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17. 告げられた言葉

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「お待たせ。」


 夕方。
 千鶴は、晃の家の最寄り駅まで行き、ロータリー際で待っていると晃が声をかけてきた。
晃は、またも自転車でやって来て、私とは手を繫ごうとも思っていなかったのかと千鶴は淋しく思った。

 晃は、また以前のようにさっさと進み始めた。

「あ、待って!」

 そう千鶴が声を掛けると、晃は振り向いた。

「ん?」

「今日は何処へ行くの?焼き肉、行かない?」

「いや…今日は、踏切渡った居酒屋でもいい?」

 千鶴が、せっかく久し振りに会ったのだからと焼き肉を誘ったが、晃は居酒屋にしようと言った。
 千鶴は、普段から居酒屋は『デートには不向きだ』と晃は言っていたのに一体どうしたのだろうと思った。この駅前には、店の種類が少ないからかなと首を捻る。



「へいらっしゃい!二人?好きな席へどうぞー。」


 居酒屋の店員が威勢の良い声で、そう促した。
 店には、すでに五組ほどお客がいて、店内はざわざわと騒がしかった。


「あっちへ座ろう。」

 いつもより口数が少ないような気がすると思いながら、晃について奥まった席へと行く千鶴。
久し振りに会ったのに、あまり千鶴の方を見ないなぁと思いながら。


「はぁ、お腹空いた。とりあえず、注文しよう。今日は酒、無しでもいい?」

 と、メニューを見ながら晃は言った。

「うん。」

(きっと、明日も仕事だからお酒は無しなのかな。でも以前焼き肉食べた時は、お酒飲んだのになぁ。やっぱり晃、疲れているんじゃないのかなぁ?)



 注文した料理がすぐに来て、晃が少しそわそわとしながら料理を取り分けて私の前に置くと、いきなり頭を下げて言った。

「あのさ…ごめん!別れてくれないか。」

「…!」

(え…。どうして…?)

 千鶴は、取り分けてくれた料理に手を伸ばそうとして、驚いて箸を置き、晃の顔をジッと見つめた。

「なんで…?」

 千鶴は、辛うじて聞こえるほどの声を出した。悲しく、涙がじわりとこぼれてきそうになった。

「や、千鶴を嫌いになったわけじゃないんだ。千鶴といると心地良いし、穏やかな気持ちになるから。でも、それだけじゃ物足りないっていうかさ、刺激が足りないっていうか…」

♪~♪~~♪~♪

 晃がそう話していると、音楽が流れ出した。晃がテーブルに置いた、スマホからだった。
でも、晃はそれを横目で見て、画面を見えないようにひっくり返した。

 音楽はまだ流れている。

「…晃、鳴ってるよ。」

 千鶴は、自分でもびっくりするほど冷たい声が出たと思った。
でも、なぜ電話に出ないのか、やましい事があるからなのかと思うと、悲しいと思っていたはずなのになんだか怒りがわき上がってきたのだ。

「いや…千鶴との話の途中だし…」

 晃が、電話を気にしながらも電話に出ない仕草を見て、千鶴はもう一度言った。

「ごめん、ずつと鳴ってるとうるさいし出て。私とは後で話して。」

「…ごめん。」

 そう言うと、晃はスマホを持って立ち上がった。

「私、先食べてるからゆっくりどうぞ。」

「うん、ありがとう。」

 そう言って、晃は店の外へと出て行った。


(何がありがとうよ!あんな事言われた後で食欲なんてあるわけ無いじゃない!!)

 千鶴は、ムカムカとしていた。いや、別れようと言われただけだったなら、とても悲しくて切なくなったのだ。けれど、あの電話に出たいけれど出ないような姿を見て、なんだか腹が立ってきたのだ。

 しかし今のうちに食べなければきっとゆっくり晃と顔を突き合わせて食事なんて出来ないと思ったし、何より作ってくれた人に申し訳ない。だから食欲がないが、自分の分だけは食べようと思った。


(最近、変だなと思ったのはそういう事だったのね。刺激かぁ…。一緒にいて楽しいだけじゃダメなのかしら…。晃は、私と居ても最近楽しそうじゃなかったものね。疲れているような感じだったもの。)


