浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃

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オスカー・メイナード

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 それから数日、学園ではイヴやカーティスと話したり、放課後はニコラス先生に勉強を習ったり、自分の勉強をしたりと普通の学生のように充実した日々を送っていた。
 当初はクリフのような大きな存在が自分の日常からいなくなったらもっと大きな変化があるのかと思っていたが、意外と慣れてしまった。クリフは相変わらず抜け殻のような様子で日々を送っている。

 そんなある日のこと、私が昼休みに廊下を歩いていると、前から小走りで上級生が走ってくる。避けようとしたが、相手の肩幅が広いこともあってぶつかってしまった。

「きゃあっ」

 私は衝撃で尻餅をつく。
 向こうは私程度の小柄な人物とぶつかっても大して痛くないのだろう、肩をさすりながらギロリとこちらを見下ろす。目が合った瞬間、私は体がびくりと震えるのを感じる。
 基本的に名家の生まれで温和な人物が多いこの学園では異質な存在と言っていいだろう。その目つきは貴族というはごろつきのものに思えた。

 確か彼は四年生のオスカー・メイナードだ。メイナード公爵家というこれまた名家の生まれで、実家の大きさと態度の大きさで学園内でも有名である。

「おい、この俺にぶつかっておいて謝罪もなしか?」

 彼は早速私を脅して来た。
 体格の差に目つきの悪さも合わさって、私はつい体がすくんでしまう。

「す、すみません」
「おい、謝るなら俺の目を見て『ごめんなさい』だろ? 最近の下級生はマナーも知らないのか?」

 そう言って彼は聞こえるように大袈裟に舌打ちしてみせる。
 明らかにぶつかってきたのは向こうが先で嫌がらせだろうと分かっていても、実際こういう場面に陥ってみるとどうしていいか分からなかった。

 委縮している私に対して彼はさらに追撃しようとした。
 その時だった、不意に一人の人影が彼と私の間に入る。

「オスカー先輩、ちょっとそれは無理があるのでは?」

 私の目の前に立ってそう言ったのはカーティスだった。
 突然の闖入者にオスカーは不快そうに顔を歪める。

「何だお前は。今俺はこいつと話しているんだ」
「見ていましたけど、ぶつかったのは先輩が走って来たからですよね? それなのにそこまで言うのはさすがに無理があるのでは?」

 カーティスは少し緊張しているようではあるが、堂々と言い返す。
 そんなカーティスをオスカーは睨み返した。貴族の息子というよりはならず者のような威圧感のある眼差し。が、それでもカーティスは彼と目を合わせたまま微動だにしなかった。
 二人が睨み合ったまま、しばし膠着状態に陥る。

 後ろで見ているだけの私の心臓もどきどきが止まらなかった。
 が、口にはしないがふと疑問に思う。彼は本当に私がオスカーとぶつかっていたところから見ていたのだろうか。

「ちっ、そこまで口の減らない下級生だ。次はないからな」

 やがてカーティスを威圧だけで屈服させることは不可能と思ったのだろう、そう言ってオスカーはもう一度大きく舌打ちすると、肩をいからせて廊下を歩いていく。
 それを見て私はほっと息を吐いた。

「大丈夫か?」

 そんな私にカーティスがしゃがんで声をかけてくれる。

「ありがとう、私はぶつかっただけだから」
「それなら良かった。さっきはああ言ったけど、オスカーと君がぶつかったところを見ていなかったから、もし違ったらどうしようかと思って不安だったんだ」

 やはりそうだったのか。

「そうだったんだ、それなのに割り込んでくれてありがとう。でもあのオスカーに歯向かったりして大丈夫かな?」

 私はそれが不安になる。もし私をかばったせいでカーティスが上級生に目をつけられるようになれば、自分がカーティスに絡まれるよりも嫌だ。

「大丈夫だ、あいつの評判は悪いけど、特定の人に粘着して嫌がらせをするというよりは誰に対してもあんな感じだからな。それにサッカーなら俺の方がうまいし。もっとも、もう一回出くわしたらもっと酷いことを言ってくるかもしれないが」
「何でそんなことをするんだろう」

 私は純粋な疑問で尋ねる。そんなことをすればメイナード家の評判まで悪くなるのだが、それが理解出来ないのだろうか。
 するとカーティスは呆れたように言う。

「ああ、それは多分メイナード家自体が柄の悪い家だからだと思う。リアナの実家は公爵家だから多分何ともないけど、下級貴族の家にはあんな感じで絡んでいるんだと思う」
「なるほど、要は家全体がチンピラみたいな感じなんだ」

 恐らく、周囲にああいう態度で接することで、自分に従わせようという意図があるのだろう。確かにもしメイナード家と揉め事が起きた時、ああいう家だと分かっていればさっさと謝って譲歩して穏便に済ませたい、と思ってしまうかもしれない。

 家自体が評判を下げてでもそう思わせたいと思っているのだろう。
 それならああいう風に育つのも納得がいく。もちろん迷惑と思うのに変わりはないが。

「何にせよ、ありがとう、助かった」
「ああ、また絡まれたら言ってくれれば助けるよ」

 そう言ってカーティスは颯爽と去っていくのだった。
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