48 / 77
Ⅳ
メルヴィン子爵Ⅱ
しおりを挟む
メルヴィン子爵の屋敷にやってくると、そこは噂に違わず広大できれいな庭が広がっています。その中には王国の僻地でしか棲息していないような珍しい植物もたくさん咲いていました。仮に持ってくることが出来たとしてもそのままだと枯れてしまうので膨大な手間をかけて維持をしているのでしょう。
屋敷も、古代の時代に流行ったとされる独特の建築様式で築かれており、この屋敷周辺だけ違う国に迷い込んだような気持ちになります。
子爵の身分でここまでしているということはかなり強引に金儲けをしているのだろう、と思うと何とも言えない気持ちにはなりますが。
私が屋敷に入ると、上等な服に身を包んだ執事たちが出迎えてくれます。
応接室に通された私の元に子爵がやってくる。彼は少し太った恰幅のいい人物で、ぎらぎらと輝かせた目が印象的でした。
「本日は会談に応じていただきありがとうございます。エレン・リーンと申します」
「わしはモルク・メルヴィンだ。実は前からおぬしの噂は聴いていてな。それで会ってみようという気になったんだ」
「え、私の噂ですか?」
特に噂になるようなことをした記憶はないのですが、一体何でしょうか。
悪い噂ではないといいのですが。
メイドの件を切り出そうと思ったのに、いきなり相手の出鼻をくじかれてしまいます。
「貴族令嬢に生まれながら手づから様々な料理をするということではないか」
「そうですが……あまり大したものではありませんが」
そのせいでウィルとの仲も悪くなりましたし。
もっとも今思い返すとウィルは単に私のことが嫌いだったから私の料理もまずく感じていただけだったような気がしますが。
が、そんな世間話でなぜか子爵は目を輝かせています。
「そこで一度是非そなたの作った料理を食べてみたかったのだ」
「あの、お言葉ですが私よりうまい料理人でしたら他にもたくさんいると思いますが」
私は困惑しながら答えました。
私はあくまで貴族としての教育の傍ら練習していただけで、専門の料理人よりはどうしても腕が劣ると思います。
というか、そもそもそんな話をしにきた訳ではないのですが。
が、子爵は首をぶんぶんと横に振ります。
「確かにそうかもしれぬ。だが我が家に伝わるレシピの中には平民に教えてはならぬ物があるのだ」
「そんなものがあるのですか」
確かに伝統ある家には門外不出の秘伝とか、他人に見せてはいけない秘宝や秘書とかがあったりするのですが、まさかそれがレシピでも存在するとは。
「だが我が一族は建築や造園、歌などに秀でた者はいるが料理に長けた者はいないのだ」
なるほど、メルヴィン家では一人一つずつ何かの芸術を担当しているようです。
そして子爵は鼻息を荒くして言います。
「そこでそなたに是非この料理を作ってもらいたいのだ」
「あの、話は分かりましたが、本日私が来たのは……」
「分かっている。料理の出来によっては例のメイドを安く渡してやらないこともない。そうなればおぬしを捨てたウィルが有能か無能かも分かるだろう」
「そんな」
子爵の言葉に私は困惑しました。来る前は金の亡者だと思っていましたが、どうやら正確には芸術のためなら手段を選ばない狂人のようです。
料理と聞いてウィルのあの反応が蘇ります。
フランクは私の料理をおいしいと言ってくれましたが、このような頭のおかしい人物が相手ではどんな反応になるのか想像もつきません。
とはいえ相手が狂った人物であるからこそ、うまくいけば本当にメイドをこちらに渡してくれるかもしれません。純粋な金額勝負では我が家がランカスター子爵家に勝てる訳がありませんが、今料理をうまく作れば勝てる可能性があります。
だとすればやるしかありません。
「分かりました。レシピを見せてください」
「いいだろう」
こうして事態は思わぬ展開になったのでした。
屋敷も、古代の時代に流行ったとされる独特の建築様式で築かれており、この屋敷周辺だけ違う国に迷い込んだような気持ちになります。
子爵の身分でここまでしているということはかなり強引に金儲けをしているのだろう、と思うと何とも言えない気持ちにはなりますが。
私が屋敷に入ると、上等な服に身を包んだ執事たちが出迎えてくれます。
応接室に通された私の元に子爵がやってくる。彼は少し太った恰幅のいい人物で、ぎらぎらと輝かせた目が印象的でした。
「本日は会談に応じていただきありがとうございます。エレン・リーンと申します」
「わしはモルク・メルヴィンだ。実は前からおぬしの噂は聴いていてな。それで会ってみようという気になったんだ」