 千鶴は、先ほど言われた言葉を反芻しながら食事をしていた。
なぜだか、驚くほど落ち着いて考える事が出来た。


「お、お待たせ。」

 千鶴が惰性で食事をしていると、十分ほどして晃が戻ってきた。

「まずは、食べて。その後聞かせて。」

 焼き魚や野菜炒めもあって、随分と冷めてきていた。

 アルバイト時代飲食店で勤めていた時にも思ったが、出来たての食事と、冷めた食事の味ではやはり差が出てしまう。こんな時にも食べ物の事を考えるなんてなと失笑しながら晃に言った。

「お、おう。」




「じゃあ、さっきの電話からきいてもいい?」

 千鶴は、晃が食べ終わるのを待ってそう言った。その時にはもう、自分でも驚くほど冷静で経緯だけ聞きたいと思うようになっていた。

「えと…」

「あのさ、いきなり別れてって言われてうんって言うと思った?」

「や、それは…」

「だから、説明してほしいと思ったの。それくらいはいいでしょ?」


「そうだな…ごめん。同期で、仲良くなった奴が、週末遊べるかって聞いてきたっていったろ?それに、アプリで知り合った女子も連れてきてさ…遊んだんだ。」

「え?…へぇ…。」


 詳しく聞くとどうやら、晃の同期がアプリで知り合った女子と二人で遊ぼうと言ったが、『恥ずかしいから友達を連れて行きたい。そっちも友達連れてきていいから』と言われたらしい。
 晃の会社はそこそこいい企業の為、そのアプリをやるとすぐに会おう、という事になるのだとか。

 千鶴は、そんなあまり知らない人と会って遊ぶのがどう楽しいのか分からなかったが、晃は話している内にその会って遊んだ事を思い出しているのか饒舌に、楽しげになっていた。
そんな晃を見ていると、あんなに好きだったのになぜか冷め始めて来ていたのだ。


(あぁ、晃はきっとそういう遊びをしたいんだわ。)


「それでさ、他の女の子と遊ぶのに、千鶴と付き合っているんじゃ、お互いに失礼かなと思って。ごめん。別れて欲しい。」

(お互いに失礼?大学時代から長く付き合ってきた私とそのよく知らない女の子を同列に考えているって事?)

 腹立たしさが再び再熱してきたが、無理矢理押さえ込み、もう一つ聞いてみた。

「それで、さっきの電話の相手は?」

「…この前会った子。」

(同期と遊ぶって言ってたけど、同期とだけじゃなかったんだ…。そして、連絡先交換とかしてたんだ…。)

 そこまで聞くと、

(遊びたいんだね…晃。ちょっと前は、『千鶴と一緒に住めたら』なんて言ってくれてたのに……。生活環境が変わると、仕方ないのかな。それとも友達で変わるのかしら。でも、私といても楽しそうじゃなかったもの。もう、無理ね。)

 という気持ちに千鶴はなっていた。

「分かった。晃、元気でね。」

 そう言うと、千鶴は荷物を持って立ち上がった。
すると、晃も慌てて荷物を持ち、伝票を持った。

「今日は俺が払うよ。最後に…お詫びとして。」

(お詫び?何の?)

「お詫びって?私達の今まで過ごした時間の事じゃないよね?だったら割り勘にして。付き合っていた事を無かった事にしたいみたいだから、それは嫌!」

「違…!俺が勝手に別れたいと言ったからだよ。でも、千鶴がそう言うなら、半分払ってもらっていい?」

「うん。そのつもりよ。」

 千鶴は、お詫びと言われたので癪に触ったのだ。確かに晃の言うように向こうが勝手に別れたいと言ったのだから、払ってもらえばいいと思う。でも、これは千鶴の意地なのだろう。

 そして店を出ると、

「晃は自転車だから先に行って。ここでいいよ。バイバイ。」

 と千鶴は晃へと告げる。

「え?いや、駅まで送るよ?それくらいはさせてよ。」

「止めて。ここでいい。…今までありがとう。バイバイ。」

「ああ…じゃあ。」

 そう言って晃は自転車をゆっくりと漕いでいった。
二人の距離は、どんどんと離れて行った。
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