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メルヴィン子爵Ⅱ

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 メルヴィン子爵の屋敷にやってくると、そこは噂に違わず広大できれいな庭が広がっています。その中には王国の僻地でしか棲息していないような珍しい植物もたくさん咲いていました。仮に持ってくることが出来たとしてもそのままだと枯れてしまうので膨大な手間をかけて維持をしているのでしょう。
 屋敷も、古代の時代に流行ったとされる独特の建築様式で築かれており、この屋敷周辺だけ違う国に迷い込んだような気持ちになります。

 子爵の身分でここまでしているということはかなり強引に金儲けをしているのだろう、と思うと何とも言えない気持ちにはなりますが。

 私が屋敷に入ると、上等な服に身を包んだ執事たちが出迎えてくれます。
 応接室に通された私の元に子爵がやってくる。彼は少し太った恰幅のいい人物で、ぎらぎらと輝かせた目が印象的でした。

「本日は会談に応じていただきありがとうございます。エレン・リーンと申します」
「わしはモルク・メルヴィンだ。実は前からおぬしの噂は聴いていてな。それで会ってみようという気になったんだ」
「え、私の噂ですか?」

 特に噂になるようなことをした記憶はないのですが、一体何でしょうか。
 悪い噂ではないといいのですが。
 メイドの件を切り出そうと思ったのに、いきなり相手の出鼻をくじかれてしまいます。

「貴族令嬢に生まれながら手づから様々な料理をするということではないか」
「そうですが……あまり大したものではありませんが」

 そのせいでウィルとの仲も悪くなりましたし。
 もっとも今思い返すとウィルは単に私のことが嫌いだったから私の料理もまずく感じていただけだったような気がしますが。

 が、そんな世間話でなぜか子爵は目を輝かせています。

「そこで一度是非そなたの作った料理を食べてみたかったのだ」
「あの、お言葉ですが私よりうまい料理人でしたら他にもたくさんいると思いますが」

 私は困惑しながら答えました。
 私はあくまで貴族としての教育の傍ら練習していただけで、専門の料理人よりはどうしても腕が劣ると思います。
 というか、そもそもそんな話をしにきた訳ではないのですが。

 が、子爵は首をぶんぶんと横に振ります。

「確かにそうかもしれぬ。だが我が家に伝わるレシピの中には平民に教えてはならぬ物があるのだ」
「そんなものがあるのですか」

 確かに伝統ある家には門外不出の秘伝とか、他人に見せてはいけない秘宝や秘書とかがあったりするのですが、まさかそれがレシピでも存在するとは。

「だが我が一族は建築や造園、歌などに秀でた者はいるが料理に長けた者はいないのだ」

 なるほど、メルヴィン家では一人一つずつ何かの芸術を担当しているようです。
 そして子爵は鼻息を荒くして言います。

「そこでそなたに是非この料理を作ってもらいたいのだ」
「あの、話は分かりましたが、本日私が来たのは……」
「分かっている。料理の出来によっては例のメイドを安く渡してやらないこともない。そうなればおぬしを捨てたウィルが有能か無能かも分かるだろう」
「そんな」

 子爵の言葉に私は困惑しました。来る前は金の亡者だと思っていましたが、どうやら正確には芸術のためなら手段を選ばない狂人のようです。

 料理と聞いてウィルのあの反応が蘇ります。
 フランクは私の料理をおいしいと言ってくれましたが、このような頭のおかしい人物が相手ではどんな反応になるのか想像もつきません。

 とはいえ相手が狂った人物であるからこそ、うまくいけば本当にメイドをこちらに渡してくれるかもしれません。純粋な金額勝負では我が家がランカスター子爵家に勝てる訳がありませんが、今料理をうまく作れば勝てる可能性があります。

 だとすればやるしかありません。

「分かりました。レシピを見せてください」
「いいだろう」

 こうして事態は思わぬ展開になったのでした。
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