1 / 25
1. 〝お神の戯れ〟に遭ったとは…
しおりを挟む 先月の三月で三年が経った今でも、夢にまで見るあの日の出来事。
その頃は奈穂がまだ小さくて、今とは別の意味でバタバタとはしていたけれど、それなりに平穏に暮らしていたと思う。
──あの事故が、起こるまでは……。
それは、中学一年生の三学期の終業式を終えた帰り道でのことだった。
桜のつぼみが膨らみ始める中。珍しくその年の春に風邪を引いてしまった私は学校帰りに病院に寄って帰ろうと、下校時、学区外のいつもと違う道を歩いていた。
病院を目前とした十字路にある、花町三丁目交差点を渡ろうとしたとき、悲劇は起こった。
「──ちょ、危ないっ!」
歩行者の信号が青なのを確認して横断歩道を渡り始めた私の背後から聞こえたのは、切羽詰まったような男の人の声。
その声に驚いて後ろをふり返ろうと顔を上げたとき、視界の隅にとんでもない光景が飛び込んだ。
大型のトラックが、こちらに向かって前進してきていたんだ。
歩行者の信号は、確かに青だった。
風邪を引いて頭がぼんやりしていた私は、信号は見ていたものの、信号無視の車に気づけなかった。
逃げなきゃ……っ。
そうは思うけれど、突然の出来事に足は地に張り付いたように動かなくて、その一瞬の間に死を覚悟した。
次に聞こえたのは、ドンと何かが弾け飛んだ鈍い音と女の人の甲高い悲鳴。
私の身体は後方から何かに突き飛ばされるように、思いっきり前方に吹っ飛んだ。
それから少し離れたところで、ガシャンと何かが衝突する音が響く。
あれ、私、生き、て……る?
どういうわけか無事だったことに安堵する中、状況を確認しようとアスファルトに打ち付けられた身体を動かす。
目の前、数メートル先にある電信柱には、正面からトラックが突っ込んで、その破片が路上に散らばっているのが見えた。
間違いなく、先ほど私の方へと突っ込んで来たトラックだ。
そして次第に大きくなる喝采の方へ振り返ったとき、私は助けられた身なんだと把握した。
さっきまで私のいた場所には、思わず目をそらしたくなるくらいに痛々しい姿の男の人と、その傍に立つ青ざめた女の人の姿があったのだから。
一目見て、その血まみれの男の人が私の背中を押して助けてくれた代わりにトラックにはねられたんだということが、嫌でもわかった。
「大丈夫か!?」
「おい、しっかりしろ!」
通りすがりの男性が二人、血まみれのお兄さんの傍へ駆けていく。
「ダメだ。全く反応がない。救急車だ!」
一人の男性が電話をかける中、もう一人の男性が、絶望に染まる表情で事故に遭ったお兄さんを見つめていた女の人に声をかけた。
「きみは、この兄ちゃんの知り合い?」
女の人は、お兄さんを見つめたまま力無くうなずいた。
「……はい。私の彼氏です」
自分でもよく聞き取れたと思うくらいに小さな声で、女の人は確かにそう言った。
「そっか。辛いだろうけど、この兄ちゃんのご家族に連絡お願いしてもいいかな?」
「はい……」
そのとき、鞄に手をやる女の人が、ようやく視線をお兄さんから外した。涙がこぼれ落ちる二つの瞳が、偶然なのかこちらに向けられる。
綺麗なストレートの長い黒髪の下に見える瞳は私を捉えるなり細められて、まるで恨みがましく睨んでいるようだった。
私はそれ以上身体が動かなくて、目眩が激しくなる中、その光景を見ていることしかできなかった。
「あなたは、大丈夫?」
そのとき、また別の年配の女の人が私の方へ来るのが見えた。それが、私が事故当時の最後の記憶だった。
というのも、私はその直後に意識を手放してしまったからだ。
恐らく、転んだ弾みで頭を打ったのだろうと、意識が回復した数日後に聞かされたが、特別脳に異常はなかった。
あとは、私は膝元に大きな傷を負った。
