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 翌日。
 朝食をヴァルトと共にしたリューリは、去り際にもまた謝られた。

 
「昨日はなんだか、思わぬ出来事で本当に済まなかった。今日はゆっくりしてくれ。また昼食で。」

「昨日の事はもう、終わった事だしヴァルトのせいでもないもの。
気をつけて行ってらっしゃいませ!」


 ヴァルトをいつものように見送ったあと、今日は何をしようかと考える。昨日はハンネレが来るのではないかと朝から無駄に緊張していたなと思ったリューリは、今日はゆっくり出来るかと考えていた。外は天気もいいし本でも読もうと思いながら部屋へ戻り、物語の書かれた本を二冊、持って玄関から出てどこで読もうか考えながら歩く。


「外は少し肌寒いですよ、もう一枚上着を羽織りましょう。」


 部屋に戻った際、マイサにそう言われて着込んだリューリ。屋敷では寒さなんてあまり感じなかったが、外は風が強いようで屋敷の玄関を出ると確かに昨日よりも空気が冷たいと思い空を見上げた。


 と、正門の辺りで言い合うような声が聞こえてきた。見れば、リューリの両親くらいの年齢の女性と、リューリと同じような年齢の青年が立っている。その後ろには、小さめではあるが乗ってきたのだろう馬車が停まっていた。


「ちょっと!いいじゃないの、入れてちょうだい!凍えてしまうわ!」

「そうだよ、はるばるここまで来たんだ!追い返すのは酷いだろう?それに、僕は助けに来たんだから!」

「とにかく、我が当主であるヴァルト様より話を伺っておりませんからお通しする訳にはいきません!!」


 リューリは一つ首を傾げると、後ろに付いていたマイサを振り替える。と、マイサも顔を顰めてていた。


「マイサ、何かしら?」

「そうですね…普段はこの辺境地のノルドランデル領に訪れる人なんてほとんどいないのですが…」


(そうなのね。領民かしら?でもそれにしては門番は高圧的よね。)


 リューリはそちらへと足を向ける。


「リューリ様、門兵に任せましょう。」

「でも、門兵も大変そうだわ。」


 押し問答をしていて、門は開け放たれている為簡単に入って来れそうだと思ったのだ。


「どうしたの?」

「奥様!」


 リューリが放った声に、門に立つ警備隊の隊員が振り返り、反射的に声を上げる。


「奥様!?奥様ですって!?
じゃああなたがサイラの娘なのね!?まぁ!サイラが言ってた意味が良く分かるわ!!なんと可愛らしいの!!」

「!?」


 リューリは、その女性にそう言われ、母と知り合いなのかと驚く。


「ママ!ねぇ、ママが言う通り本当に可愛い子だ!僕、一目惚れしちゃったよ!!早く連れ帰ってあげないとね!!
ねぇ、君。いや、マイハニー!無理矢理結婚させられたんだろう?もう大丈夫だよ、僕らと一緒に帰ろう?」


 そう青年が言うと、ずんずんと近づきリューリの腕を掴もうと手を伸ばす。それを見た隊員は、リューリの前へとすかさず移動し、青年の手がリューリに届かないように阻止した。


「な、何するんだ!?」

「いえ、それはこちらの台詞ですよ。無闇に奥様にお手を触れないでいただきたい。」

「どうしてだ!?僕は彼女を救いに来たんだ!連れて帰るんだからね!
マイハニー、ほら、馬車に乗って!!」


 リューリは、母の事を知っていそうではあるがこの見ず知らずの人達からそのような事を言われるのが全くもって分からなかった。だが、人の話を聞かずに自分の主張だけを言う人を昨日も見たなと思い、既視感を覚える。そして瞬時に、昨日ヴァルトに言われた事を思い出し、自分が対応しようと決め、一歩後ろに下がり睨みながら言う。


「お止め下さい!
そもそも、私お二人を存じ上げませんの。自己紹介もされておりませんのに、何故そのような事をおっしゃるのですか?」

「まぁ!サイラが驚くわよ?そんな睨むような顔しないでちょうだい!それも可愛いけれど。
ねぇ、怪しい者じゃないの、私はサイラと仲の良いお友達で、エイニ=クレメラというのよ。あなたの事はサイラから聞いているわ、急に結婚させられたのでしょう?困っているわよね?でも大丈夫よ、私達の家へおいでなさい。匿って差し上げるわ。そして婚姻の異議申し立てを致しましょう?それが無事に受理されたら、この私の可愛い息子のイルモと結婚すればいいわ。
大丈夫よ、私達はあなたの味方ですもの。あぁ、サイラの代わりだと思っていいのよ、お母さまって呼んでもいいわ。」

「そ、そうだよ!そんな可愛い顔して威嚇して…まるでネコみたいだ。あ!そうか、もしかしてそうやって毎日威嚇して生活しなければならなかったのかい?そんなに旦那は酷い奴なのか?大丈夫、これからは僕の所へ来ればいいさ!大事にしてあげるよ、可愛い僕のマイハニー!!」


 そう言って、警備隊員の体をすり抜けてリューリの頬へと手を伸ばし、何の躊躇いも無く触れる。


「ああ、柔らかい…!早く食べてしまいたい!ねぇママ、馬車の中で味見くらいいいよね?」

「こら!私もいるのよ?ちょっとだけにしておきなさい?」


(気持ち悪…!!)


