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Ⅳ
クリフの決心
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リアナが頑張っている頃、俺はここ最近学園の雰囲気がきなくさくなってきたな、などと思いつつも自分には関係ないことだと思いながら過ごしていた。
俺の家、アンドリュー公爵家は国で有数の大貴族だ。だからメイナード家に対しても特に弱みはないし、脅しを掛けられることもない。
俺が学園内で孤立していることもあって、学園内の空気の悪さは自分には関係ないものとなっていた。
今自分がすべきことは目の前のことを着実にこなして少しでもまともな人間に戻ること、要は勉強を頑張ることだ。そう思って僕は一人コツコツ後れを取り戻そうとしていた。
リアナはあれから家のためにか、それともカーティスのためにか頑張ろうとしたらしく、色んな生徒に声をかけている。相変わらず彼女は俺と違って真面目で行動力がある。
色々な貴族の思惑や人間関係が複雑に絡まり合っているこの問題はリアナ一人の活躍でどうにかなるとは思えないが、それでも最後の一押しぐらいにはなるかもしれない、と俺は他人事のように思っていた。
そして俺はその問題にそれ以上関わる気もなかった。
が、そんな僕の気が変わるような出来事が起こったのはある日の放課後のことである。
いつものように授業が終わって屋敷に帰ろうとしていると、この間僕が助け出したはずのエルマが再びオスカーに話しかけているのを見てしまった。オスカーは周囲に子分や取り巻きを侍らせていたが、エルマが声をかけると遠目から見ても一目でわかるほど、下卑た笑みを浮かべている。
一方のエルマはそれを見て体を強張らせてはいるものの、決してオスカーの前から離れようとはしない。
あんなことがあったというのに。
あの日のことを思い出すと、自分でも驚くほどの嫌悪感が込み上げてくる。
さてはもしかして弱みでも握られてしまったのだろうか。
そう思った俺は自然に体が動いていた。
気が付くと、俺はオスカーとエルマの間に入っていた。
「何だ、お前は」
そんな俺を見てオスカーがギロリと睨みつける。
助けにきたはずのエルマですら俺を困惑の眼差しで見つめていた。
「悪いが、俺はエルマに用があるんだ。行くぞ」
「え?」
エルマは困惑していたが、俺は無理矢理彼女の手を引いて歩いていく。
が、オスカーはまるで自分の勝利を確信しているかのように笑うだけで、エルマの手を引いて立ち去ろうとする俺を止めようとはしなかった。
「助けてくれてありがとう」
オスカーから少し離れたところでエルマは固い表情でそう言った。
「ああ、だが何でまた」
「でも、私はもう彼と仲良くなるしかないの、だから放っておいて」
エルマは固い表情で続ける。
そんな表情をされたら余計に放っておけるわけがない。
「そんなことは出来ない。言っては悪いが、あいつは女なんてよりどりみどりだ。家柄があいつより低い君なんて、愛人ぐらいにしか思ってないだろう」
「それは……でも……」
エルマも俺の言うことが内心では正しいと気づいているのだろう、そう言って俯く。
「でも、彼と結ばれないと私はもう本当に家に入れてもらえないらしくて……だからもうこれしかないの」
「そんな、それが親のすることか」
俺はそう言ったものの、元々エルマが俺にすり寄って来たのもそれが原因だろう。
俺には婚約者がいたとはいえ、俺とくっついて玉の輿を狙っていたのが失敗したせいで彼女がオスカーと結ばれなければならなくなったと言えなくもない。
そしてクリフにはエルマが家から勘当されても助けることは出来ない。
それを分かっていたからこそ、オスカーは俺が奴の前からエルマを連れ去っても余裕のある笑みを浮かべていたのだろう。
それならいくら俺が目の前でエルマをオスカーから引き離しても意味がない。
もっと根本的な問題を何とかしなければ。
そう思った瞬間、俺の中で様々なことが一つに繋がる。
「それなら父親に伝えてくれないか? どうせオスカーのやつはもうすぐ敗北する! だからあんなやつの歓心を惹いても意味なんてないとな!」
「え?」
俺の言葉にエルマは困惑する。
だが、この時俺は反射的にではあるが決断していた。
このままエルマがオスカーにアクセサリーのような女として扱われるのかと思うと我慢ならなかったのだ。
考えてみると出会い方はエルマの色仕掛けだったが、俺はずっとエルマに惹かれてしまっていたのだろう。あんな色仕掛けで落とされるなんて、という思いはあるがきっと俺は単純な男なのだろう。
俺がエルマに騙されていたと知って激怒したのも、それはエルマに対する愛情があったからだ。もし何とも思っていない相手であれば騙されたところであそこまで怒ることもなかったはずだ。
ならば俺がエルマを助ける。
「これでも俺の家は国で有数の貴族なんだ」
「それは知っているけど」
「だからメイナード家の陰謀なんか失敗させてやるよ」
「本当に?」
エルマの瞳にかすかな期待の色が宿る。もしかしたらあの日エルマを助けた時の俺を思い出したのかもしれない。
彼女だって当然、出来ることならオスカーなんかに近づきたくもなかったのだろう。
本当に仕方なく、父親の命令で彼に取り入ろうとしていたのだ。
だからこそ俺は彼女に抱かせた期待を裏切る訳にはいかない。
「ああ、本当だ」
俺は大きく頷くのだった。
そんな俺を、エルマは期待と不安の入り混ざった表情で見つめていた。
俺の家、アンドリュー公爵家は国で有数の大貴族だ。だからメイナード家に対しても特に弱みはないし、脅しを掛けられることもない。
俺が学園内で孤立していることもあって、学園内の空気の悪さは自分には関係ないものとなっていた。
今自分がすべきことは目の前のことを着実にこなして少しでもまともな人間に戻ること、要は勉強を頑張ることだ。そう思って僕は一人コツコツ後れを取り戻そうとしていた。
リアナはあれから家のためにか、それともカーティスのためにか頑張ろうとしたらしく、色んな生徒に声をかけている。相変わらず彼女は俺と違って真面目で行動力がある。
色々な貴族の思惑や人間関係が複雑に絡まり合っているこの問題はリアナ一人の活躍でどうにかなるとは思えないが、それでも最後の一押しぐらいにはなるかもしれない、と俺は他人事のように思っていた。
そして俺はその問題にそれ以上関わる気もなかった。
が、そんな僕の気が変わるような出来事が起こったのはある日の放課後のことである。
いつものように授業が終わって屋敷に帰ろうとしていると、この間僕が助け出したはずのエルマが再びオスカーに話しかけているのを見てしまった。オスカーは周囲に子分や取り巻きを侍らせていたが、エルマが声をかけると遠目から見ても一目でわかるほど、下卑た笑みを浮かべている。
一方のエルマはそれを見て体を強張らせてはいるものの、決してオスカーの前から離れようとはしない。
あんなことがあったというのに。
あの日のことを思い出すと、自分でも驚くほどの嫌悪感が込み上げてくる。
さてはもしかして弱みでも握られてしまったのだろうか。
そう思った俺は自然に体が動いていた。
気が付くと、俺はオスカーとエルマの間に入っていた。
「何だ、お前は」
そんな俺を見てオスカーがギロリと睨みつける。
助けにきたはずのエルマですら俺を困惑の眼差しで見つめていた。
「悪いが、俺はエルマに用があるんだ。行くぞ」
「え?」
エルマは困惑していたが、俺は無理矢理彼女の手を引いて歩いていく。
が、オスカーはまるで自分の勝利を確信しているかのように笑うだけで、エルマの手を引いて立ち去ろうとする俺を止めようとはしなかった。
「助けてくれてありがとう」
オスカーから少し離れたところでエルマは固い表情でそう言った。
「ああ、だが何でまた」
「でも、私はもう彼と仲良くなるしかないの、だから放っておいて」
エルマは固い表情で続ける。
そんな表情をされたら余計に放っておけるわけがない。
「そんなことは出来ない。言っては悪いが、あいつは女なんてよりどりみどりだ。家柄があいつより低い君なんて、愛人ぐらいにしか思ってないだろう」
「それは……でも……」
エルマも俺の言うことが内心では正しいと気づいているのだろう、そう言って俯く。
「でも、彼と結ばれないと私はもう本当に家に入れてもらえないらしくて……だからもうこれしかないの」
「そんな、それが親のすることか」
俺はそう言ったものの、元々エルマが俺にすり寄って来たのもそれが原因だろう。
俺には婚約者がいたとはいえ、俺とくっついて玉の輿を狙っていたのが失敗したせいで彼女がオスカーと結ばれなければならなくなったと言えなくもない。
そしてクリフにはエルマが家から勘当されても助けることは出来ない。
それを分かっていたからこそ、オスカーは俺が奴の前からエルマを連れ去っても余裕のある笑みを浮かべていたのだろう。
それならいくら俺が目の前でエルマをオスカーから引き離しても意味がない。
もっと根本的な問題を何とかしなければ。
そう思った瞬間、俺の中で様々なことが一つに繋がる。
「それなら父親に伝えてくれないか? どうせオスカーのやつはもうすぐ敗北する! だからあんなやつの歓心を惹いても意味なんてないとな!」
「え?」
俺の言葉にエルマは困惑する。
だが、この時俺は反射的にではあるが決断していた。
このままエルマがオスカーにアクセサリーのような女として扱われるのかと思うと我慢ならなかったのだ。
考えてみると出会い方はエルマの色仕掛けだったが、俺はずっとエルマに惹かれてしまっていたのだろう。あんな色仕掛けで落とされるなんて、という思いはあるがきっと俺は単純な男なのだろう。
俺がエルマに騙されていたと知って激怒したのも、それはエルマに対する愛情があったからだ。もし何とも思っていない相手であれば騙されたところであそこまで怒ることもなかったはずだ。
ならば俺がエルマを助ける。
「これでも俺の家は国で有数の貴族なんだ」
「それは知っているけど」
「だからメイナード家の陰謀なんか失敗させてやるよ」
「本当に?」
エルマの瞳にかすかな期待の色が宿る。もしかしたらあの日エルマを助けた時の俺を思い出したのかもしれない。
彼女だって当然、出来ることならオスカーなんかに近づきたくもなかったのだろう。
本当に仕方なく、父親の命令で彼に取り入ろうとしていたのだ。
だからこそ俺は彼女に抱かせた期待を裏切る訳にはいかない。
「ああ、本当だ」
俺は大きく頷くのだった。
そんな俺を、エルマは期待と不安の入り混ざった表情で見つめていた。
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