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38. 番外編 ラクダのお世話係
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「あー!くそ!暑過ぎだぜ!」
ラーシュが頭から垂れてくる汗を腕で拭いながら悪態を付く。
ラーシュとテレサがイェブレン国の王立ラクダ農園に来て、二週間が過ぎた。
ーーーーあの日。
ラーシュは日の出前のまだ空が暗い時間にトムに起こされ、支度を急かされた。
朝食もいつもとは違い、量も少ない軽食を素早く食べろと言われ、馬車止めへと向かおうと部屋の扉を開ける。
「ラーシュ様。お別れです。今までありがとうござました。」
「あ?」
ラーシュは当然、トムが付いてくるものだと思っていた。
トムは、軍学校を卒業してすぐにラーシュについた側近の内の一人で、三日も経たずにラーシュに『クビだ!』と言われてしばらく離れていたが、ラーシュの側近はコロコロと変わる為に再び付いたのだった。
それから数年、ラーシュには幾度となく苦言を呈し、諫める役目を担ってきたトムだったが、やっと解放されると頭を下げた。
「何言ってるんだ?お前も行くだろう。早く荷物を持てよ。」
「ラーシュ様。あなたはもう、第一王子ではないのです。ですから、私の主ではなくなったのですよ。」
「は?」
「本来であれば、今日もこの役目はしなくて良かったのです。けれども、最後まで勤め上げなければ、私の数年間が意味ないものになってしまいます故、願い出た次第です。
さぁ、ここから始まるのです。ラーシュ様、いえ、一人のラーシュという男としてご自身で向かわれて下さい。」
「ちょ、ちょっと待て!オレは、トムも一緒に来るものだと思っていた!
トム、なぜ来ない?王子ではないとはどういう事だ!?」
「やはり理解されておられなかったのですね…。ドグラス様もヴァルナル様も最後まで厳しくはなれなかったものですからまさかと思いましたが。
ラーシュ、あなたはすでに第一王子という地位を剥奪されたのですよ。今までの行いの報いです。」
「トム…?」
ラーシュは、トムが今までとは打って変わって淡々と冷たい言葉を発している事に驚いていた。別人のようだと、言われた言葉を全て聞き理解するのが難しいと口を半開きにしてトムから目を離せないでいた。
「ですから、お供はつきません。
あぁ、最後までラーシュを見捨てないでいてくれた方がいらっしゃいますね、テレサ嬢は稀有な方ですよ。大切になさいませ。」
「え?テレサが…?」
「さぁ、早く行って下さい。待たせてはいけません。
荷物はどうしますか?手ぶらで行きますか?持って行くのなら、あちらにお忘れですよ。」
そう言ったトムは、荷物を指差してそこから動こうともしなかった。
その為ラーシュは自分で動くしかなく、とぼとぼと荷物を取りに戻り、トムに一言、『今までありがとう。その…本当に来ないのか?』と言った。
「…はい。
さぁ、早く行って下さい。これから、ご自分で考えて行動するのですよ。自分を守るのはご自身です。あ、テレサ嬢もお守りして差し上げるのですよ。」
「え?あ、あぁ…じゃあな。」
ラーシュは、頭では理解する間もなくトムに追い出されるようにして馬車止めへと今度こそ向かった。
☆★
馬車は、辺りが暗くて良く見えないがいつもより小さく感じたラーシュ。中へと入るとテレサがすでに乗っていて、『ついて行っていい?』と聞いた。
「…お前、オレはもう王子じゃないんだと。それでもいいのか?」
「え?だってラーシュは、私の〝王子様〟だわ!それはこれからも変わらないわよ?」
「…そうか。」
テレサにそう言われたラーシュは、先ほどトムから言われた言葉に傷付いていた心が少しだけ軽くなったと思った。
「それに…私も花祈りじゃないのよ。ラーシュは誤解しているようだったけど。」
「はぁ?」
「ちょっと、怒るの?せっかく打ち明けているのに!」
「いや…でも、花姫だったカトリのばあさんのところにずっと世話になっていただろ?だから、てっきり修行をしてると思ってたからさ。
じゃあなんで、世話になっていたんだ?」
「まぁいろいろとあるのよ、うちって複雑だったから。
昔は私も花祈りが出来るって思ってたんだけど、カトリ様は見抜いていたようでね。それでも、いろんな事を教えてくれたのよ。」
「そうなのか?
ま、あの屋敷にテレサが住んで居なかったら知り合ってもいなかっただろうから、今となってはどうでもいいか。」
「本当に?私が花姫じゃなくてもついて行っていい?」
「オレは構わねぇよ。
でもよ、テレサこそいいのか?イェブレン国だぞ?」
「ええ。行った事ないから想像出来ないけれど、ラーシュとならどこへだっていいわ!