その頃は奈穂がまだ小さくて、今とは別の意味でバタバタとはしていたけれど、それなりに平穏に暮らしていたと思う。
──あの事故が、起こるまでは……。
それは、中学一年生の三学期の終業式を終えた帰り道でのことだった。
桜のつぼみが膨らみ始める中。珍しくその年の春に風邪を引いてしまった私は学校帰りに病院に寄って帰ろうと、下校時、学区外のいつもと違う道を歩いていた。
病院を目前とした十字路にある、花町三丁目交差点を渡ろうとしたとき、悲劇は起こった。
「──ちょ、危ないっ!」
歩行者の信号が青なのを確認して横断歩道を渡り始めた私の背後から聞こえたのは、切羽詰まったような男の人の声。
その声に驚いて後ろをふり返ろうと顔を上げたとき、視界の隅にとんでもない光景が飛び込んだ。
大型のトラックが、こちらに向かって前進してきていたんだ。
歩行者の信号は、確かに青だった。
風邪を引いて頭がぼんやりしていた私は、信号は見ていたものの、信号無視の車に気づけなかった。
逃げなきゃ……っ。
そうは思うけれど、突然の出来事に足は地に張り付いたように動かなくて、その一瞬の間に死を覚悟した。
次に聞こえたのは、ドンと何かが弾け飛んだ鈍い音と女の人の甲高い悲鳴。
私の身体は後方から何かに突き飛ばされるように、思いっきり前方に吹っ飛んだ。
それから少し離れたところで、ガシャンと何かが衝突する音が響く。
あれ、私、生き、て……る?
どういうわけか無事だったことに安堵する中、状況を確認しようとアスファルトに打ち付けられた身体を動かす。
目の前、数メートル先にある電信柱には、正面からトラックが突っ込んで、その破片が路上に散らばっているのが見えた。
間違いなく、先ほど私の方へと突っ込んで来たトラックだ。
そして次第に大きくなる喝采の方へ振り返ったとき、私は助けられた身なんだと把握した。
さっきまで私のいた場所には、思わず目をそらしたくなるくらいに痛々しい姿の男の人と、その傍に立つ青ざめた女の人の姿があったのだから。
一目見て、その血まみれの男の人が私の背中を押して助けてくれた代わりにトラックにはねられたんだということが、嫌でもわかった。
「大丈夫か!?」
「おい、しっかりしろ!」
通りすがりの男性が二人、血まみれのお兄さんの傍へ駆けていく。
「ダメだ。全く反応がない。救急車だ!」
一人の男性が電話をかける中、もう一人の男性が、絶望に染まる表情で事故に遭ったお兄さんを見つめていた女の人に声をかけた。
「きみは、この兄ちゃんの知り合い?」
女の人は、お兄さんを見つめたまま力無くうなずいた。
「……はい。私の彼氏です」
自分でもよく聞き取れたと思うくらいに小さな声で、女の人は確かにそう言った。
「そっか。辛いだろうけど、この兄ちゃんのご家族に連絡お願いしてもいいかな?」
「はい……」
そのとき、鞄に手をやる女の人が、ようやく視線をお兄さんから外した。涙がこぼれ落ちる二つの瞳が、偶然なのかこちらに向けられる。
綺麗なストレートの長い黒髪の下に見える瞳は私を捉えるなり細められて、まるで恨みがましく睨んでいるようだった。
私はそれ以上身体が動かなくて、目眩が激しくなる中、その光景を見ていることしかできなかった。
「あなたは、大丈夫?」
そのとき、また別の年配の女の人が私の方へ来るのが見えた。それが、私が事故当時の最後の記憶だった。
というのも、私はその直後に意識を手放してしまったからだ。
恐らく、転んだ弾みで頭を打ったのだろうと、意識が回復した数日後に聞かされたが、特別脳に異常はなかった。
あとは、私は膝元に大きな傷を負った。
14
お気に入りに追加
1,177
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる