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3 姉達の卒業後
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時は経ち。
長女アルビーナは卒業するとすぐに、王立学院で知り合った商家のダミアンと結婚してしまった。
あんなに貴族の娘として、カフリーク家にとって役に立つ結婚相手を見つけると言っていたのにあっさりと平民の商家の一人息子と恋仲となり、卒業と同時に嫁いだ。
「恋って、気づかない内に落ちているのね。」
ルジェナにそう、深いため息を吐きながら伝え、カフリーク家から出て行ったのだった。
「アルビーナ姉さま、何やってるのかしら、勿体ない!」
そう言っていた次女のバーラも、学院で同じく知り合った侯爵家令息の長男ボニファース=クリムシャにいつの間にか絆され、卒業と同時に侯爵家へと嫁いでいった。
ボニファースが、明け透けのないバーラの言葉に感銘を受け、付き纏ったのが功を奏したのだった。
「女は、想われてなんぼなのよ。」
ルジェナに、そのような言葉を残しバーラはクリムシャ侯爵家へと向かった。
侯爵家に嫁いだのは、素晴らしいご縁を結んだとは言えるが、だからといってカフリーク家の暮らしは特に変わったと感じなかった。両親はいつもと変わらない時間に畑へ行き、帰ってくる。仕事が特段忙しくなったわけでもなく、変わらない日々を送るルジェナはカフリーク家にとって有益な家柄の方と結婚しなければとかつて言っていたアルビーナの言葉を頭で考えるが、格上の侯爵家と結婚しても変わらない生活に、どうしたら生活が変わるのかが分からない。
「お姉様達、すごいわねぇ。」
のびやかな声でそう言っていたビェラも、半年前にカフリーク領に来た劇団に心を打たれ、足繁く通っていたのだがその劇団の一ヶ月公演が終わるやいなや、押しかけるように入団しついていってしまった。
「体が痺れる、ってこういう事を言うのねぇ。ルジェナも、きっといつか分かる時が来るわぁ!」
ルジェナに、そんな言葉を告げたビェラも、足取り軽く屋敷から出て行ったのだ。
(お姉様達、皆それぞれ出て行ってしまったわ。)
ルジェナは十六歳になっていた。
自分は四女で、カフリーク家の更なる繁栄の事を漠然と考えてはいたが、上の姉達がどうにかやってくれると思っていたのだ。
アルビーナもバーラも、その為に王立学院に通うと言っていた。素敵な男性と知り合う為に、と。
ビェラは、のんびりとした性格の為学院に通う事はせず、屋敷でゆったりと過ごしていた。気になり憧れた制服も、少し成長して考えてみれば毎日代わり映えもしない同じ服で通うのはちょっと…と思ったのだ。それでも、貴族のしきたりや他の学院で習うような事はその都度講師を呼んだり、屋敷にある書庫で学んだりしていた。
(カフリーク伯爵家にとって、素晴らしいご縁を結べるお方なんて…)
五歳下の弟のダリミルは、成長するとさまざまな事をしっかりと覚える優秀な頭脳を持っていた。たまに、ルジェナが言い負かされるほどだ。それでも、ルジェナはダリミルが可愛く、ダリミルが次期伯爵として王立学院に通うのだと思っており、その為にせめて自分だけでもカフリーク家にとって有益な結婚相手を見つけなければならないのだと、いよいよ腹を括らなければと思う。
それでも、今の生活のままではどうすればいいのか分からない。
今の生活ーーールジェナは、王立学院に通わずビェラと同じように屋敷で必要な知識は学んでいた。幸い、屋敷の書庫にはさまざまな書物があり、学ぶには申し分ない場所であった。独学で、しかも書物の知識ではあったが、好奇心旺盛なルジェナは広い分野の書物を読み漁った。
気になったのは三十年ほど前から増えて来た移民の話だった。
隣国では飢饉や干ばつが重なり、ここチェラドナ国へと住処を求めてやってくる人が多かったそうだ。だが、表立って国が保護してしまうと、隣国との折り合いがつかないし、元々のチェラドナ国民から徴収した税金で移民対策に使えば国民から不満が起こるのは明らか。なので、チェラドナ国としては手を差し伸べる事はしなかった、とあった。その為、ルジェナは国に対してあまりいいイメージを持っておらず、その割り切った考えは領地を治めている貴族でも似たような人が多いと知り、なおさら結婚に消極的であった。
(困った人がいたら、助ければいいのに。それすらも出来ないなんて、なんて面倒なの!)
