「君の作った料理は愛情がこもってない」と言われたのでもう何も作りません

今川幸乃

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メルヴィン子爵Ⅲ

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 それから私は書斎のようなところに連れていかれました。
 そこには装丁がしっかりした古めかしい本が本棚にぎっしりといくつも並んでいる。恐らく門外不出の重要な本ばかりを集めた本棚なのでしょう。
 その中から子爵は一冊の本を取り出して私に見せます。

 そしてパラパラとめくってくれるのですが、そこには見たこともない料理や、昔の物語で出てくるような料理が載っています。中には材料が現代には伝わっていなさそうなものもありました。

 その中からメルヴィン子爵が指定したのは豚肉を揚げて衣をつけて卵で包んだ料理です。
 そして卵でとじた揚げた肉をご飯に乗せるのですが、そのご飯に使う白米というのはこの辺ではあまり食べることがないものです。
 それ以外はいたって普通に食べられている食材ばかりでした。

「材料は揃っているのですか?」
「ああ、揃っている。だが一度わしが作ってみたが、揚げるというのがうまくいかなかった。加えて、卵をかけるとびしゃっとなってしまうのだ。また、この白米もどうしてもちょうどよい火加減にすることが出来ない」
「なるほど」

 確かにレシピを見てみると、これが書かれた地域では一般的なことだったせいか、それともプロの料理人が読むことを想定しているのか、肉に衣をつけて揚げる時間やお米の火加減や水加減についてあまり細かく書かれていません。例えば肉については「サクっとした食感になるように揚げる」、お米については「ちょっと固めに炊き上がるようにする」とだけ言われても困ります。
 本来ならこのレシピを元に練習を積ませてもらいたいところですが、今この場で作らされることになりそうです。実際、時間をかけてしまってはメイドはお金と引き換えにランカスター家に引き渡す、となってしまうかもしれません。

 唯一の救いは、レシピの書きぶりからしてこれを書いた人にとってはこの料理はそこまで難しくなさそうなことです。それに料理自体は高級というよりは庶民的なものに見えるため、慣れればそこまで難しくはないでしょう。

「……分かりました」

 私は意を決して頷きます。

「本来なら我が家のメイドに手伝いをさせたいところだが、秘伝であるゆえそれも出来ぬ。キッチンは貸すから全て一人でやってくれ」
「分かりました」

 まさか料理人でもない私が他家のキッチンを借り切って料理をすることになるとは。
 私がキッチンに入ると、メイドが材料だけは持ってきてくれてすぐに追い出されていきます。
 私はまずお米を水洗いして鍋に入れ、火をつけます。火加減は難しいですが、恐らく鍋の様子を見て居れば何となく火を弱めるタイミングは分かるでしょう。

 次に私は肉を切ってパン粉で衣をつけます。揚げ物自体あまり作ることないので衣のつけ具合は難しいです。
 続いて鍋に油を注いで熱し、その中に肉を入れていきます。そして表面の色が変わってくると、中に火が通っているのを確認して油から揚げます。

 そして肉をちょうどいい大きさに切ってから、今度はタマネギを痛めて様々な調味料を混ぜてかけます。この調味料も子爵家に伝わる高価なものらしいです。実際、味見してみると普段使っていた物に比べてかなりいいものでした。そして最後に卵を入れます。

 そんなことをしているうちにやがてお米の方の鍋が吹きこぼれそうになってきたのでそちらの火加減を調節します。
 やがてお鍋の中の水分がほぼなくなったので、火を止めます。
 こうして料理はほぼ完成しました。

 鍋の蓋を開けると白い湯気がたちのぼります。
 そこからご飯を深皿によそい、衣つきのお肉を並べ、卵とタマネギをかけます。特性の調味料が混ざったことによるいい香りが湯気とともに立ち上り、とてもおいしそうです。

「出来ました、子爵」
「おお、確かにわしが作った時とは見違えるようだ! さて、味はどうかな」

 子爵はそれを見て表情を綻ばせます。
 そしていよいよ料理にスプーンを伸ばすのでした。
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