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Ⅲ
事件 ウィル視点Ⅲ
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「出来ました!」
それから二時間ほどして、ようやくシエラが作っていたケーキが焼き上がる。シエラは満面の笑みを浮かべているが、僕は期待と不安が半々という心境だった。
ちらっと一緒に作っていたメイドのレーナに視線を送るが、彼女も浮かない表情をしている。それを見て僕はますます不安になった。
経験豊富な彼女が手伝ってもこれだとは。
とはいえ運ばれてきたケーキは見た感じ、ふわふわとしたスポンジに生クリームがかかり、フルーツが並んだ普通のケーキである。
「おお、おいしそうだな」
僕はぎこちない口調で褒める。
シエラの料理はいつも見た目や匂いは悪くなかった。恐らくだが、見た目や匂いは作りながらでも分かるから壊滅的にはならないのではないか。
「ありがとうございます、今回はいろいろ教えてもらったので自信作なんです!」
そう言ってレーナがケーキを切り分けてくれる。
そしていよいよ僕の前に切り分けられたケーキが置かれた。
僕はレーナに味見をさせようかと思ったがやめた。仮にレーナがまずいと思ったとしても、それで僕が食べないという訳にはいかない。どうせ食べると決めているなら味見をしてもらう意味もないだろう。
そんなことを思いながら僕はケーキを口に入れた。
「ん……これは!?」
クリームは甘いのだが、スポンジを噛みしめるとなぜか辛い。そう言えば料理中にタバスコがどうとか聞こえてきたが、本当に入れてしまったのか。
しかもタバスコはかたまりになってしまっているようで、七割ぐらいは普通のケーキなのだが、ところどころで急に口の中に辛味が広がっていく。当然普通のケーキの味と辛さが合う訳もなく、そのたびに口の中で不協和音が起こる。しかもそのたびにタバスコの方が勝ってしまっていた。
そんなケーキをシエラも口に入れる。
「うん、おいしいです。うまく出来て良かった」
そして安堵しながらケーキを飲み込む。
僕は呆然としながら彼女を見つめた。しかし実際彼女はおいしそうに次々とフォークでケーキを口に運んでいる。
こんなケーキがおいしい訳がない!
それを見て僕は確信した。
彼女がレシピをいつも無視するのはそもそも味音痴だからだったのか!
普通の人なら何回か作っているうちにレシピを無視して作るとまずくなる、ということに気づくが、シエラの場合はそれも気づかないらしい。
それを見て僕は決意する。
彼女の料理の腕が上達することはほぼ確実にありえない以上、これからは彼女に料理させるのはやめよう、と。
「ああ、おいしいよ……」
これが最後だ、と思いながら僕はシエラが作ったケーキをおいしい振りをしながら食べる。ところどころ辛い部分を噛み潰すために目から涙がこぼれそうになるのを懸命に堪える。
「どうしました? 目が赤いですが」
「いや、僕はシエラの料理に感動しているんだ」
「まあ嬉しい」
僕の気持ちには気づかず、シエラは無邪気な笑みを浮かべた。
まさかこんなところで涙を我慢することを強いられるとは。
そしてようやく一切れのケーキを食べ終えるころには僕はもう一つの決意をしていた。ここまで料理の腕が絶望的なのであれば、何か別のことで気持ちを伝えてもらわなければ。
最初は会うだけで満たされていた僕のシエラへの思いは、だんだんそれだけでは満たされなくなっていった。
幸い女なら何の能力もなくても出来ることがある。
「おいしかった、シエラ。この後僕の部屋に来ないか?」
「え、でも今日はそろそろ……」
あまり遅くなってはいけない、というのは僕も分かっている。
その上で誘っているのだ。
「まあ少しぐらいいいじゃないか」
「まあ、少しなら」
僕は戸惑うシエラの手をとって強引に自室に連れ込む。
間近で見るとやはりシエラはきれいだ。掴んだ手も柔らかい。それに急な誘いに多少困惑していても、僕のことを信じ切っている。
そんな彼女を見て僕はやはり彼女こそが自分にふさわしい女である、と確信するのだった。
それから二時間ほどして、ようやくシエラが作っていたケーキが焼き上がる。シエラは満面の笑みを浮かべているが、僕は期待と不安が半々という心境だった。
ちらっと一緒に作っていたメイドのレーナに視線を送るが、彼女も浮かない表情をしている。それを見て僕はますます不安になった。
経験豊富な彼女が手伝ってもこれだとは。
とはいえ運ばれてきたケーキは見た感じ、ふわふわとしたスポンジに生クリームがかかり、フルーツが並んだ普通のケーキである。
「おお、おいしそうだな」
僕はぎこちない口調で褒める。
シエラの料理はいつも見た目や匂いは悪くなかった。恐らくだが、見た目や匂いは作りながらでも分かるから壊滅的にはならないのではないか。
「ありがとうございます、今回はいろいろ教えてもらったので自信作なんです!」
そう言ってレーナがケーキを切り分けてくれる。
そしていよいよ僕の前に切り分けられたケーキが置かれた。
僕はレーナに味見をさせようかと思ったがやめた。仮にレーナがまずいと思ったとしても、それで僕が食べないという訳にはいかない。どうせ食べると決めているなら味見をしてもらう意味もないだろう。
そんなことを思いながら僕はケーキを口に入れた。
「ん……これは!?」
クリームは甘いのだが、スポンジを噛みしめるとなぜか辛い。そう言えば料理中にタバスコがどうとか聞こえてきたが、本当に入れてしまったのか。
しかもタバスコはかたまりになってしまっているようで、七割ぐらいは普通のケーキなのだが、ところどころで急に口の中に辛味が広がっていく。当然普通のケーキの味と辛さが合う訳もなく、そのたびに口の中で不協和音が起こる。しかもそのたびにタバスコの方が勝ってしまっていた。
そんなケーキをシエラも口に入れる。
「うん、おいしいです。うまく出来て良かった」
そして安堵しながらケーキを飲み込む。
僕は呆然としながら彼女を見つめた。しかし実際彼女はおいしそうに次々とフォークでケーキを口に運んでいる。
こんなケーキがおいしい訳がない!
それを見て僕は確信した。
彼女がレシピをいつも無視するのはそもそも味音痴だからだったのか!
普通の人なら何回か作っているうちにレシピを無視して作るとまずくなる、ということに気づくが、シエラの場合はそれも気づかないらしい。
それを見て僕は決意する。
彼女の料理の腕が上達することはほぼ確実にありえない以上、これからは彼女に料理させるのはやめよう、と。
「ああ、おいしいよ……」
これが最後だ、と思いながら僕はシエラが作ったケーキをおいしい振りをしながら食べる。ところどころ辛い部分を噛み潰すために目から涙がこぼれそうになるのを懸命に堪える。
「どうしました? 目が赤いですが」
「いや、僕はシエラの料理に感動しているんだ」
「まあ嬉しい」
僕の気持ちには気づかず、シエラは無邪気な笑みを浮かべた。
まさかこんなところで涙を我慢することを強いられるとは。
そしてようやく一切れのケーキを食べ終えるころには僕はもう一つの決意をしていた。ここまで料理の腕が絶望的なのであれば、何か別のことで気持ちを伝えてもらわなければ。
最初は会うだけで満たされていた僕のシエラへの思いは、だんだんそれだけでは満たされなくなっていった。
幸い女なら何の能力もなくても出来ることがある。
「おいしかった、シエラ。この後僕の部屋に来ないか?」
「え、でも今日はそろそろ……」
あまり遅くなってはいけない、というのは僕も分かっている。
その上で誘っているのだ。
「まあ少しぐらいいいじゃないか」
「まあ、少しなら」
僕は戸惑うシエラの手をとって強引に自室に連れ込む。
間近で見るとやはりシエラはきれいだ。掴んだ手も柔らかい。それに急な誘いに多少困惑していても、僕のことを信じ切っている。
そんな彼女を見て僕はやはり彼女こそが自分にふさわしい女である、と確信するのだった。
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