なんだか、二人だけで行くなんて旅行みたいね!」
「…あぁ。」
そのまま、ラーシュは黙って自身の傍にある小窓を見遣った。
テレサは、ラーシュの横顔をチラリと見たが、ずっと会話しているのも疲れたのかもしれないとそのままラーシュの視線の先にある窓へと視線を移した。
しかし、ラーシュはそうではなかった。テレサの言われた言葉と、先ほどトムに言われた言葉を思い返していたのだ。
(オレは一人かと思った。でもテレサがいる。
…思えば、テレサとも六年か…長い付き合いだな。初めはオレの事誰かも知らずに話し掛けてきたんだったな。気安く話し掛けてくるこいつには、なんだか気を許せたんだよなぁ。
トムが言っていたな、テレサを大事にしろって。そうだよな…一緒に行ってくれるんだから、見知らぬ地ではあるけど、やっていかないといけないんだよなぁ…。)
「なぁ、テレサ。なんでお前は一緒に行ってくれるんだ?」
窓の外へと、視線を向けたままにラーシュは呟く。
「え?だって…ラーシュと離れたくなかったからよ。」
「そうか……ありがとう。オレも、テレサが来てくれて良かった。」
「そ、そう…?
私じゃ何の役にも立たないだろうけど、ラーシュが好きだといったラクダの世話、頑張りましょ!」
「あぁ。」
そう言ってラーシュは、テレサの膝にある右手に、自身の左手を置いて少しだけ握り締めた。
ーーー
ーー
ー
「ラーシュ、終わった?昼ご飯の準備が出来たから呼びにきたの。」
「あぁ、テレサ。どうにかな。
あーラクダの為とはいえ、世話がこんなに大変だとはな!」
「でも、その割にラクダと触れ合うの楽しそうじゃない。」
「まぁな。あの鳴き声がたまらないよな!」
グェーグェーと鳴き声を上げたり、モシャモシャと口を動かしている姿がラーシュは好きだと、目を細めて言った。それを間近で見られるからと、ラクダの世話も泥だらけになりながらもやっている。不満を言いながらではあるが、幸いにも手を動かしているので上司にも怒られてはいなかった。
テレサも、ラーシュほどではないがこの農園の手伝いをしている。テレサも土まみれで、着ている動きやすい服も薄汚れていた。
けれど、テレサは大変だけれどこれはこれで楽しいと思っていた。やりがいが感じられるからだ。それに、ラーシュと一緒にいられる。それはとても嬉しい事であった。
反省の意味を込めてこの厳しい地に送られたラーシュもまた、何もかも自分でやらなければならないこの生活が苦しくも案外やりがいがあるものだと少しずつ感じていくのであった。
ラーシュが頭から垂れてくる汗を腕で拭いながら悪態を付く。
ラーシュとテレサがイェブレン国の王立ラクダ農園に来て、二週間が過ぎた。
ーーーーあの日。
ラーシュは日の出前のまだ空が暗い時間にトムに起こされ、支度を急かされた。
朝食もいつもとは違い、量も少ない軽食を素早く食べろと言われ、馬車止めへと向かおうと部屋の扉を開ける。
「ラーシュ様。お別れです。今までありがとうござました。」
「あ?」
ラーシュは当然、トムが付いてくるものだと思っていた。
トムは、軍学校を卒業してすぐにラーシュについた側近の内の一人で、三日も経たずにラーシュに『クビだ!』と言われてしばらく離れていたが、ラーシュの側近はコロコロと変わる為に再び付いたのだった。
それから数年、ラーシュには幾度となく苦言を呈し、諫める役目を担ってきたトムだったが、やっと解放されると頭を下げた。
「何言ってるんだ?お前も行くだろう。早く荷物を持てよ。」
「ラーシュ様。あなたはもう、第一王子ではないのです。ですから、私の主ではなくなったのですよ。」
「は?」
「本来であれば、今日もこの役目はしなくて良かったのです。けれども、最後まで勤め上げなければ、私の数年間が意味ないものになってしまいます故、願い出た次第です。
さぁ、ここから始まるのです。ラーシュ様、いえ、一人のラーシュという男としてご自身で向かわれて下さい。」
「ちょ、ちょっと待て!オレは、トムも一緒に来るものだと思っていた!
