上 下
32 / 34

王子の結末Ⅰ

しおりを挟む
「何をやっている! 早く大臣をヒューム伯に交代しろと言ったはずだ!」

 王宮にて僕はいつものように声を荒げていた。

「ですが、殿下が提出なさった大臣変更の手続きには書類の不備があり……」
「これで四度目だ! なぜ一度に全ての不備を指摘しない!」
「そ、それは……」

 役人はそう言って目を伏せる。

 伯爵に屈した日から、僕は地獄のような毎日を送っていた。
 カミラを取り返すために僕は伯爵の要求を叶えようと必死なのだが、王宮の役人たちはよほど僕のことを侮っているのだろう、簡単な手続きが全然進まなかった。

 僕がこれまで政務をさぼってきたこともここで仇になった。
 彼らは僕が作った書類の些細な不備を指摘しては僕の命令を突き返そうとするのだ。これまでろくに書類も書いたことがなかったので、どうしてもミスは出てしまう。
 しかも一度に全てを指摘するのではなく、一つ直させてはまたもう一つ、と言う風に明らかに遅延のためとしか思えないことをしてくるのである。

 とはいえもはや僕にはヒューム伯を大臣にしてカミラを助けるしか道は残っていない。
 そのため、何と言われようとひたすら書類を書き直すしかない。

 そしてその作業が終わり、書類を役人に渡して自室へと戻る。
 慣れない仕事をして、しかもそれがまた突き返される可能性が高いということで僕はげっそりと疲れていた。

 しかもそんなところへ伯爵がやってくる。
 彼は彼で自分の大臣就任が進まないことにいら立っているようだった。

「殿下、私の大臣就任はまだでしょうか」
「ま、待ってくれ! 役人たちが強情なのです!」
「そういう時は一人二人首を刎ねると彼らの動きは良くなると思いますよ」
「そ、それは……」

 伯爵は平然と言い放つが、これまでぬくぬくと育った僕にそんなことが出来る訳がなかった。

「出来ませんか? まあ、時間が経つほどカミラは弱っていくと思いますけどね」

 そう言って伯爵は帰っていく。
 それを見て僕はため息をつく。一体何でこんなことになってしまったんだ。
 誰か僕を助けてくれ。

 そう思った時だった。
 不意にドアがノックされる。こんな時間に誰だろうか。

 すでに時間も遅く、伯爵以外に訊ねてくる人がいるとは思えない。

「誰だ?」
「私です」
「何だと!?」

 その声を聞いて僕は思わず声をあげてしまった。
 彼女は婚約破棄したはずのアシュリーだった。確かに婚約を破棄しただけで投獄した訳ではないから会いに来てもおかしくないが、普通あれだけ一方的に婚約破棄した男に会いにくる人はいないだろう。

「一体何だ」
「殿下に最後のチャンスがあります」
「チャンス?」

 てっきり恨み言でもぶつけられるのかと思っていたら、彼女に言われたのは僕の思いもしない一言だった。

「い、一体どういうことだ」

 僕は思わずドア越しに尋ねてしまう。
 一度あれだけ偉そうなことを言って追い出した彼女に「チャンスがある」と言われてそれにすがってしまうのは自分でも情けないと思ってしまうが、それでも僕は彼女に希望を見出してしまっていた。

 あれだけのことをしてしまっていても、アシュリーならまた僕の尻ぬぐいをしてくれるのではないか。
 そんな根拠のない期待のようなものがあった。自分でもあさましいと思うが、その気持ちを止めることは出来なかった。

「外聞をはばかるお話なので中に入れてください」
「ああ」

 そう言って僕はドアを開ける。
 するとそこには前と変わらぬアシュリーが立っていた。そんな彼女の姿にほっとしてしまうと同時に、そんな自分に自己嫌悪を覚える。

 僕は彼女を部屋に入れると外を確認してドアを閉める。
 すると、彼女は恨み言を言うでもなく言った。

「実は今、チャーリー殿下の命令を受けた部隊がカミラ嬢の救出に向かっています。ですから殿下には伯爵との関係を切って欲しいのです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら人嫌いで有名な不老公爵に溺愛されました~元婚約者達は家から追放されたようです~

琴葉悠
恋愛
 かつて、国を救った英雄の娘エミリアは、婚約者から無表情が不気味だからと婚約破棄されてしまう。  エミリアはそれを父に伝えると英雄だった父バージルは大激怒、婚約者の父でありエミリアの親友の父クリストファーは謝るがバージルの気が収まらない。  結果、バージルは国王にエミリアの婚約者と婚約者を寝取った女の処遇を決定するために国王陛下の元に行き――  その結果、エミリアは王族であり、人嫌いで有名でもう一人の英雄である不老公爵アベルと新しく婚約することになった――

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

こんなに馬鹿な王子って本当に居るんですね。 ~馬鹿な王子は、聖女の私と婚約破棄するようです~

狼狼3
恋愛
次期王様として、ちやほやされながら育ってきた婚約者であるロラン王子。そんなロラン王子は、聖女であり婚約者である私を「顔がタイプじゃないから」と言って、私との婚約を破棄する。 もう、こんな婚約者知らない。 私は、今まで一応は婚約者だった馬鹿王子を陰から支えていたが、支えるのを辞めた。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

処理中です...