「え、私の噂ですか?」
特に噂になるようなことをした記憶はないのですが、一体何でしょうか。
悪い噂ではないといいのですが。
メイドの件を切り出そうと思ったのに、いきなり相手の出鼻をくじかれてしまいます。
「貴族令嬢に生まれながら手づから様々な料理をするということではないか」
「そうですが……あまり大したものではありませんが」
そのせいでウィルとの仲も悪くなりましたし。
もっとも今思い返すとウィルは単に私のことが嫌いだったから私の料理もまずく感じていただけだったような気がしますが。
が、そんな世間話でなぜか子爵は目を輝かせています。
「そこで一度是非そなたの作った料理を食べてみたかったのだ」
「あの、お言葉ですが私よりうまい料理人でしたら他にもたくさんいると思いますが」
私は困惑しながら答えました。
私はあくまで貴族としての教育の傍ら練習していただけで、専門の料理人よりはどうしても腕が劣ると思います。
というか、そもそもそんな話をしにきた訳ではないのですが。
が、子爵は首をぶんぶんと横に振ります。
「確かにそうかもしれぬ。だが我が家に伝わるレシピの中には平民に教えてはならぬ物があるのだ」
「そんなものがあるのですか」
確かに伝統ある家には門外不出の秘伝とか、他人に見せてはいけない秘宝や秘書とかがあったりするのですが、まさかそれがレシピでも存在するとは。
「だが我が一族は建築や造園、歌などに秀でた者はいるが料理に長けた者はいないのだ」
なるほど、メルヴィン家では一人一つずつ何かの芸術を担当しているようです。
そして子爵は鼻息を荒くして言います。
「そこでそなたに是非この料理を作ってもらいたいのだ」
「あの、話は分かりましたが、本日私が来たのは……」
「分かっている。料理の出来によっては例のメイドを安く渡してやらないこともない。そうなればおぬしを捨てたウィルが有能か無能かも分かるだろう」
「そんな」
子爵の言葉に私は困惑しました。来る前は金の亡者だと思っていましたが、どうやら正確には芸術のためなら手段を選ばない狂人のようです。
料理と聞いてウィルのあの反応が蘇ります。
フランクは私の料理をおいしいと言ってくれましたが、このような頭のおかしい人物が相手ではどんな反応になるのか想像もつきません。
とはいえ相手が狂った人物であるからこそ、うまくいけば本当にメイドをこちらに渡してくれるかもしれません。純粋な金額勝負では我が家がランカスター子爵家に勝てる訳がありませんが、今料理をうまく作れば勝てる可能性があります。
だとすればやるしかありません。
「分かりました。レシピを見せてください」
「いいだろう」
こうして事態は思わぬ展開になったのでした。
12
お気に入りに追加
5,816
あなたにおすすめの小説
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます
との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。
(さて、さっさと逃げ出すわよ)
公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。
リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。
どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。
結婚を申し込まれても・・
「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」
「「はあ? そこ?」」
ーーーーーー
設定かなりゆるゆる?
第一章完結
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
君は、妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは、婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でも、ある時、マリアは、妾の子であると、知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして、次の日には、迎えの馬車がやって来た。
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる