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いざ、東の辺境の地へ

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「じゃあ皆、元気でね!」



 カントリーハウスの玄関先で、リューリは見送りに出ていた家族や使用人、そして警備隊の人達に向かって言った。

 それに一つ頷いたアハティが、馬車へ乗り込もうとするリューリに手を差し出してエスコートしながら声を掛けた。


「気をつけて行きなさい。辛かったらいつでも帰っておいで。」

「ウフフ…お父様、私は結婚をするのですよ?辛かったら帰っておいでって、そんな…ま、その時はお願いしますね!」

「もちろんだとも!リューリに辛い思いをさせたくはないからね。我慢しなくてもいいぞ。」


 そう言って、なかなかエスコートの手を離そうとしないので、サイラが痺れを切らして声を掛けた。


「ちょっと、アハティ!あなたそれじゃぁリューリが気持ち良く出発出来ないでしょう?早く手を放してあげなさいよ。
でもまぁ…分からないでもないわ。リューリ、いつでも相談なさいね。」

「フフ…はい、お母様!」


 サイラの声に渋々リューリの手を離すアハティは、リューリの顔を見てしきりに頷いている。


「ほらほら!あなたこっちへ来て?馬車が出発出来ないわよ?」


 手は離したがなかなかそこから動かないアハティに、サイラが近づいて手を引っ張り馬車から引き離す。


「ふふ。
お父様、お母様、お元気で。ヨーナス兄様、またね!皆もね!」


 リューリが馬車の扉から顔を出してそう言うと、それに皆も反応し返事を返した。その内にリューリも座席へと座る。すでに侍女のヘリュが進行方向の逆側に座っていた為、進行方向側に腰を下ろした。御者がそれを確認すると扉を閉め、前の御者台へと座ると、出発の合図を馬にさせ、馬車がゆっくりと進み出した。


(ああ、皆、いってきます!
ここの景色もなかなか見る事が出来なくなるのね。)


 リューリは、扉の反対に位置する小窓を見やり、景色を目に焼き付けようといつまでもそちらに目を向けていた。








☆★

 それから、馬車はゆっくりのんびりと進み、王都の北側の街で一泊し、途中の街の宿屋にも泊まって更に東へと進んで四日目の昼過ぎにようやく辿り着いたのか馬車が止まる。


(長かったわ…。馬車ではなくて、馬で駆けたらもっと早かったでしょうけれど、輿入れの為には馬車で行くなんて、なんて面倒なの!お陰で体が鈍っちゃうわ!)


「疲れましたか、リューリ様。」


 話し相手になっていたヘリュも、疲れた顔をしてそのように問いかけた。


「ええ、へリュもここまで疲れたでしょ?
ありがとうね、へリュ。」

「いいえ、勿体ないお言葉です。明日には帰らないといけませんが、道中たくさんのお話が出来ましたから、楽しかったです。」


 へリュは、御者と共に明日の朝オークランス領へと帰らないといけない。ヴァルトからアハティへの手紙には、身一つで、一人で嫁いで欲しいと書いてあったのだ。侍女や侍従を引き連れて嫁ぐ場合もあるが、ノルドランデルは辺境の地、しかもオークランス領よりも過酷な場所であるから、慣れない者が何人も居ては、既存の使用人の生活に支障をきたしてもいけないからだ。

 過酷、とはノルドランデル領はオークランス領よりも寒暖の差が大きく、温かい時には二十度を少し越える事もあるが、寒い時にはマイナスをかなり下回るのだ。それに、国境を隔てた向こうには、森や、広大な山が広がっている。そしてそこに住む野生動物は西よりも凶暴だと、アハティからは聞いている。
慣れない妻に加えて使用人までもが増えると、守り切れると言いきれないということだった。


