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シエラ

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 さて、夕食が終わるとウィルはうちに泊まる予定もなく、帰らないといけません。気まずくなってはしまいましたが、せめて帰る前ぐらい送り出さなければと思いつつ私はウィルの姿を探します。

 そもそも彼は「夕食はもういい」と部屋を出ていきましたが、一体どこに行ってしまったのでしょうか。
 そんなことを思いつつ狭い屋敷をうろうろします。こういう時だけは屋敷が狭いと便利です。

 歩き回っていると、ふと妹のシエラの部屋から会話が聞こえてきたため私は足を止めました。うちは使用人の数が少なく忙しいため、あまり使用人と話しているということもありません。彼女は一体誰と話しているのでしょうか。

「実は私、最近お菓子作りにはまっているんです」
「そうなのか。それは食べてみたいな」

 そう答えたのはウィルでした。
 私と結婚すればシエラとウィルも親族になる以上それ自体はそこまでおかしくはありません。

 が、その声を聞いて私は少し違和感を覚えました。何というか、普段私と話している時のウィルはどちらかというと落ち着いた声なのに、今はやけに弾んだ声で話しているような気がするのです。

「そう言われると思って実は用意しておいたんです」

 シエラがそう言った後、がさがさと袋がこすれるような音がしました。
 大方、焼き菓子が入った袋でも渡したのでしょう。
 それを受け取り、ウィルは喜びの声をあげました。

「おお、これはいいにおいだ……今食べてみてもいいかな?」
「はい、どうぞ」
「うん……これはうまい。何というか、シエラの心がこもっているような気がする」

 その言葉を聞いて、私は胸を刺すような痛みが走りました。
 先ほど私は心がこもっていないと言われたのに、シエラの作ったお菓子は何が違うというのでしょうか。

「もちろんです、将来の義兄になられる方だと心をこめて作りましたので」
「そうか……うん、いくつでも行けそうだ」

 そう言ってウィルが夢中でクッキーを食べる音が聞こえてきます。お菓子は別腹とはいえ、先ほどは食が進まないと言っていたのに。

 そんなウィルの反応に心が痛みますが、私は立ち聞きをやめることが出来ませんでした。

「まあ、そんなに食べてしまわれるなんて。お土産のつもりで作りましたのに」

 驚きつつも弾んだ声でシエラが喜びを伝えます。

「あはは、僕もこんなにおいしいとは思わなくてね。つい全部食べてしまったよ」

 そう言ってウィルも照れ臭そうに返事しました。
 あんな態度、今まで私の前で見せたことがあったでしょうか。

 二人の仲良さげな様子に堪えられなくなった私はこんこんとドアをノックします。

「な、何でしょう?」

 すると、シエラの若干狼狽したような返事が聞こえます。
 そこで私は出来るだけ動揺してない風を装って答えました。

「ウィル、そろそろ馬車の準備が出来ましたよ」
「ああそうか、わざわざすまない」

 幸いウィルは私が話を聞いていたことまでは気づいていない様子でした。
 ですが私にそう答えたウィルの声は先ほどまでシエラと話していたのとは違い、どこかよそゆきの声です。言い換えると、いつも私と話していた時の声です。
 先ほどまでの声を聞いてだけに、その違いははっきりと分かってしまいました。

「ありがとう……じゃあ行ってくる」

 ウィルはシエラに小声でささやいてドアを開けるのでした。

「すまない、わざわざ迎えに来てくれて」
「いえ、それはいいのですが……シエラと何の話をしていたんですか? 随分楽しそうでしたが」
「何だ、将来義妹となる相手と話していたのに嫉妬しているのか?」

 ウィルは若干不機嫌そうに言います。
 別にそういうつもりはなく出来るだけ当たり障りなく訊いたつもりなのですが、先ほどの会話を聞いていた時のもやもやが表情に出てしまっていたのでしょうか。

「いえ、そんなことはないですが」
「ならいいだろう。一応家族には挨拶しておかなければと思っただけだ」

 ウィルはそう言うものの、両親やシエラには挨拶していましたが、私の幼い弟には会っていません。
 挨拶というのはシエラと話す口実ではないか。
 そんな風に思えてしまいます。

 とはいえそんなことを話しているうちに私たちは屋敷の外に出ました。
 そこにはすでに馬車が出発の用意を終えて待っています。

「じゃあまた来るよ」
「はい、お気をつけて」

 こうしてウィルは馬車に乗り込み、自分の屋敷に帰っていくのでした。
 私はそれをもやもやした気持ちで見送りました。
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