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Ⅰ
ウィル視点Ⅰ
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「ど、どうしましょう」
走っていくエレンの後ろ姿を見てシエラは呆然としていた。
シエラは気立てがいい娘だから別に僕をエレンから奪おうとかそんな大それたことを考えていた訳ではなく、ただ好意をそのまま表してくれていただけなのだろう。だからきっとシエラがきっかけになって僕とエレンが決裂してしまったことを気に病んでいるに違いない。
全く、エレンも僕に怒るのはいいけど、もう少しシエラが気に病まないように気を遣ってあげればいいのに。彼女は僕がシエラと話しているのがよほど気にかかるのか、シエラに対する当たりが強い気がする。
そう思って僕は内心溜め息をつく。
「シエラは何も気にしなくていい」
「ええ、でも……」
「それよりもせっかく僕のためにクッキーを焼いてくれたんだろう? それをくれないか?」
「は、はい」
戸惑いながらもシエラは僕にクッキーの残りを差し出してくれる。
一口食べるとシエラの気持ちがこもった優しい味が口の中に広がり、僕も少し落ち着きを取り戻す。
そもそもなぜこんなことになってしまったのか。
婚約が決まった当初、エレンは真面目で気立てがいい娘、と評判だったので僕はほっとしたものだ。爵位は下でも、実際一緒に暮らしていくにあたって気になるのは人柄ではないか。
それから彼女とは何回か会った。
基本的に彼女は常に僕に気を遣ってくれているし、料理や裁縫など多芸でもあった。だから些細な違和感を抱きつつも、僕は穏やかに彼女との日々を過ごしていた。
が、そんな僕に違和感の正体を気づかせてくれたのはシエラだった。
ある日、僕がリーン家の屋敷に赴いた時のことである。
その日はたまたまエレンではなく、シエラが僕を出迎えた。シエラは僕の姿を見ると、ぱっと花が咲くような笑みを浮かべた。その笑顔を見た瞬間、これが心からの笑顔だと分かってしまった。もちろんエレンもこれまで僕に笑顔を向けてくれていたが、あれは作り物に過ぎない。
シエラの笑顔を見た時僕はそれに気づいてしまった。
「あなたがウィルさんですね? いつも姉がお世話になっております、妹のシエラと言います」
「いや、こちらこそいつもエレンにはお世話になっているよ」
シエラの表情からは僕に対する無邪気な好意が感じられた。
エレンとシエラは姉妹というだけあってよく似ているが、だからこそ二人の決定的な違いに気づいてしまったのだろう。
エレンが僕に対してすることは全部義務感で仕方なくやっていることであり、彼女の本心からやっていることではないのだ、と。
その証拠にシエラの笑顔はこんなにも美しい。
そしてシエラが作ってくれたクッキーはエレンが作ってくれた料理に比べて技術は拙いのに、真心が感じられた。
それ以来、エレンと話しているといつもそれが気になるようになってしまった。
エレンはいつも僕が好みそうな話題を選んでくるし、屋敷に招く時は僕が喜びそうな料理を用意してくれる。
でもそれはそうしたら僕が喜ぶ、ということを知っていて計算でやっているに違いない。笑顔だって心からのものではない。彼女はきっと僕と一緒にいても全く楽しいと思っていないのだろう。そう思うと、しゃべっていても全然楽しくないし、料理を食べても全然味がしなくなっていた。
例えるなら、彼女と話すのは人形と話しているようだし、彼女の料理を食べるのはゴムの塊でも食べているかのようだ。
僕も出来るだけ婉曲にそれを伝えようとしたが、エレンは全くそれを理解せず、むしろどんどん悪化していった。
そんな風に彼女と無味乾燥な時間を過ごすのが僕は次第に苦痛になってきた。
それでも彼女との関係をどうにか続けたのはシエラの存在があったからだ。
エレンの屋敷に行けばシエラがいる。シエラと会えばまた僕に無垢な笑顔を見せかける。
彼女と会うことだけを目的に僕は彼女との関係を続けていた。
だから彼女を僕の屋敷に招くなんてごめんだった。
とはいえ、今日のエレンはいつもより一際酷かった。彼女は何を勘違いしたのか、いつもよりもよりも無理矢理、それこそ感情を殺して準備をしたようだった。
そんな作り物のようなもてなしを受けて僕はずっと気分が悪くて仕方ないと言うのに。