「今まででさえ、リューリには実戦に参加させてこなかった。向こうでも、剣を振ろうと思わなくていい。分かったね?」


 アハティに三度も言われた言葉だ。

 そう。リューリは、訓練場で毎日訓練していたが実際に、警備隊の中に入って野生動物を駆除しに行った事はない。こっそりとついて行こうとした事もあったが、ばれた時には皆のいる所でこっぴどくアハティから叱られたのだった。それ以降、リューリは訓練場にいる者達と手合わせしたりはしているが、駆除について行く事はなかった。訓練場では、自分より大きな男達にも勝つ事もある。たが、過信してはいけないとテイヨにも言われていたし、実際の野生動物は死にもの狂いで来るから、全く違うと言われてもいた。だから、ダメだと言われれば言う事を聞いていた。
 リューリが領地を駆け回っているのも、野生動物が悪さをしていないか見て回っているのもあったが、しかしいつも出くわした事はなかった。野生動物といっても厄介なのは猪と鹿で、畑のある所にリューリが幼い頃に一度見掛けたきりで、それ以降はどうにか食い止められているのだ。その内、見回りとは名ばかりで、馬で駆けると風が気持ち良いので、それを楽しむ事を主にしていた。




 ーーー馬車の扉が開き、ヘリュが立ち上がる。


「リューリ様、参りましょうか。」

「ええ。」


 リューリもそれに倣って立ち上がった。








☆★


 馬車から降りたリューリは、目の前に広がった佇まいに驚いた。形良く切られた石をしっかりと積まれて出来た硬い造りの壁が、両手いっぱい広げた先に広がっているし、空高く伸びている。そして、頑丈な開閉式の二枚扉が開いておりそこから中を見ると、正面には歩いた先にこれまた空へとそびえ立つ大きな城のような建物だった。


(城か、砦みたいね。ここに住むのよね?)


 オークランス領のカントリーハウスもタウンハウスも、木造であった為に石で作られた頑丈な建物を見てこれが屋敷なのかと驚いた。

 建物へ入ったすぐの玄関ホールは、オークランス領のカントリーハウスよりも広く、小ホール位の大きさとも言えた。そこに、使用人だろう人々と、警備隊のような体躯の大きな人々が数人並んで頭を下げて出迎えてくれていた。


「ようこそお越しくださいました!私めは、このノルドランデルの屋敷にて執事をしておりますラウノと申します。
…申し訳ありません、領主であられますヴァルト様もご挨拶をと思っておりましたが、所用で出掛けておりまして…。」


 申し訳なさそうに頭を下げるラウノは、苦言を呈されるかもしれないと思いながらもそう言った。


「そう、ありがとう。
私はリューリ=オークランスよ。これからよろしくお願いしますね。
領主様ですものね、お忙しいのはそうですわよね。でも、いらっしゃらないのにお邪魔してよろしいのかしら?」


 それを怒りもせず当然のように頷いて応えたリューリだったが、主がいないのに自分が屋敷に入ってもいいのかが気になりそう口にする。
 見た目、可憐で背の小さな少女が、首を傾げてそう問う姿は、自分だけが見るのはなんと勿体ない事かと、主であるヴァルトにも、後ろに並ぶ頭を下げ続けている使用人にも見せたいとラウノは思った。とても可愛らしい容姿だったからだ。


「もちろんでございます!ヴァルト様より申し遣っております。さぁ、どうぞこちらへ。」


 遠い所をはるばる良く来て下さった、と涙を流す勢いで話すラウノは、父より少し上くらいの年齢だろうかとリューリは思った。そして、ホールを去る直前で、あ!っと小さく声を上げて立ち止まると、後ろを振り返った。まだ頭を下げ続けていた使用人や警備隊だろう人々が同じ姿勢でいた。


「皆さん、頭を上げて下さい!
これから、こちらにお世話になりますわ。どうぞよろしくお願い致しますね!」


 そう言って、ニッコリと笑顔を向けたリューリに、頭を上げた一堂は、心を鷲づかみにされたのだった。
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