貴族のしきたりを学ぶにあたって、ルジェナは自分の考えとは違う事も多々あると学んだ。その疑問を侍女のヨハナにぶつければ、『貴族って面倒ですね。でも、貴族だけではないですよ、ほら、本音と建て前って言うじゃないですか。人間関係でも、思っても無い事を言う時ってありますよね?それは貴族かそうでないかは関係ないのではないですか?』と言われた。
(面倒…正にそうだわ。でも確かにそうね。)
ルジェナはつくづく、学院に通わなくてよかったと思った。それと同時に、同年代の人と知り合う機会もなく成長してしまった。だから余計に結婚相手を見つけるなんてどうすればいいのか分からない。
(だからって、いつまでも何もしていないのは時間の無駄よね。)
ルジェナは好奇心旺盛。その為、思ったら行動にすぐにでも移したいのだ。
それに、チェラドナ国では十六歳といえば、結婚適齢期である。それよりも前から婚約者がいる子もいるが、その場合は王立学院を卒業するとすぐに結婚する子が多く、ルジェナも行動に移さなければ釣り合う年代の人はすぐに結婚し、居なくなるのではないかと焦りを感じ始めた。
「ねぇ、ヨハナ。結婚するにはどうすればいいのかしら?」
「!?…まず、お相手を見つけないといけませんよね。」
ヨハナはルジェナよりも十歳年上であり、幼い頃より近くにいたルジェナの頼れる侍女だ。
いつも傍にいる為ヨハナはしばしば良く分からない質問をされる時もあった。そして、今もその時であった。今まで色恋には全く興味も無かったルジェナがそんな事を言うとはと密かに驚いたが表情には出す事をせず、冷静に言葉にする。
「そうなのよ。相手がいなければ結婚出来ないものね。
そのいいお相手、どこかに転がったりしていないのかしら?」
「転がっ…てはいないと思いますが、では交流会に参加されてはどうですか?」
「交流会?」
「はい。王宮で開催される、同じような年頃の、若い人達の交流会です。名前の通り、交流する会で、出会いの場ともいいます。」
「同じような年頃…」
「話し掛けにくい、とかお思いですか?でも、参加者皆同じ目的でしょうから心配無用だと思いますよ。
私も、それに参加した事はないのでどんな雰囲気かは分かりかねますが、経験の為に一度試してみてもよろしいのでは?」
「そうね…考えてみる。」
ルジェナは、そんな会があるのかと知り、道が開けたように思った。
とはいえ、領地から外に出た事のないルジェナは、ひとまず心を落ち着けようと以前もらった横笛を持って畑へと向かった。
長女アルビーナは卒業するとすぐに、王立学院で知り合った商家のダミアンと結婚してしまった。
あんなに貴族の娘として、カフリーク家にとって役に立つ結婚相手を見つけると言っていたのにあっさりと平民の商家の一人息子と恋仲となり、卒業と同時に嫁いだ。
「恋って、気づかない内に落ちているのね。」
ルジェナにそう、深いため息を吐きながら伝え、カフリーク家から出て行ったのだった。
「アルビーナ姉さま、何やってるのかしら、勿体ない!」
そう言っていた次女のバーラも、学院で同じく知り合った侯爵家令息の長男ボニファース=クリムシャにいつの間にか絆され、卒業と同時に侯爵家へと嫁いでいった。
ボニファースが、明け透けのないバーラの言葉に感銘を受け、付き纏ったのが功を奏したのだった。
「女は、想われてなんぼなのよ。」
ルジェナに、そのような言葉を残しバーラはクリムシャ侯爵家へと向かった。
侯爵家に嫁いだのは、素晴らしいご縁を結んだとは言えるが、だからといってカフリーク家の暮らしは特に変わったと感じなかった。両親はいつもと変わらない時間に畑へ行き、帰ってくる。仕事が特段忙しくなったわけでもなく、変わらない日々を送るルジェナはカフリーク家にとって有益な家柄の方と結婚しなければとかつて言っていたアルビーナの言葉を頭で考えるが、格上の侯爵家と結婚しても変わらない生活に、どうしたら生活が変わるのかが分からない。
「お姉様達、すごいわねぇ。」
のびやかな声でそう言っていたビェラも、半年前にカフリーク領に来た劇団に心を打たれ、足繁く通っていたのだがその劇団の一ヶ月公演が終わるやいなや、押しかけるように入団しついていってしまった。
「体が痺れる、ってこういう事を言うのねぇ。ルジェナも、きっといつか分かる時が来るわぁ!」
ルジェナに、そんな言葉を告げたビェラも、足取り軽く屋敷から出て行ったのだ。
(お姉様達、皆それぞれ出て行ってしまったわ。)
ルジェナは十六歳になっていた。
自分は四女で、カフリーク家の更なる繁栄の事を漠然と考えてはいたが、上の姉達がどうにかやってくれると思っていたのだ。
