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Ⅳ
リアナとクリフⅡ
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「……なるほど、そういうことだったのか」
私の話を聞いたクリフは感心のあまりか、しばらく言葉を発することも出来ないようだった。
が、やがて少し考えた末に言う。
「俺がずっと立ち止まっている間にリアナは随分先に進んでしまっていたのだな」
「……」
クリフの言葉に私は沈黙する。
言われてみれば確かにそうだ、と思ったのだがさすがに本人を前にして頷くような無神経ではない。とはいえそもそも、私とクリフとの関係性というのはずっとこうであった気がする。幼いころはクリフの方が格好良かったはずなのに、気が付くと私だけが成長してクリフはずっと立ち止まっていた。
とはいえ、それを自覚した辺りクリフの方もようやく歩き出したのだろう。
……何て言うとまるで私が上から目線みたいだけど。
そんなことを考えつつ私はクリフの反応をうかがう。
クリフは少し自分の中で言葉を整理してから慎重に口を開く。
「最近ずっと考えていたんだ、俺はこれからどうしようって。それで一つ思ったことがあるんだ、まず俺はリアナから自由にならないといけないし、いい加減自分からリアナを解放しないといけないんだって」
「……」
クリフの言葉に私は少し驚く。
要するに私とクリフの間に残っている婚約がお互いにとっての足枷になっているということなのだが、私はそれをクリフが切り出したことに驚いた訳ではない。
クリフが、自分が婚約が面倒になったからと言う訳ではなく、その婚約によって縛られている私にも気を配っているのが分かったからだ。
それを聞いてつい、もっと早くそういう気遣いを見せてくれていれば良かったのに、と少しだけ思ってしまう。
そうだったら、今頃私たちの関係は全然違ったものになっていただろう。
「これまでリアナの婚約者として何も婚約者らしいことをしてこれなかったから、これから最初で最後の仕事をしようと思う」
「それって……」
私はクリフの「最初で最後の」と言う言葉に息を飲む。
「俺がこれから父上を説得する。そして、リアナとの婚約解消を受け入れるつもりだ」
「……本当にいいの?」
クリフの言葉に私は驚く。
私の頼みは訊いてもらう。婚約は解消する。
これは私の立場から見ればかなり虫のいい要求だ。
だが、クリフはしっかりと頷いた。
「ああ、俺が言うことでもないが、このまま婚約を続けてもお互いにとって枷にしかならないと思う。ただ、俺は今まで婚約者として君に負担ばかりをかけてきた。だから最後に君の役に立とうと思ってね」
「……ありがとう」
「とはいえ、実はそれ以外にも俺も、エルマをオスカーから助けたいという希望があってね。ちょうどどうにかならないか考えていたところだ」
そうだったのか。
一度クリフがエルマと決裂してからてっきりそのままだと思っていたけど、彼はまだエルマに対する執着を残していたとは。
ということは、私はカーティスのために頑張っていて、クリフはエルマのために頑張るということか。それなら私もそれ以上クリフに対して気にする必要もない。
「もっとも、こんなことを言っておいて、まだ父上の説得が成功するとは限らないけど」
そう言って、クリフはそれまで険しい表情をしていたが、苦笑いを浮かべる。
確かにこれはあくまで私やクリフの事情であって、アンドリュー公爵にしてみればこの問題でどう対処するかという問題については別な立場があるのだろう。
そしてこれまで政治とか学問とかの面倒なことから逃げてきたクリフに説得が出来るだろうか。
とはいえ、私に出来るのはここまでだ。アンドリュー公の説得はクリフに任せるしかない。
そして私は自分に出来ることをするべきだ。
「分かった。それならクリフに任せる」
「ああ、ありがとう。……それから今までのこと、全部ごめん」
クリフは再び神妙な表情に戻って言う。
その台詞に驚きはしたが、残念ながらここで気持ちよく「いいよ」というには私たちの間のわだかまりは大きすぎた。
婚約して以来クリフとの間にあった様々なことが脳裏をよぎる。
「……」
たくさんのことを一気に思い出してしまい、私は沈黙してしまう。
とはいえクリフも私の返答を求めてはいなかったのだろう、
「じゃ」
と言って席を立つのだった。
私の話を聞いたクリフは感心のあまりか、しばらく言葉を発することも出来ないようだった。
が、やがて少し考えた末に言う。
「俺がずっと立ち止まっている間にリアナは随分先に進んでしまっていたのだな」
「……」
クリフの言葉に私は沈黙する。
言われてみれば確かにそうだ、と思ったのだがさすがに本人を前にして頷くような無神経ではない。とはいえそもそも、私とクリフとの関係性というのはずっとこうであった気がする。幼いころはクリフの方が格好良かったはずなのに、気が付くと私だけが成長してクリフはずっと立ち止まっていた。
とはいえ、それを自覚した辺りクリフの方もようやく歩き出したのだろう。
……何て言うとまるで私が上から目線みたいだけど。
そんなことを考えつつ私はクリフの反応をうかがう。
クリフは少し自分の中で言葉を整理してから慎重に口を開く。
「最近ずっと考えていたんだ、俺はこれからどうしようって。それで一つ思ったことがあるんだ、まず俺はリアナから自由にならないといけないし、いい加減自分からリアナを解放しないといけないんだって」
「……」
クリフの言葉に私は少し驚く。
要するに私とクリフの間に残っている婚約がお互いにとっての足枷になっているということなのだが、私はそれをクリフが切り出したことに驚いた訳ではない。
クリフが、自分が婚約が面倒になったからと言う訳ではなく、その婚約によって縛られている私にも気を配っているのが分かったからだ。
それを聞いてつい、もっと早くそういう気遣いを見せてくれていれば良かったのに、と少しだけ思ってしまう。
そうだったら、今頃私たちの関係は全然違ったものになっていただろう。
「これまでリアナの婚約者として何も婚約者らしいことをしてこれなかったから、これから最初で最後の仕事をしようと思う」
「それって……」
私はクリフの「最初で最後の」と言う言葉に息を飲む。
「俺がこれから父上を説得する。そして、リアナとの婚約解消を受け入れるつもりだ」
「……本当にいいの?」
クリフの言葉に私は驚く。
私の頼みは訊いてもらう。婚約は解消する。
これは私の立場から見ればかなり虫のいい要求だ。
だが、クリフはしっかりと頷いた。
「ああ、俺が言うことでもないが、このまま婚約を続けてもお互いにとって枷にしかならないと思う。ただ、俺は今まで婚約者として君に負担ばかりをかけてきた。だから最後に君の役に立とうと思ってね」
「……ありがとう」
「とはいえ、実はそれ以外にも俺も、エルマをオスカーから助けたいという希望があってね。ちょうどどうにかならないか考えていたところだ」
そうだったのか。
一度クリフがエルマと決裂してからてっきりそのままだと思っていたけど、彼はまだエルマに対する執着を残していたとは。
ということは、私はカーティスのために頑張っていて、クリフはエルマのために頑張るということか。それなら私もそれ以上クリフに対して気にする必要もない。
「もっとも、こんなことを言っておいて、まだ父上の説得が成功するとは限らないけど」
そう言って、クリフはそれまで険しい表情をしていたが、苦笑いを浮かべる。
確かにこれはあくまで私やクリフの事情であって、アンドリュー公爵にしてみればこの問題でどう対処するかという問題については別な立場があるのだろう。
そしてこれまで政治とか学問とかの面倒なことから逃げてきたクリフに説得が出来るだろうか。
とはいえ、私に出来るのはここまでだ。アンドリュー公の説得はクリフに任せるしかない。
そして私は自分に出来ることをするべきだ。
「分かった。それならクリフに任せる」
「ああ、ありがとう。……それから今までのこと、全部ごめん」
クリフは再び神妙な表情に戻って言う。
その台詞に驚きはしたが、残念ながらここで気持ちよく「いいよ」というには私たちの間のわだかまりは大きすぎた。
婚約して以来クリフとの間にあった様々なことが脳裏をよぎる。
「……」
たくさんのことを一気に思い出してしまい、私は沈黙してしまう。
とはいえクリフも私の返答を求めてはいなかったのだろう、
「じゃ」
と言って席を立つのだった。
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