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8. 最悪な印象

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(怖…!ここって、やっぱり王宮なのかしら?さっき歩き回っていてアレクサンダー公爵家よりも広い感じがしたし、それに剣帯している人もいたし。それでこの人は、お役人??)

 ナターシャは、顔が見えず声だけ発したその男性に、恐怖を覚えた。
普通は、顔を見て話す。でも、向こうはこちらを見もせずに話している。それをしても咎められない程の人物だという事だ。
それに、自分は連れて来られただけではあるが、呼ばれていないと雰囲気で
ありありと感じたのだ。
十五歳の少女にとって、頼る家族もいないこの場は、この上ない恐怖だった。


「おい、ラド。そういう雰囲気を出すの止めろ。ナターシャ嬢が怯えているじゃないか。死人をここで出すつもりか?」

 いきなりミロシュが、その人物にそう軽口を叩いた。

(え?こ、言葉遣い…?)

 こんな恐そうな人に、軽口を叩いたミロシュに、大丈夫なのかとナターシャが逆に心配になった。
それとも、返答も無しにこの部屋に入ったミロシュはこの恐そうな人と匹敵する程偉い人なのか。…まぁ、公爵家というだけで充分偉い人ではあるが。


「ふん。お前が女を連れて来るからだろうが。信頼していたのに、所詮、ミロシュもと同じなのかと残念に思ったんだ。」

 相変わらずこちらに背を向けたラドと呼ばれた男は、椅子を左右にクルクルと動かしながらそう言った。

(ラド。ラド…どこかで…)

 ナターシャは聞いた事あるような無いような名前だと思いながら、けれども思い出せずに口を挟めずにいた。
実家から持ってきた絹のハンカチも、今日は見せる事が出来ないなと思いながら。

「いいからこっちへ来い、ラド。それじゃまともに話も出来ん。お前が思うような事ではないから。」

 そうため息交じりにミロシュが言うと、渋々ラドは立ち上がり、盛大なため息をついてこちらに来てドサッと大きな音を立てて向かいのソファに座った。
その人物は漆黒の髪色で、短く切り揃えられている。顔は目鼻立ちはくっきりとしていて整っているが、目力が強いのか睨んでいるように見えた。

(なんだか、本当に態度悪いわね…。私よりも年上でしょうに、部外者の私がいるからってそんなに〝機嫌悪いです!〟って体中で示すってどうなの!?『貴族は、気持ちや表情を押し殺して相手と接する』と習ったんだけど、この人はそういう勉強してこなかったのかしら!?)

 ナターシャは、これでも侯爵家の娘であるから貴族の振る舞いは教えられてきている。それが出来ているかといえば、社交の場に好んで出てもいないナターシャは否ではあるが、知識としては知っている為、明らかに〝子供みたいで感じ悪い人〟だと思ったのだ。

「…で?」

「まず、初対面だから挨拶からと行こう。彼は、ラド。彼女はナターシャ=テイラー。隣国の侯爵家のご令嬢らしい。」

「…ふーん。国内にこんな奴いるかと思ったが、隣国ね。」

(こんな奴って本当に失礼だわ…!よし、こうなったら…!)

 ナターシャは初めは怖いと思っていたのに、隣のミロシュは、ラドに対して全くといっていいほど平然として話しているので、怖いという思いが薄れてきた。
代わりに、だんだんムカムカと腹立たしく思ってきたのだ。

「お初にお目に掛かります。私、ナターシャ=テイラーと申します。いきなりのご訪問をお心遣いに傷み入ります。今日は、私の実家から持ってきたものをお見せしたく、参りました。」

(どうよ!?年下の私の方が、完璧な挨拶でしょう?)

 ナターシャは、ふてぶてしい態度のラドに対し、完璧なまでの挨拶をしたのだ。これには、隣のミロシュも初めこそ驚いたが、嫌味を言っているのが分かり笑いを堪えていた。

「実家から?ふん!俺に貢ぎ物をして、縁を繋ごうとしたのか?そんな見え透いた下心のある奴はいらん!帰れ!」

(なんて事…!貢ぎ物ってそんな!だれがあんたに貢ぐものですか!確かにちょっと…いや…まぁかなり格好いい顔しているけど、それがなによ!性格が台無しよ!!…でも、『感情は切り離す』よね。ふー…ここで何もせず言われるがまま帰ったらなんだかみたいだもの!誰があんたの話を素直に聞いて帰るものですか!)

 ナターシャは、ラドから言われた言葉を聞き、余計に腹立たしく思ったが、手のひらを爪で跡が残るほど強く握り、その痛みを感じる事で平静をどうにか保った。

「ラド、さすがにそれは言い過ぎ!とりあえず、見てよ。物も見ずに追い返すのは、国際問題にもなるかもよ?」

「…なんだそれは。ミロシュ、俺への脅しか?…まぁいい。お前の紹介だから仕方ない。いいだろう、見てやる。」

 ほれ、出してみろとでも言うようにラドはナターシャに向かって手のひらを向けてヒラヒラとさせるラド。

(さっきから大人しく聞いていればそんな子供みたいな…!そうよ!この人はきっと貴族の常識もしっかり教わっていない子供なんだわ!そう思って接すればいいのよ、きっと!)

 ナターシャは、手荷物を持っているキャリーに向かって目配せをする。キャリーは、ラドを見て目を見開いたまま固まっていたが、隣に立っているエドが先に気付きキャリーへと肘で突いて知らせ、慌ててキャリーがナターシャの傍にやって来た。

「…こちらを。」

「ありがとう。」

(キャリーもこんな非常識な人を見て驚いていたのね、きっと。でも、このハンカチを見れば今度は貴方が驚くはずよきっと!)

 ナターシャはそう思いながら、手荷物から絹のハンカチを目の前の長机に出した。
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