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山田商店

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「おじさーん!」
「お?誰かと思ったら香澄ちゃんか!昨日はお疲れだったな。まだ諭はこっちに居るんか?」
諭は、私の父さん。同級生だったらしい。だから私にも、なにかと気に掛けてくれる。私は長期の休みになるとこっちに来て長く滞在していた。小さい頃から両親は共働きだったからだ。

「ううん。仕事だから昨日母さんと帰ったよ。」
「そうか。香澄ちゃんはまだしばらくおるんか?」
「うん。ばぁちゃんも一人になっちゃったもんね。淋しいかと思って。」
「まぁなぁ。でも仕方ないよな…。何か買ってくか?」
「うん。見てっていい?あ、ばぁちゃんが醤油欲しいって。」
「そうか。じゃあ出してくるよ。店ん中入りな。暑かったろ。麦茶出してやるで。」
「ありがとう!」
店に入ってすぐの所にベンチというか長椅子が置いてある。来た人はここに座って話して行く人も多いらしい。そこだけでは足りないのか、外にもベンチが置いてある。パラソルを立ててくれていて、日除けになっている。私は、歩いて来て体が火照っているからパラソルの下にある外のベンチに座る。風がそよそよと吹いてきて、髪を靡かせる。頬に当たる風が気持ちがいい。

「はいよ、麦茶。今、源太は配達に行っとるよ。もし醤油急いでないなら、あとで届けるようにするよ。」
源太は、おじさんの子。私と同じ歳。こっちで跡を継いでるのかな。

「ありがとう!重かったらそうしてもらうよ。お茶頂いたら、店の商品見せてね。」
「分かったよ。ゆっくりしてけや。おれは片付けしてるから、何かあったら声掛けてくれや。」
「うん、ありがとう!」
氷が溶けきる前に麦茶を飲み干し、小さくなった氷を口の中へ滑り込ませる。ガリゴリと音を立てながら店の中へ入り、カウンターのお盆の上にコップを置いた。夏にここに来ると、いつも冷たい麦茶をくれる。とっても有り難い。
振り向いて店の中をぐるりと見回し、今日は何が売っているかを確認する。この店はこの村で唯一の商店。学生の頃遊びに来たときは、源太がコンビニって名前に変えようかって言っていたっけ。そんなに品揃えは良くないんだけど、日用品と、日持ちする食材が少し売っている。あ、今日は軽食やすぐ食べられるお弁当が三種類売っている。以前来た時は置いてなかったから最近売り出したのかな?

お菓子のコーナーを見る。チップスとチョコレートと飴。一種類ずつあったので、全部買うことにした。私が購入してもまだ残るから、買い占めにはならないよね。
それからペットボトルコーナーを確認する。でも何本も買うと重いからなぁ…炭酸を1本と、ばぁちゃんが飲むオレンジジュースをと考えていたら外で車が近づいてくる音がした。そのままその車は店先に止まり、降りてきた人はおじさんと話してから店に入って来た。

「おい、昨日ぶりだな。送ってやるよ。」
そう言ってきたのは、この店の息子、源太だった。坊主頭にタオルを巻いて、背も私よりも頭1個分高くガタイもいいからか私と同じ歳のはずなのに幾分年上に見える。
源太は私と会うといつもずけずけとモノを言ってくるから、苦手だった。きっと仕事を辞めた事も聞いてくるに違いない。だから遠慮する旨を伝える。

「源太、ありがとう。でもいいよ。仕事あるでしょ。久し振りだし、歩いて帰るよ。」
「遠慮すんなって!その手に持ってるの買うのか?会計するよ。」
遠慮じゃないんだけどなぁ…。でも確かに歩いて帰ると私の足じゃ30分程。車だと10分も掛からずについてしまうから、魅力的ではある…。

「ほら。払えよ。まだ買うか?」



結局、乗せてもらうことになった。源太は、配達要員らしく、車は業務用の軽自動車だった。後ろに荷物を乗せて、私は助手席に座った。

「醤油持ったか?またおいで。」
「うん、おじさんありがとう。またね。」
「行ってくる。」
「気をつけろよ。配達は、あと2件だけだから急がなくていいぞ。」
「分かった。」

源太が、運転しながら、話し出した。
「香澄、いつまでいるんだ?」
「んー、まだ分からない。考えてない。」
「え?考えてないって…仕事は?辞めたのか?」
「うん。」
「何かあったか?」
「…うん。」
「…。」
やだー。こうなるから一緒に帰りたくなかったのにな。


私は、大学を卒業後やりたいと思っていた広告代理店に就職した。始めは、先輩の言う事にひたすら従って作品を作っていた。そのうち自分で契約を取ってきて、そのクライアントの注文したイメージに合わせて作品を作っていくんだけど。
私はまだ下っ端で、先輩に言われた通りの期日までに仕上げようと朝から晩までやっていた。期日は、【26日までだからね!】と言われ、あと2週間以上あるけど、と思いながらも駄目出しされて手直しする場合だってあるから早めにと取り組んでいた。
16日の午後3時頃、先輩の休みの日にクライアントから先輩宛に電話があり、【期日は今日ですが何の連絡もないとはどういう事ですか。】との内容だったそうだ。電話を取った違う先輩が、その先輩に確認の電話をするも繋がらず。先輩のデスクを見ても詳細は分からない為、仕事を振り分けられた私達後輩が話を聞かれてんやわんやとなった。
普通は納入していい作品は共有ファイルにデータが入っているんだけど、まだ仕上げていないものは個人で管理している。パソコンは1台ずつデスクにあってパスワードがないと開かないようになっているから先輩と繋がらないと確認のしようも無く。
結局、私に割り振られた26日までと聞いた納期が16日だったのではないかという話になり。上司がクライアントに連絡。クライアントはどうしても今日必要だからうちの会社まで来ると言い出して。
私の作品はほぼ出来上がっていたので、上司に確認してもらい、少しの手直しで済んだため、夕方4時30分頃クライアントがわざわざ会社まで来てくれて確認して、意外にも大好評で帰ってくれたからそちらとは大きな問題にならずに良かったんだけど。
翌朝出社してきた先輩は、上司に呼び出され、寝耳に水って感じで驚いていた。けれど私の作品で上手く乗り切った事を知ると、【あんたが期日を間違えたんでしょ!私は16日と言ったわ!】と言い出して。いやいや、それだったら15日までに確認して、相手に送れるようにするよねってまだ下っ端の私でも分かるんだけど…【私は悪くない!日野が間違えた!】ってわめき散らすもんだから、私は呆れ返ってしまった。上司も、自分が休みの日に納品だったら、共有ファイルに入れて誰かに引き継ぎするなりするよね?って諭すと、【日野に全部言っておいたよね?何でやってないの?】って返ってくる始末。上司や会社の同僚、他の先輩がどう思っていたのかはよく分からない。けれど、私は全て私のせいにしようとする先輩が嫌になって【先輩は全て私のせいにしたいのですね。ではそれでいいです。私、辞めさせてもらいます。】って言ったわ。そんな人と一緒に仕事をしたくなくて。
さすがに上司は【日野は悪くない。むしろ26日だと思っていたのに早めにやっていて偉かったよ。】と言ってくれたけど。人間関係って疲れるのね。


「…い。おい。着いたぞ。」
あ、ばぁちゃん家に着いたんだ。
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