26 / 65
Ⅲ
新しい道
しおりを挟む
「……と言う訳で試験返却の授業は終わる。成績が良かった者は今後も引き続き精進してもらいたい。逆に悪かった者は勝手にするがいい。今はそうでもないかもしれないが、今後貴族家の成人として世に出てから無知を笑われても知らない」
「……」
ニコラス先生の言葉に教室は静まり返る。
そして厳粛な空気のまま授業は終わっていくように思われた。
が、終わり際、先生は思い出したように言った。
「そうだ、リアナは昼休みに職員室に来て欲しい」
「は、はい」
突然名前を呼ばれて私は戸惑う。
基本的に職員室に呼び出されるというと怒られるイメージがあるが、試験の成績が良かった以上そんなことはないはずだ。
だとすると何か他の用件だろうか。法学のニコラス先生はクリフが怒られていたように、授業は厳しいが授業外に生徒を呼び出しているイメージはない。
また、たまに先生に個人的に仲がいい生徒はいるが、先生は特に生徒と仲良くしているイメージもなかった。
いつも粛々と授業を行い、時間が終わるとぴったりで帰っていく。そんなイメージだ。
「リアナ、何か心当たりある?」
「いや、特には」
授業後にイヴに尋ねられるが私は首をかしげる。
「あの先生、あまり職員室に呼び出しとかしない人だから少し気になってしまって」
「確かに、成績悪い人でも放っておくところあるよね」
クリフのような生徒は授業中は怒られるものの、別に授業外に呼び出されて補修を受けさせられる訳でもない。
何だろう、と思いつつも昼休みになった私は職員室に向かった。幸い、他の試験の結果も良かったので気分は軽い。
職員室に入ると、ニコラス先生はすぐに私に気づいた。授業中は常にいかめしい顔をしているイメージがあるが、今は昼休みだからか、好々爺のような穏やかな表情を浮かべていた。
「済まないな、急に呼び出したりして」
「いえいえ、何でしょう?」
「実はリアナ、おぬしの成績を見て思ったんだが、法務官か教官を目指してみる気はないか?」
「え?」
私は突然の提案に驚いた。教官というのはこの先生のように法律を他人に教える職業で、学園だけでなく貴族個人に雇われてそこの子供に教えることもある仕事だ。
基本的に貴族の事情を分かっていない人でないといけないので、どんなに優秀でも平民が教官になることは少ない。
また、法務官というのは王国で法律を作る際に実際に条文を作ったり、貴族にアドバイスをしたりする職業である。
例えば国王が「王宮を新築したいから国中の貴族に動員を促す法律を作りたい」と言った際に「これまでの法律ではこのくらいの規模の貴族にはこのくらいの動員をかけています」というアドバイスをしたり、「これまでの法律では資金を多く供出すれば動員を免除するという特例がありましたがどうしましょう」などと相談をしたりする。
基本的に政治は王族や貴族が担うべき、という考えがこの国にはあるため法務官も基本的に貴族の二男や三男で優秀な人物がなることが多いのだが、女性がスカウトされるのは珍しいので少し驚いてしまった。
「しかしそれらは女性でもなれるものでしょうか?」
「あまり例は多くないが、いない訳ではない。法律を学ぶのに男女は関係ないからな。とはいえ、基本的に家に嫁いだ女性がこれらの仕事に就くことはないから珍しいのだろう」
言われてみれば学園にも女性の先生は数は多くないが、一応いる。
「なるほど……それで言えば一応私には婚約者がいるのですが」
「誰だ?」
「クリフです」
「え、君とあのクリフが婚約しているのか!?」
私の答えに先生は驚く。先生は成績しか知らないから、成績に天と地の差がある私たちが婚約していることが信じられないのだろう。
しばらく何か言おうとしていたが、恐らく失礼な言葉しか思いつかなかったのだろう、結局何も言わなかった。
とはいえ、私は私で考えていた。
クリフがこれから心を改めて私たちが結婚することになるのだろうか。もちろん婚約というのはそう簡単に破棄出来るものではないが、例えばクリフの成績がこのまま低下して落第する、なんてことになればお互いの家の大人同士の間で婚約が破棄されるという可能性もある。
「そうか、済まない……てっきりそういう予定はないものと思って勧めてしまった。なかなか法務官や教官になることを勧められるほど優秀な学生はいないから、めぼしい人を見つけたら声をかけるようにはしているんだが。もし承諾してくれれば授業よりもさらに高度な学問を教えようと思ったのだが」
「なるほど……でしたら学問だけでも教えてもらえませんか?」
「え?」
今度は先生の方が首をかしげる。
「クリフはあの通りなのでもしかしたら落第してしまうかもしれません。それに学問自体はそこまで苦痛ではないので、出来ることなら習っておきたいです」
幸いクリフとの時間がなくなってから時間が大幅に余っている。それならもしもクリフが落第したときに備えて自分が生きていく道を確保しておいた方がいいのではないか、そんな風に思った。
私の言葉に先生は嬉しそうに笑った。
「そうか、それなら是非教えよう」
こうして私は思わぬ一歩を踏み出すことになったのだった。
「……」
