【完結】記憶を失った令嬢は、不安になりながらも年下令息に想いを寄せ始める

6. 次男アレイスターのお帰り

「ただいま戻りました。」


　少し大きな声で言って、玄関ホールに入った彼は、名前をアレイスターと言う。イェフダ=スヒルトラーゼ侯爵の次男である。
　彼は今、全寮制の男子スクールへ通っていた。今年卒業の十五歳である。
　そのスクールは、十一歳から通う。大抵の貴族や、商家の子供など、だれでも通う事が出来る。が、授業料が高い為に言葉通りだれでも通えるわけではない。
　そこで規律、礼儀、自立心やコミュニケーション能力を学ぶのだ。それ以外にも、授業は多岐に渡る為、卒業出来ればその後の人生を大きく左右する。

　その為侯爵家であるアレイスターも当然の事ながらそこに通っているし、次期侯爵である兄のジョンも成績優秀であった卒業生だ。


「お帰りなさいませ。」

　いつものように執事長が使用人を従えて出迎える。

「はぁ、疲れた。夕食まで少し時間ある？あ、父上と母上にも挨拶をしなきゃ。」

「旦那様は今まで執務室で国王陛下宛の手紙を書かれておりました。奥様と今はお話されているかと。」

「そう。じゃああとでもいいか。先にお風呂に入るよ。出来る？」

「承知致しました。私どもに出来ない事はございません。」

「ははは、懐かしいなぁ。頼りにしているよ。じゃあ沸いたら言って。課題があるから、図書室に行くよ。」

「では、そちらにお声がけしに参ります。」



　一階の北へと向かう廊下の先に図書室はあった。そこへアレイスターが向かうと途中で見知らぬ女性にすれ違った。エレーネだ。

「あれ？君、誰？新しく入った使用人…じゃないよね？」

　エレーネは、廊下ですれ違う時に壁際に避け頭を下げていた。その為アレイスターから顔は見えなかったが服装が侍女服や使用人服とは違った為、そう声を掛けた。

「は、はい。ただ今お世話になっております。」

　エレーネは、怪しまれているのかと焦って顔を上げ、無難にそう答えた。
　アレイスターは、自分より頭一つ分ほど背の低い、黒髪にくっきりとした茶色の目のエレーネを見やるととても可愛らしいなと思った。

「そっか。図書室の使用許可ももらったのかい？」

　そちらから来たという事は、図書室にいたのだろうと思ってアレイスターはそう聞いたのだ。

「失礼ながら、アレイスター様。奥様から許可を頂いております。」

　エレーネは、自分が何者なのか思い出せない為、また名前をエレーネだと教えられたけれど名乗った方がいいのか良く分からなかった為、おどおどした様子で答えていた。
　それを見かねて、一緒に伴って来た侍女が説明をしたのだ。

　許可は、先ほど話している時にサロメ夫人から言い出していた。『図書室の本を読んでもいいわよ。記憶が無いのはもどかしいかもしれないけれど、それを楽しめばいいのよ。本は、〝自分〟を忘れさせてくれるわ。でも〝時間〟も忘れさせてしまうから、気をつけて読むのよ。でないと、一日なんてあっという間に過ぎるわ。』と。

「あ、怒っているわけじゃないよ。母上がいいと言っているならいいし。でも日が落ちるとこの辺りは北側にあるから一気に冷えるんだ。だから日が出てるうちにここを通るといいよ。」

「お気遣いありがとうございます。これから気をつけますね。失礼します。」

　エレーネはそう返事をして、アレイスターにふわりと微笑みかけると、エレーネは歩き出した。
　その笑顔を向けられたアレイスターは顔が真っ赤に染まり固まってしまった。

　与えられた客室へと戻って行ったエレーネは、アレイスターがエレーネの笑顔を見てあまりの可愛いさに一目ぼれをし、暫く廊下から熱い視線を向けられていたのには全く気付かなかった。