だから彼女が激怒して去っていったのを見て、僕の方もようやく解放されたような気持ちになったと言う訳であった。
走っていくエレンの後ろ姿を見てシエラは呆然としていた。
シエラは気立てがいい娘だから別に僕をエレンから奪おうとかそんな大それたことを考えていた訳ではなく、ただ好意をそのまま表してくれていただけなのだろう。だからきっとシエラがきっかけになって僕とエレンが決裂してしまったことを気に病んでいるに違いない。
全く、エレンも僕に怒るのはいいけど、もう少しシエラが気に病まないように気を遣ってあげればいいのに。彼女は僕がシエラと話しているのがよほど気にかかるのか、シエラに対する当たりが強い気がする。
そう思って僕は内心溜め息をつく。
「シエラは何も気にしなくていい」
「ええ、でも……」
「それよりもせっかく僕のためにクッキーを焼いてくれたんだろう? それをくれないか?」
「は、はい」
戸惑いながらもシエラは僕にクッキーの残りを差し出してくれる。
一口食べるとシエラの気持ちがこもった優しい味が口の中に広がり、僕も少し落ち着きを取り戻す。
そもそもなぜこんなことになってしまったのか。
婚約が決まった当初、エレンは真面目で気立てがいい娘、と評判だったので僕はほっとしたものだ。爵位は下でも、実際一緒に暮らしていくにあたって気になるのは人柄ではないか。
それから彼女とは何回か会った。
基本的に彼女は常に僕に気を遣ってくれているし、料理や裁縫など多芸でもあった。だから些細な違和感を抱きつつも、僕は穏やかに彼女との日々を過ごしていた。
が、そんな僕に違和感の正体を気づかせてくれたのはシエラだった。
ある日、僕がリーン家の屋敷に赴いた時のことである。
その日はたまたまエレンではなく、シエラが僕を出迎えた。シエラは僕の姿を見ると、ぱっと花が咲くような笑みを浮かべた。その笑顔を見た瞬間、これが心からの笑顔だと分かってしまった。もちろんエレンもこれまで僕に笑顔を向けてくれていたが、あれは作り物に過ぎない。
シエラの笑顔を見た時僕はそれに気づいてしまった。
「あなたがウィルさんですね? いつも姉がお世話になっております、妹のシエラと言います」
「いや、こちらこそいつもエレンにはお世話になっているよ」
シエラの表情からは僕に対する無邪気な好意が感じられた。
エレンとシエラは姉妹というだけあってよく似ているが、だからこそ二人の決定的な違いに気づいてしまったのだろう。
エレンが僕に対してすることは全部義務感で仕方なくやっていることであり、彼女の本心からやっていることではないのだ、と。
その証拠にシエラの笑顔はこんなにも美しい。
そしてシエラが作ってくれたクッキーはエレンが作ってくれた料理に比べて技術は拙いのに、真心が感じられた。
それ以来、エレンと話しているといつもそれが気になるようになってしまった。
エレンはいつも僕が好みそうな話題を選んでくるし、屋敷に招く時は僕が喜びそうな料理を用意してくれる。
でもそれはそうしたら僕が喜ぶ、ということを知っていて計算でやっているに違いない。笑顔だって心からのものではない。彼女はきっと僕と一緒にいても全く楽しいと思っていないのだろう。そう思うと、しゃべっていても全然楽しくないし、料理を食べても全然味がしなくなっていた。
例えるなら、彼女と話すのは人形と話しているようだし、彼女の料理を食べるのはゴムの塊でも食べているかのようだ。
僕も出来るだけ婉曲にそれを伝えようとしたが、エレンは全くそれを理解せず、むしろどんどん悪化していった。
そんな風に彼女と無味乾燥な時間を過ごすのが僕は次第に苦痛になってきた。
それでも彼女との関係をどうにか続けたのはシエラの存在があったからだ。
エレンの屋敷に行けばシエラがいる。シエラと会えばまた僕に無垢な笑顔を見せかける。
彼女と会うことだけを目的に僕は彼女との関係を続けていた。
だから彼女を僕の屋敷に招くなんてごめんだった。
とはいえ、今日のエレンはいつもより一際酷かった。彼女は何を勘違いしたのか、いつもよりもよりも無理矢理、それこそ感情を殺して準備をしたようだった。
そんな作り物のようなもてなしを受けて僕はずっと気分が悪くて仕方ないと言うのに。
だから彼女が激怒して去っていったのを見て、僕の方もようやく解放されたような気持ちになったと言う訳であった。
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