トム、なぜ来ない?王子ではないとはどういう事だ!?」
「やはり理解されておられなかったのですね…。ドグラス様もヴァルナル様も最後まで厳しくはなれなかったものですからまさかと思いましたが。
ラーシュ、あなたはすでに第一王子という地位を剥奪されたのですよ。今までの行いの報いです。」
「トム…?」
ラーシュは、トムが今までとは打って変わって淡々と冷たい言葉を発している事に驚いていた。別人のようだと、言われた言葉を全て聞き理解するのが難しいと口を半開きにしてトムから目を離せないでいた。
「ですから、お供はつきません。
あぁ、最後までラーシュを見捨てないでいてくれた方がいらっしゃいますね、テレサ嬢は稀有な方ですよ。大切になさいませ。」
「え?テレサが…?」
「さぁ、早く行って下さい。待たせてはいけません。
荷物はどうしますか?手ぶらで行きますか?持って行くのなら、あちらにお忘れですよ。」
そう言ったトムは、荷物を指差してそこから動こうともしなかった。
その為ラーシュは自分で動くしかなく、とぼとぼと荷物を取りに戻り、トムに一言、『今までありがとう。その…本当に来ないのか?』と言った。
「…はい。
さぁ、早く行って下さい。これから、ご自分で考えて行動するのですよ。自分を守るのはご自身です。あ、テレサ嬢もお守りして差し上げるのですよ。」
「え?あ、あぁ…じゃあな。」
ラーシュは、頭では理解する間もなくトムに追い出されるようにして馬車止めへと今度こそ向かった。
☆★
馬車は、辺りが暗くて良く見えないがいつもより小さく感じたラーシュ。中へと入るとテレサがすでに乗っていて、『ついて行っていい?』と聞いた。
「…お前、オレはもう王子じゃないんだと。それでもいいのか?」
「え?だってラーシュは、私の〝王子様〟だわ!それはこれからも変わらないわよ?」
「…そうか。」
テレサにそう言われたラーシュは、先ほどトムから言われた言葉に傷付いていた心が少しだけ軽くなったと思った。
「それに…私も花祈りじゃないのよ。ラーシュは誤解しているようだったけど。」
「はぁ?」
「ちょっと、怒るの?せっかく打ち明けているのに!」
「いや…でも、花姫だったカトリのばあさんのところにずっと世話になっていただろ?だから、てっきり修行をしてると思ってたからさ。
じゃあなんで、世話になっていたんだ?」
「まぁいろいろとあるのよ、うちって複雑だったから。
昔は私も花祈りが出来るって思ってたんだけど、カトリ様は見抜いていたようでね。それでも、いろんな事を教えてくれたのよ。」
「そうなのか?
ま、あの屋敷にテレサが住んで居なかったら知り合ってもいなかっただろうから、今となってはどうでもいいか。」
「本当に?私が花姫じゃなくてもついて行っていい?」
「オレは構わねぇよ。
でもよ、テレサこそいいのか?イェブレン国だぞ?」
「ええ。行った事ないから想像出来ないけれど、ラーシュとならどこへだっていいわ!
なんだか、二人だけで行くなんて旅行みたいね!」
「…あぁ。」
そのまま、ラーシュは黙って自身の傍にある小窓を見遣った。
テレサは、ラーシュの横顔をチラリと見たが、ずっと会話しているのも疲れたのかもしれないとそのままラーシュの視線の先にある窓へと視線を移した。
しかし、ラーシュはそうではなかった。テレサの言われた言葉と、先ほどトムに言われた言葉を思い返していたのだ。
(オレは一人かと思った。でもテレサがいる。
…思えば、テレサとも六年か…長い付き合いだな。初めはオレの事誰かも知らずに話し掛けてきたんだったな。気安く話し掛けてくるこいつには、なんだか気を許せたんだよなぁ。
トムが言っていたな、テレサを大事にしろって。そうだよな…一緒に行ってくれるんだから、見知らぬ地ではあるけど、やっていかないといけないんだよなぁ…。)
「なぁ、テレサ。なんでお前は一緒に行ってくれるんだ?」
窓の外へと、視線を向けたままにラーシュは呟く。
「え?だって…ラーシュと離れたくなかったからよ。」
「そうか……ありがとう。オレも、テレサが来てくれて良かった。」
「そ、そう…?
私じゃ何の役にも立たないだろうけど、ラーシュが好きだといったラクダの世話、頑張りましょ!」
「あぁ。」
そう言ってラーシュは、テレサの膝にある右手に、自身の左手を置いて少しだけ握り締めた。
ーーー
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ー
「ラーシュ、終わった?昼ご飯の準備が出来たから呼びにきたの。」
「あぁ、テレサ。どうにかな。
あーラクダの為とはいえ、世話がこんなに大変だとはな!」
「でも、その割にラクダと触れ合うの楽しそうじゃない。」
「まぁな。あの鳴き声がたまらないよな!」
グェーグェーと鳴き声を上げたり、モシャモシャと口を動かしている姿がラーシュは好きだと、目を細めて言った。それを間近で見られるからと、ラクダの世話も泥だらけになりながらもやっている。不満を言いながらではあるが、幸いにも手を動かしているので上司にも怒られてはいなかった。
テレサも、ラーシュほどではないがこの農園の手伝いをしている。テレサも土まみれで、着ている動きやすい服も薄汚れていた。
けれど、テレサは大変だけれどこれはこれで楽しいと思っていた。やりがいが感じられるからだ。それに、ラーシュと一緒にいられる。それはとても嬉しい事であった。
反省の意味を込めてこの厳しい地に送られたラーシュもまた、何もかも自分でやらなければならないこの生活が苦しくも案外やりがいがあるものだと少しずつ感じていくのであった。
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