【完結】偽者の辺境伯令嬢は、帝国へと輿入れを切望される。無理があると思うのは私だけなのかしら。

まりぃべる

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5. 出発の為の準備

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 インサと呼ばれた、黒いワンピースに白いエプロンをつけたその女性は、私をお風呂に入れてくれたり、その後体にオイルみたいなものを全身に塗りたくってくれた。
髪も乾かしてもらったあとに、ゆったりとした赤と桃色の花柄の長いワンピースを着せてくれる。化粧をしたあとに髪を整えてもらっている間に、『食べやすいものをどうぞ。』と言われ、パンとベーコンと、一口大の野菜や果物を食べる。これがまたとても美味しかった。

 動き易い服でよかった。かっちりとしたドレスだったらげんなりしていたと思う。

 それから、化粧台に座った時にエルヴィーラの外見を見たらこれまた美しかったの。
アイロサは十歳らしく可愛らしく可憐に見えたけれど、この外見は…まぁもう私なのだけど、目鼻立ちはハッキリしていて唇は大きく主張していなくて舞台女優のようよ。でも顎がシュッとしているからか少し冷たい印象を与えるのね。

「インサさん、あの…」

「インサとお呼び下さい。あなたは、辺境伯令嬢でございますから、侍女などの使用人は呼び捨てでお願いします。」

「わかりました。」

「それから、私ども使用人には言葉遣いを丁寧なものはお止め下さいませ。」

「え!…わかり、あ!わかったわ。」

 それで宜しい。そう言うかのように、首をゆっくりと縦に動かし、

「宜しいですか?私がお助け出来るのはあちらへ着くまでですので、くれぐれもよろしくいたしますよ。」

 と言われた。そうよね。私が偽物だと分かったら、皆が殺されてしまうのよね?もちろん私もきっと…。

「大丈夫です。エルヴィーラ様は警備隊に掛かりきりで他の事は疎かにしておりました。現皇帝のルドフィカス様とはお会いした事は無いはずですので、きっと記憶が無いという事で大抵の事は切り抜けられるはずですから。今回のお迎えの方々もそうだと思いますよ。」

 と先ほどの口調よりも優しく、笑いかけてくれる。きっと、私は酷い顔をしているんじゃないかしら。

「ありがとう。よろしくね。」

「もちろんでございます。」




☆★

「お迎えが来られました!」

 私が予備知識を得ようとインサに少しこのドルトムンボン国の事を聞いていると、玄関ホールから使用人の張り上げる声が聞こえた。

 まず、この国の人達の見た目。狭い小国だからか皆外見は銀髪、白陶器のような肌、瞳は赤なのだそう。
 隣のアーネムヘルム帝国は領土はこの小国よりも何十倍もあるのだとか。
 ドルトムンボン国は貴族社会で、王族の次にこの国境を護る辺境伯爵家が公爵家よりも上の地位なのだという。だから、先ほどの『王族よりも辺境伯爵家の娘が選ばれた』と言っていた意味に繋がるのだと思った。
 それにこの国では、地位のある家柄なら親から結婚相手を決められる政略結婚が常なのだとか。だからきっと、〝エルヴィーラ様〟はそれに反発したのではないかしら?政略結婚が嫌だったのよ、きっと。



 インサが顔を引き締め、

「さぁ、行きましょう!」

 と言う。
 まだまだ知識も取り入れたい所だけれど来てしまったのだから仕方ない。私も気合いを入れ、立ち上がった。



 廊下の切れ目から階段を下りると、そこが玄関ホールとなっていたようで、玄関扉の外では紺色の軍服を着た背の高い、赤い髪を肩まで伸ばした男性がいた。

「これからよろしくお願いします。私はアーネムヘルム帝国軍の副隊長をしていますアルヤンと申します。此度は、我が皇帝との婚儀をお受け下さり誠にありがとうございます。それでは、参りましょう。」

 軍服の男性は大きな身振りをしながらそう言って、玄関ホールにいるヘルフリート様とコルドゥラ様とアロイサ様と、あともう一人、三人と似た顔つきの男性にも挨拶をしていた。年齢的にエルヴィーラの兄だろうか?

「エルヴィーラ、幸せにな。」

「エルヴィーラ、元気でね。」

「お姉さま、いつも無理するんだから。ほどほどにね!」

「エルヴィーラ…さっき聞いたよ。その…兄としても辛いが、体に気をつけて。」


 皆、きっと本来であれば本物のエルヴィーラに言うべき言葉を告げているのでしょうね。あちらの国の副団長がいるから、バレてはいけないのでしょう。きっと、ここから一世一代のが始まるのね。

 よし!私はエルヴィーラ、私はエルヴィーラ…!

「ええ。皆、ありがとう。お父様、お母様もどうかお元気で。アロイサ、迷惑を掛けてはいけませんよ。お兄様、どうかここデューレンケルン領をよろしくお願いします。」

 そう、涙を堪えた風を装って言うと、アロイサは私の足元に抱きついてきた。

 ヘルフリート様とコルドゥラ様は目を見開いて、でもすぐに表情を戻すと、うんうんと頷いてくれている。

 自分を兄だと教えてくれた人も、驚いた表情をしたけれど、うん、と一つ頷いた。

「オスヴィンよ。エルヴィーラとは二歳しか違わないのに、さすがこの辺境の地を駆けずり回って守っていただけの事はある、託されたな。次期辺境伯として、エルヴィーラが居なくなったあともオスヴィンはしっかりやってくれるさ。」

「エルヴィーラが居なくなったら大きな穴ではあるけど、前々からいつかは来る事だと思って準備はしていたからね、心配いらないよ。ここは大切な国境地域だから、エルヴィーラに叱られないようしっかり守るさ!」


「皆様、名残惜しいのは重々承知してますが、そろそろ…」

 アルヤン副隊長がそうおずおずと言って促された為、私は足元に抱きついていたアロイサの頭を撫で、『元気でね』と一声かけるとゆっくりと引き離して微笑んだ。
 そして玄関扉まで進みくるりと後ろを向いて、皆と、この屋敷にぺこりとお辞儀をした。

(皆様、いってきます。短い時間でしたけれど、良くして下さってありがとうございました。)

 私はこの家の娘では無いけれど、お礼だけは心の中で言って、玄関扉の外へと出て行った。
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