アルビーナもバーラも、その為に王立学院に通うと言っていた。素敵な男性と知り合う為に、と。
ビェラは、のんびりとした性格の為学院に通う事はせず、屋敷でゆったりと過ごしていた。気になり憧れた制服も、少し成長して考えてみれば毎日代わり映えもしない同じ服で通うのはちょっと…と思ったのだ。それでも、貴族のしきたりや他の学院で習うような事はその都度講師を呼んだり、屋敷にある書庫で学んだりしていた。
(カフリーク伯爵家にとって、素晴らしいご縁を結べるお方なんて…)
五歳下の弟のダリミルは、成長するとさまざまな事をしっかりと覚える優秀な頭脳を持っていた。たまに、ルジェナが言い負かされるほどだ。それでも、ルジェナはダリミルが可愛く、ダリミルが次期伯爵として王立学院に通うのだと思っており、その為にせめて自分だけでもカフリーク家にとって有益な結婚相手を見つけなければならないのだと、いよいよ腹を括らなければと思う。
それでも、今の生活のままではどうすればいいのか分からない。
今の生活ーーールジェナは、王立学院に通わずビェラと同じように屋敷で必要な知識は学んでいた。幸い、屋敷の書庫にはさまざまな書物があり、学ぶには申し分ない場所であった。独学で、しかも書物の知識ではあったが、好奇心旺盛なルジェナは広い分野の書物を読み漁った。
気になったのは三十年ほど前から増えて来た移民の話だった。
隣国では飢饉や干ばつが重なり、ここチェラドナ国へと住処を求めてやってくる人が多かったそうだ。だが、表立って国が保護してしまうと、隣国との折り合いがつかないし、元々のチェラドナ国民から徴収した税金で移民対策に使えば国民から不満が起こるのは明らか。なので、チェラドナ国としては手を差し伸べる事はしなかった、とあった。その為、ルジェナは国に対してあまりいいイメージを持っておらず、その割り切った考えは領地を治めている貴族でも似たような人が多いと知り、なおさら結婚に消極的であった。
(困った人がいたら、助ければいいのに。それすらも出来ないなんて、なんて面倒なの!)
貴族のしきたりを学ぶにあたって、ルジェナは自分の考えとは違う事も多々あると学んだ。その疑問を侍女のヨハナにぶつければ、『貴族って面倒ですね。でも、貴族だけではないですよ、ほら、本音と建て前って言うじゃないですか。人間関係でも、思っても無い事を言う時ってありますよね?それは貴族かそうでないかは関係ないのではないですか?』と言われた。
(面倒…正にそうだわ。でも確かにそうね。)
ルジェナはつくづく、学院に通わなくてよかったと思った。それと同時に、同年代の人と知り合う機会もなく成長してしまった。だから余計に結婚相手を見つけるなんてどうすればいいのか分からない。
(だからって、いつまでも何もしていないのは時間の無駄よね。)
ルジェナは好奇心旺盛。その為、思ったら行動にすぐにでも移したいのだ。
それに、チェラドナ国では十六歳といえば、結婚適齢期である。それよりも前から婚約者がいる子もいるが、その場合は王立学院を卒業するとすぐに結婚する子が多く、ルジェナも行動に移さなければ釣り合う年代の人はすぐに結婚し、居なくなるのではないかと焦りを感じ始めた。
「ねぇ、ヨハナ。結婚するにはどうすればいいのかしら?」
「!?…まず、お相手を見つけないといけませんよね。」
ヨハナはルジェナよりも十歳年上であり、幼い頃より近くにいたルジェナの頼れる侍女だ。
いつも傍にいる為ヨハナはしばしば良く分からない質問をされる時もあった。そして、今もその時であった。今まで色恋には全く興味も無かったルジェナがそんな事を言うとはと密かに驚いたが表情には出す事をせず、冷静に言葉にする。
「そうなのよ。相手がいなければ結婚出来ないものね。
そのいいお相手、どこかに転がったりしていないのかしら?」
「転がっ…てはいないと思いますが、では交流会に参加されてはどうですか?」
「交流会?」
「はい。王宮で開催される、同じような年頃の、若い人達の交流会です。名前の通り、交流する会で、出会いの場ともいいます。」
「同じような年頃…」
「話し掛けにくい、とかお思いですか?でも、参加者皆同じ目的でしょうから心配無用だと思いますよ。
私も、それに参加した事はないのでどんな雰囲気かは分かりかねますが、経験の為に一度試してみてもよろしいのでは?」
「そうね…考えてみる。」
ルジェナは、そんな会があるのかと知り、道が開けたように思った。
とはいえ、領地から外に出た事のないルジェナは、ひとまず心を落ち着けようと以前もらった横笛を持って畑へと向かった。
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