【完結】偽者の辺境伯令嬢は、帝国へと輿入れを切望される。無理があると思うのは私だけなのかしら。

1. どういう事？

「………ま？……様！？」

「ん…」

「エルヴィーラ様！どういう事ですか！？」

　いきなり耳が張り裂けるような大きな声で、体を揺り動かされた私は、目を開いた。

「エルヴィーラ様…。」

　私はどうやら、腕を横いっぱいに広げても寝られる大きなふかふかのベッドに寝かされていた。
　エルヴィーラ、と呼んだ女性は髪が銀色で赤い目をしていた。その目に涙を浮かべ、

「旦那様にお声掛けして参ります！」

　と言って部屋を出て行った。


（ええと……どういう事？）


　先ほどの女性は、私に向かって〝エルヴィーラ様〟と言われていた。私の名前なのかと思って考えてみるが、頭に霞が掛かったようでピンと来ない。
ただ、ぼんやりと思い出せたのはーーー。



　私はデパートで買い物をし、さあ帰ろうとエスカレーターを降りて行く時に何気なく降りたフロアに、何かの展示会が開催されていたのよ。
　それは、近づいて行くと山や森の中、海のような場所など自然の中の風景画の展覧会で。吸い込まれるように私は入って行ったんだわ。
そこで、『あぁ、こういう所へ行ってみたいなぁ』と思いながらゆっくりと見ていたと思う。


　それが、気づいたら、このベッドの上だったのよ。ちょっと、いやかなり信じられないけれど。

　だけど、自分の名前さえ思い出せない。どんな名前だったのかなんて、覚えていないって事ある？

（これはきっと夢だわ。）

　そう思い、頭をふるふると横に動かすと、銀色の髪がフワフワと揺れた。

（え！？銀色！？）

　自分の名前さえ思い出せないのに、銀色の髪というのは何故か違和感があった。腰まで伸びた、真っ直ぐな艶やかな髪。手入れが行き届いているわと変に関心してしまう。

　名前、と考えた時にまぁ別にいいかと思ってしまった。きっと、この外見だったら思い出したとしても似合わない名前だと思ったのだ。それに、デパートの事を思い出した時、他の事もじわじわと思い出してきた。


　私は劇団に入り役者を目指していた。通行人Aとか、友人Bとかの会話が少ししかない役ならもらえても名前のある役がもらえなくてくすぶっていた時、気晴らしにデパートへ行ったのだ。

　（名前のある役…。これも、エルヴィーラという名前の役になれ、っていう事なのかしら。）

　私は動揺はしたけれど、不思議と受け入れている自分がいた。目が覚める前の自分に戻りたいかと言われたら、良く分からなかった。つまり、未練はない。家族は…と考えた時に、私には居なかったのだと思う。だって思い出せないのだから。


　体を少し起こして部屋を見渡して見ると壁一面の大きな窓があり、カーテンが閉まっているから、今は朝なのか夜なのか分からない。
この部屋には他に、化粧台と書物机があった。

（見慣れないものばかり…しかもとても高級そう。）

　そう私が思っていると、開け放たれた扉の向こうからこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

「エルヴィーラ！？」

「あなた帰ってきたの！？」

　銀色の髪で赤い目をした、綺麗な顔立ちの男性と女性が入って来てそう言われたけれど、やはりその人達が誰だか分からなかった。

　なので正直に言うことにした。

（だって、どういう事かはこっちが聞きたいもの。）

「あの…すみません。どなたですか？」

「！？」

「なに！？」

　その人達は顔を見合わてどうしたものかと迷っているようだから、

「どういう事かは、私がお聞きしたくて…。」

　ともう一度言って、その二人の言葉を待つことにした。


「お前は…何を言っているのだ？」

　たっぷりの間が空いてから、男性が震える声でそう言われ、隣にいる女性は、

「まさか…嘘ですわよね？」

　なんて言って、口に手を当てて驚いたような顔をしている。

（だから！誰かどういう事なのか説明してくれないかしら！？）

　私はそうため息を付きながら思った。