ニコラス先生の言葉に教室は静まり返る。
そして厳粛な空気のまま授業は終わっていくように思われた。
が、終わり際、先生は思い出したように言った。
「そうだ、リアナは昼休みに職員室に来て欲しい」
「は、はい」
突然名前を呼ばれて私は戸惑う。
基本的に職員室に呼び出されるというと怒られるイメージがあるが、試験の成績が良かった以上そんなことはないはずだ。
だとすると何か他の用件だろうか。法学のニコラス先生はクリフが怒られていたように、授業は厳しいが授業外に生徒を呼び出しているイメージはない。
また、たまに先生に個人的に仲がいい生徒はいるが、先生は特に生徒と仲良くしているイメージもなかった。
いつも粛々と授業を行い、時間が終わるとぴったりで帰っていく。そんなイメージだ。
「リアナ、何か心当たりある?」
「いや、特には」
授業後にイヴに尋ねられるが私は首をかしげる。
「あの先生、あまり職員室に呼び出しとかしない人だから少し気になってしまって」
「確かに、成績悪い人でも放っておくところあるよね」
クリフのような生徒は授業中は怒られるものの、別に授業外に呼び出されて補修を受けさせられる訳でもない。
何だろう、と思いつつも昼休みになった私は職員室に向かった。幸い、他の試験の結果も良かったので気分は軽い。
職員室に入ると、ニコラス先生はすぐに私に気づいた。授業中は常にいかめしい顔をしているイメージがあるが、今は昼休みだからか、好々爺のような穏やかな表情を浮かべていた。
「済まないな、急に呼び出したりして」
「いえいえ、何でしょう?」
「実はリアナ、おぬしの成績を見て思ったんだが、法務官か教官を目指してみる気はないか?」
「え?」
私は突然の提案に驚いた。教官というのはこの先生のように法律を他人に教える職業で、学園だけでなく貴族個人に雇われてそこの子供に教えることもある仕事だ。
基本的に貴族の事情を分かっていない人でないといけないので、どんなに優秀でも平民が教官になることは少ない。
また、法務官というのは王国で法律を作る際に実際に条文を作ったり、貴族にアドバイスをしたりする職業である。
例えば国王が「王宮を新築したいから国中の貴族に動員を促す法律を作りたい」と言った際に「これまでの法律ではこのくらいの規模の貴族にはこのくらいの動員をかけています」というアドバイスをしたり、「これまでの法律では資金を多く供出すれば動員を免除するという特例がありましたがどうしましょう」などと相談をしたりする。
基本的に政治は王族や貴族が担うべき、という考えがこの国にはあるため法務官も基本的に貴族の二男や三男で優秀な人物がなることが多いのだが、女性がスカウトされるのは珍しいので少し驚いてしまった。
「しかしそれらは女性でもなれるものでしょうか?」
「あまり例は多くないが、いない訳ではない。法律を学ぶのに男女は関係ないからな。とはいえ、基本的に家に嫁いだ女性がこれらの仕事に就くことはないから珍しいのだろう」
言われてみれば学園にも女性の先生は数は多くないが、一応いる。
「なるほど……それで言えば一応私には婚約者がいるのですが」
「誰だ?」
「クリフです」
「え、君とあのクリフが婚約しているのか!?」
私の答えに先生は驚く。先生は成績しか知らないから、成績に天と地の差がある私たちが婚約していることが信じられないのだろう。
しばらく何か言おうとしていたが、恐らく失礼な言葉しか思いつかなかったのだろう、結局何も言わなかった。
とはいえ、私は私で考えていた。
クリフがこれから心を改めて私たちが結婚することになるのだろうか。もちろん婚約というのはそう簡単に破棄出来るものではないが、例えばクリフの成績がこのまま低下して落第する、なんてことになればお互いの家の大人同士の間で婚約が破棄されるという可能性もある。
「そうか、済まない……てっきりそういう予定はないものと思って勧めてしまった。なかなか法務官や教官になることを勧められるほど優秀な学生はいないから、めぼしい人を見つけたら声をかけるようにはしているんだが。もし承諾してくれれば授業よりもさらに高度な学問を教えようと思ったのだが」
「なるほど……でしたら学問だけでも教えてもらえませんか?」
「え?」
今度は先生の方が首をかしげる。
「クリフはあの通りなのでもしかしたら落第してしまうかもしれません。それに学問自体はそこまで苦痛ではないので、出来ることなら習っておきたいです」
幸いクリフとの時間がなくなってから時間が大幅に余っている。それならもしもクリフが落第したときに備えて自分が生きていく道を確保しておいた方がいいのではないか、そんな風に思った。
私の言葉に先生は嬉しそうに笑った。
「そうか、それなら是非教えよう」
こうして私は思わぬ一歩を踏み出すことになったのだった。
243
お気に入りに追加
5,061
あなたにおすすめの小説
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。


誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる