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5話
しおりを挟む部屋に光がさしてきて朝になったことがわかった。だいぶ意識がぼーっとしてきて、感覚が鈍ってきているようだ。
時々エドワード殿下が、国王様のそばに行き、声をかけているが一向に目を覚まさない。
そろそろ限界に近づいている感覚になっているが、国王様が目を覚まされないうちに倒れるわけにはいかないとなんとか気力だけで持ちこたえている状態だった。
扉の向こうの音は、今はしなくなっている。しかし時々ガンガンと音がするので、諦めたわけではないようだ。時々愛しい彼を思い浮かべては、やっぱり彼に直接伝えればよかったなと少し後悔をした。
「父上!父上!」
「う……うぅん……」
「父上!わかりますか!」
「エドワード……。そんな大きな声をだすな……」
「何を言ってるんですか!どれだけ寝込んでたとお思いですか!ああ、よかった……。どこかつらいところはありますか?」
「いや、ないな。久しぶりにぐっすりと眠れたようでとてもスッキリしておる」
「それはよかったです。ですが父上が眠っている間に大変な事になっていますよ!」
「なんだと……?とりあえず話を聞こうか」
「はい……。アンナ!よくやったな。本当にありがとう。……アンナ?おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
元気そうな国王様の声が聞けてほっとしたのか、もう指一本も動かせそうにないくらい体に力が入らない。ソファーの背もたれに寄っ掛かって座っていたが、横に倒れてしまった。だんだんと声も遠くなり、誰かが私を呼んでいるようだけど、それに答えることは出来なかった。
気がつくとベッドに横になっていた。見覚えのある天井や家具たちを見て、ここが自室なのだとわかる。体を起こそうとするが、すぐには起き上がれなかった。ゆっくりと時間をかけて上半身を起こし、誰かを呼ぼうと声を出すが力のない弱々しい声しか出なかった。けれど扉が開いていたおかげか、廊下にいた店の人に聞こえたらしく、
誰かー!旦那様たちを呼んで来てくれー!と大声で騒ぎだした。
やはり力を使って挙げ句に倒れたことを皆、怒っているのかもしれない。
それからすぐにバタバタと、何人かの足音が聞こえて部屋に入ってきた。
「アンナ!本当に目が覚めたの!?」
「アンナ!僕だよ、わかるかい?」
「アンナ!痛いとか苦しいとかないか?」
入ってきて同時にしゃべるから全然聞き取れなかったが、心配してくれてるのはわかった。けれどそこにいる家族はこの間とは雰囲気が違った。
父も母もやつれて白髪が増えているし、兄も髭を生やして体が逞しくなっていた。
まずは、ひどく喉が乾いていたので水を飲ませてもらう。
「お水ありがとう……。お父さん、お母さん、お兄ちゃん……よね?皆雰囲気が違うような……」
「そうね……。少し年をとったからかしら」
「この間からたった数日で年なんてとらないわよ」
「アンナからしたらそうなのかもね……。でもあなたが倒れたあの日から、もう5年もたっているのよ」
「5年?そんなわけないじゃない、冗談はやめてよ……」
「冗談じゃない……。アンナ、お前は5年間ずっと寝ていたんだぞ」
「うそよ……そんな……」
「でもアンナは全く変わってないよ、ほら」
兄が手鏡を差し出してきたので、手に取り自分の顔を確認する。そこに映るのは、最後に鏡を見たときのままの自分だった。髪の長さすら変わらない。だけど自分以外のこの部屋にいる人たちは数日前とは全然違った。
「本当に私だけ時間に取り残されたみたいね……」
「アンナ……」
「……国王様はどうなったの?」
「国王様は無事にご病気が治り、国のことも前のように戻りつつあるよ」
「そう。それはよかったわ……」
「とりあえずまだ休まないとだめだ。また後でゆっくり話をしよう」
「そうね……。本当に……あなたが無事目を覚ましてよかったわ…………」
「お母さん……。心配かけてごめんなさい。お父さん、お兄ちゃんも……」
「本当に大変だったんだよ……。さあ母さん、アンナとはまたあとで話をしようね。じゃあアンナゆっくり休むんだよ」
皆が泣いてるところなんて、初めて見た。5年もの間眠っていたのが、本当だと理解した。限界まで力を使ったのに生きていられただけでも、充分に奇跡と呼べるのだろうけどこれからのことを考えると喜んではいられなかった。
5年、5年かぁ。左手にはエイダンからもらった指輪が光っていた。
エイダンはどうしてるかな。
家族の変化にびっくりして、今のエイダンがどんななのか、知るのが怖くなってしまい聞けなかった。
私の中では昨日会ったけど、エイダンにすれば5年前になってしまう。
どんな大人になっているのだろう。それに結婚したのかどうか、知りたいけれど知りたくない。
そんなあれこれを考えていたら、どっと眠気が襲ってきて抗うすべはなく、また眠りへと落ちていったのだった。
ぐすっ……ずっずび……ぐすぐす…………。
誰かが泣いている?そんな音で目が覚めた。
「エイダン?来てくれたの?」
「アンナ……。やっと目が覚めたんだね!ずっとずっと心配で……連絡もらって急いで来たんだよ」
「泣き虫なの変わらないのね。見た目は昨日と全然違うのに……」
「そうだね……。君との年齢差も開いちゃったよ」
そこにいたのはエイダンだった。泣きながら笑っていてそれが妙に可笑しかった。昨日見た彼とは違い、フォーマルな装いで、髪も短くなり前髪を後ろに撫でつけていてすごく大人っぽくなっていた。
ゆっくりと体を起こそうとすると、エイダンも支えてくれて先程より楽に座ることができた。
「すごく大人っぽくなったね」
「まあ、大人になったからね。アンナは……アンナのままだ…………」
「泣かないで、エイダン」
「僕のせいでこんなことに……。本当に申し訳ない」
「それは違うわ!あれは私がしたかったからしたのよ。エイダンのせいなんかじゃない……」
私のせいで泣かせてしまった。その事に心を痛めたが、それと同じくらいに嬉しさもあって、なんて自分勝手で嫌な女なのだろうと自分に腹が立った。
「私は……エイダンが誰かと一緒になるのが嫌だった。だからなんとしてでも、結婚を阻止しなきゃって思って、隠していた力を使うことにしたの。ごめんなさい……今まで隠していて。だから本当にこうなったのは自業自得、エイダンが気に病むことなんて全くないの……」
「アンナ……」
「だから……」
そう言いかけたときぎゅっと抱き締められた。
「アンナ……。これからずっと僕のそばにいてほしい。この5年間、僕は死んだも同然だったんだ。ただただ仕事に明け暮れて、今日は目を覚ますかもしれないという希望だけで、ここまで生きてこられた。僕はアンナがいないとダメなんだ……」
「エイダン……でも …………」
「もちろん僕は誰とも結婚してないよ。あのあとアンナのおかげで、家の心配はなくなったから、向こうに付け入る隙も無くなったし。それにエドワード殿下が、彼女の父親に言ってくれたみたいなんだ。そのおかげで、彼女の付きまといも無くなったんだよ」
「そう、よかった……。でもエイダンだったら他にも」
「他なんてない!僕は今も昔もアンナだけだよ」
涙が止まらなかった。二人で涙が枯れて目がパンパンになるまで、抱き合いながらただただ泣いた。
1年後私たちは式を挙げた。
大好きな家族たちと植物に囲まれてとても素敵な式だった。
あれから徐々に体力も回復し、今ではすっかり元に戻っている。眠っている間にエイダンとは七歳差になってしまったが、それ以外に困ったこともなくとても幸せな日々を過ごした。
今はエイダンがしていたトンプソン男爵家の仕事は弟が引き継ぎ、ゆくゆくは後跡取りになるのも決まっている。
私とエイダンは薬師になって、小さな店を持つ夢も出来た。今はエイダンは私の家の店を手伝いながら、薬草を調合して新しい薬を作り、私は学園に復学して将来のために勉強している。年数が経っているが国王様の計らいで問題なく復学出来たのだ。
結婚したとはいえ週末や長期休みにしか会えないのは少し寂しいが、未来のために今は我慢している。
聖女の力も国のために使う必要はないと、国王様から言っていただけたので、今まで通りに普通の生活を送れることができた。そのことに家族皆が安堵した。
だけど私は密かにこの力を、エイダンの作った薬に使ってみた。そうしたら効果がアップするのがわかったので、エイダンと相談し皆にバレないように使っていこうということになった。
数年後大人気の薬屋になって、エイダンと幸せな家庭を築くという未来を思い描きながら、今日も勉強と花壇の手入れを頑張らねばと気合いを入れる。
どうか幸せな日々がずっとずっと続きますようにと、写真に写ったエイダンにキスをして寮の扉を開けて一歩踏み出した。
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