「何をするのです!」


 そう言うと、パシッと頬に触れてきた手を叩いた。


「!!な、なんだよ!て、照れ屋さんなんだな?」


 イルモは抵抗された事に目を見開くほど驚き、それでも無理矢理自分を納得させ、リューリへと尚も声を掛ける。


「し、仕方ないなぁマイハニー。意地を張っているんだね?
僕は怒ったりしないから安心して!さぁ、ついておいで。」 


 そういって今度はまた手を繋ごうと手を引っ張ろうとする。リューリは先ほどは油断したが、今度はその手に捕まらないよう一歩下がると一度息を吸って腹に力を込め、二人を交互に睨みながら声を出す。


「先ほどから失礼です!!人の話を聞かず、力尽くで物事を進めようとするなんて!!
私は無理矢理結婚させられた訳ではありません。お互いに望んで結婚を致しました。勝手な事を言わないで下さい!
それに、お母様のお友達と言う割に、私の名前も知らないとは、おかしいですわ!」

「な…!」
「まぁ!私の言う事が嘘だと言いたいの!?」


 リューリがそのように言い返すから、イルモ絶句している。見た目儚い少女が、そんなにも食ってかかって言い返してくるとは想像もしていなかったとみえる。
 エイニも、言い返してくるとは思わず目を見開き驚きながらも金切り声を出して喚いた。


「私の結婚が無理矢理だと言っているのがいい証拠です。」

「どういう事!?だってサイラは私に一言も言わなかったわ!愛する娘が結婚するのであれば、普通、私にも知らせてくれるはずでしょう!?それがなかったと言う事は、いきなりの結婚話だったと言う事よね!?
大方、別居しているサイラの夫がサイラやあなたの気持ちも汲まず勝手に決めてきたのでしょ?」

「そこが間違っているのです。母と仲が良いのであれば、私の家族の事も理解されているはずなのに、全く理解されていないご様子。という事は、実はそれほど仲良く無いと言う事ですよね?
それなのにここまで押しかけて、意味不明の事を言わないでいただけます?お話しているだけ無駄ですわ。どうぞお帰り下さい!!」


 馬車へと指を指し、そう言い切ったリューリ。

 サイラは王都という大都会でお茶会や夜会を嗜んでいる。それは決して、アハティと仲が悪いから別居しているわけではなく、まだまだ友人達と接するのが楽しいからである。王都からは遠い辺境のオークランス領で生活してしまえばすぐには友人達と会えないのだ。

 サイラとだと思っている女性は更に憤慨しつつ、手を握りしめる。


「い、意味不明って…!帰れって…!!」


 そこへ、遠くから馬の嘶きと共に駆けてくる音が聞こえ、そこにいる一堂はそちらへと見やる。それにリューリは気づき、声を上げる。


「ヴァルト?」


 ヴァルトが騎乗し、その後ろにも侍従のカッレと、あと一人駆けてきていた。


「あぁ、知らせに行ったのですね。」


 ボソリと、後ろに控えていたマイサがホッとした様子で呟く。


「リューリ!
…おやおや、誰かと思えば…」


 ヴァルトは、リューリに視線を一度送ると、何も変わった事は無さそうだと納得する。先ほど事の顛末を知らせに来た使用人と共に警備塔からかなり急いで戻って来たのだ。昨日、リューリに『先触れもしてこない急な訪問者はリューリの好きにしていい』とは言ったが、その事でリューリに酷い事をされてはいけないと戻って来たのだ。

 リューリの名を呼んだ時とは違い、冷たく嘲りを含んだ声色でエイニとイルモを見る。


「あ…あ…」

「ひぃ!」


 エイニとイルモは数日前にヴァルトが自分の家に来た時の事を思い出し、ガタガタと震えだした。


「俺がそちらの家にお邪魔した時に言った言葉を忘れたのか?全く、ここまで押しかけてくるとは良い度胸だな。」

「ヴァルト様、発言を許可いただけますか?」

「マイサか、なんだ?」

「はい、リューリ様はそちらのお二人にお帰り下さいと申し上げております。」

「そうか…リューリ、偉かったな。
俺も、お前らを敷地内に入れるつもりもないし、前回話した通りだ。だが、それでもここに性懲りもなくやって来たと言う事はどういう了見だ?俺を馬鹿にしていると言う事か?」


「そ、そんな滅相もない!そ、それでは失礼いたしますわね、オホホホ…!」

「ひ、ひぃ…!!」


 そう言った二人は、勝ち目はないと悟ったのか慌てて踵を返し、馬車へと一目散に駆けて行った。


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