしておらずゆったり丁寧に食べていた。

 周りの空気感とはどこか違うその客に、アンネッタは珍しいと思いながら視線の端に留めていた。
 女将から、『お客さんをじっと見つめてはいけないよ。食べにくいだろう。』と言われたからだ。


 その人が食べ終わり、口を胸元のポケットに入っていた白いハンカチで丁寧に吹くと、アンネッタへと視線を送りながら女将に話し掛けた。


「女将。彼女は、なんという名前だ?」


 女将も、こんな客は珍しいと冷や汗をかきながらいつもとは違い丁寧な言葉で返事を返す。


「アンネッタと申します。
…何か、不備がございましたでしょうか?」

「あぁ、違う。そうじゃない。
アンネッタは、女将の子供か?それとも雇い入れた者か?」

「子供のようなものでございます。」

「ほう。
…女将、相談であるが、アンネッタをもらい受けてもいいか?」

「ええ!??
…失礼しました。ええと、どういう事でございますか。」

「よい。
私は、トマーゾ=ロッセッティと申す。一応、この辺りの領地を治めている男爵の位を賜っておる。
なに、今日は観光船に乗った帰りだったのだが、アンネッタを気に入ったのだ。私の娘にしようと思うがいかがかな?」


 この国では、貴族が孤児院の子供を養子にしたり使用人にともらい受ける事は珍しくはない。しかし、このように街中でそう言うとはよっぽど魅力があったのかと女将は思う。事実、アンネッタをここに住まわせる前もそれなりに人気だった食堂だが、アンネッタが来てからは格段と客足が伸びた。
 それに、貴族に相談、と言われたが庶民の女将にすれはそれは相談ではなく強制。肯定しないといけないと言う事は分かっていた。


「ええと…ですが…」


 それでもすぐにはいどうぞと言える話でもないと、女将はどう答えればよいのか言葉に詰まる。


「なに。それに見合うだけの金は支払う。それに、アンネッタは美しい。もちろん、この町のこの食堂は素晴らしいがここで埋もれさせるのはもったいないと思わないかな?」


 さすがに、大将もカウンターから出てきて頭を下げたが、手で制され、ニヤリと口角を上げて男爵は言う。


「大将もそうは思わないか?
まぁ、私も鬼畜ではない。今夜は皆で相談するがよい。
明日の朝、迎えをよこすから、アンネッタはそれで私の屋敷に来るがいい。」


 そう言って、男爵は懐から金貨を三枚置いて立ち上がる。


「い、いけません!多過ぎます!」


「なに、遠慮する事はない。とっておきたまえ。
また明日、準備させるから。」


 そういって男爵は手をヒラヒラと振って店を出ていった。
 表には、お付きの者とみえる男が立っており、共に去って行った。


 店の中は静まり返っている。昼を過ぎたとはいえ、客はちらほらといたのだ。だが、皆今見た光景を頭で理解するのに時間が掛かり、誰も口を開こうとしない。


「私、どうなるの?」


 しかし、カウンターの近くで成り行きを見ていたアンネッタは誰も動こうとしないのを見かねて、疑問を口にした。


「あぁ、アンネッタ…!」


 女将はすぐさまアンネッタへと近寄り、抱きつき、背中をさすった。この数年でみるみるアンネッタは成長し、栄養が足りなかった手足も、背丈も、どんどんと肉付きがよくなり健康的な体つきとなった。背も、今では女将が少し高いくらいであった。

 女将は涙を流して言葉を発する。まるで自分に言い聞かせるかのように。


「アンネッタ、済まないね。庶民の私にはどうしてやることも出来ない…。
でもね、貴族であるロッセッティ男爵様の元へ行けるという事は、とても栄誉ある事だよ。
あぁ、どうかアンネッタが更なる幸せを得られますように!」


「きぞく?」

「そう、貴族。私ら庶民とは違って、とっても裕福な人達さ。だからきっとアンネッタ、今よりもっと幸せになれるからね!」


 アンネッタにとっては、今はこの食堂が全てであった。朝起きてから寝るまで、女将と大将の手伝いをして、たまに買い物に付き合ったりしていた。そのため近所であれば顔見知りもずいぶんと出来た。


「私、今、女将さんや大将さんと一緒にいられてとっても幸せよ?
それよりも?」

「…ありがとう、アンネッタ。
そうだね、もっと幸せになれるさ。」

「…分かった。」


 いつの間にか店の中では泣き声の大合唱が始まった。声を殺して啜り泣く常連客に、おいおいと声を上げてなく常連客。女将もだし、大将も目に涙を浮かべている。
 そんな中、アンネッタは行きたくないと言えるはずもなく、分かったとしか言う言葉が見つからなかった。





 翌日。
 食堂の開く少し前に、アンネッタが店の前を掃除していると、目の前に馬車が到着した。大将も女将も、開店準備をしていたが気もそぞろであった時で、すぐさま店の外に飛び出て来た。


 御者が下りてきてすぐに大将に手のひらに収まる巾着袋を手渡す。


「トマーゾ様からです。」

「え!」

「どうぞお受け取り下さい。アンネッタ様をお譲りいただくのですから。これくらいあれば足りるでしょうとの事です。」


 そう言われ、ずしりと重みのある巾着袋の中身を見ると、昨日もそうであったが、庶民は到底お目に掛かる事のない金貨が数枚入っていた。


「え、あの…え?」

「では、確かにお渡しいたしました。
それでは、アンネッタ様。早速ですがお荷物はございますか?」


 御者は大将から、アンネッタへと視線を向けるとそう恭しく言った。


「荷物?」

「あ、アンネッタ!お迎えって事だよ!昨日、何を持って行くのか袋に詰めていただろう?」


 アンネッタがこの食堂に来た時も、荷物なんて持っていなかったし、それから数年この町で生きてきたが裕福でもないため、生活必需品しか購入していない。
 生活する上で必要であった下着や着る服が数枚と、常連客がくれる贈り物を詰めたのだった。常連客は、手荷物もなにもなく母親から置いて行かれた少女が不憫だと、皆、町で売られていた小さな木彫りの人形や、子供が使っていてもういらなくなったぬいぐるみなどを贈ってくれたのだ。


「あ!持ってきます!」


 そういってアンネッタは掃除道具を女将に預け、すぐに二階へと向かい、大きな袋を持ってきた。


「…それでよろしいですか?」

「はい。」

「ではお乗りください。」


 そう言われ、馬車の扉を開けられたのでアンネッタはすぐに大将と女将の方を向いて挨拶を交わした。


「今まで本当にありがとうございました!お二人とも、お元気で!」

「うんうん、アンネッタもね!」
「息災でな。」


 短い挨拶をすると、アンネッタはタラップを踏み馬車へと乗り込んだ。


「町の皆さんにもよろしくお伝えしてね!」


 アンネッタがそう言った時、扉はバタンと閉まり、馬車は動き出した。


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