浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃

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新しい道

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「……と言う訳で試験返却の授業は終わる。成績が良かった者は今後も引き続き精進してもらいたい。逆に悪かった者は勝手にするがいい。今はそうでもないかもしれないが、今後貴族家の成人として世に出てから無知を笑われても知らない」
「……」

 ニコラス先生の言葉に教室は静まり返る。
 そして厳粛な空気のまま授業は終わっていくように思われた。
 が、終わり際、先生は思い出したように言った。

「そうだ、リアナは昼休みに職員室に来て欲しい」
「は、はい」

 突然名前を呼ばれて私は戸惑う。
 基本的に職員室に呼び出されるというと怒られるイメージがあるが、試験の成績が良かった以上そんなことはないはずだ。

 だとすると何か他の用件だろうか。法学のニコラス先生はクリフが怒られていたように、授業は厳しいが授業外に生徒を呼び出しているイメージはない。
 また、たまに先生に個人的に仲がいい生徒はいるが、先生は特に生徒と仲良くしているイメージもなかった。
 いつも粛々と授業を行い、時間が終わるとぴったりで帰っていく。そんなイメージだ。

「リアナ、何か心当たりある?」
「いや、特には」

 授業後にイヴに尋ねられるが私は首をかしげる。

「あの先生、あまり職員室に呼び出しとかしない人だから少し気になってしまって」
「確かに、成績悪い人でも放っておくところあるよね」

 クリフのような生徒は授業中は怒られるものの、別に授業外に呼び出されて補修を受けさせられる訳でもない。

 何だろう、と思いつつも昼休みになった私は職員室に向かった。幸い、他の試験の結果も良かったので気分は軽い。
 職員室に入ると、ニコラス先生はすぐに私に気づいた。授業中は常にいかめしい顔をしているイメージがあるが、今は昼休みだからか、好々爺のような穏やかな表情を浮かべていた。

「済まないな、急に呼び出したりして」
「いえいえ、何でしょう?」
「実はリアナ、おぬしの成績を見て思ったんだが、法務官か教官を目指してみる気はないか?」
「え?」

 私は突然の提案に驚いた。教官というのはこの先生のように法律を他人に教える職業で、学園だけでなく貴族個人に雇われてそこの子供に教えることもある仕事だ。
 基本的に貴族の事情を分かっていない人でないといけないので、どんなに優秀でも平民が教官になることは少ない。

 また、法務官というのは王国で法律を作る際に実際に条文を作ったり、貴族にアドバイスをしたりする職業である。
 例えば国王が「王宮を新築したいから国中の貴族に動員を促す法律を作りたい」と言った際に「これまでの法律ではこのくらいの規模の貴族にはこのくらいの動員をかけています」というアドバイスをしたり、「これまでの法律では資金を多く供出すれば動員を免除するという特例がありましたがどうしましょう」などと相談をしたりする。

 基本的に政治は王族や貴族が担うべき、という考えがこの国にはあるため法務官も基本的に貴族の二男や三男で優秀な人物がなることが多いのだが、女性がスカウトされるのは珍しいので少し驚いてしまった。

「しかしそれらは女性でもなれるものでしょうか?」
「あまり例は多くないが、いない訳ではない。法律を学ぶのに男女は関係ないからな。とはいえ、基本的に家に嫁いだ女性がこれらの仕事に就くことはないから珍しいのだろう」

 言われてみれば学園にも女性の先生は数は多くないが、一応いる。

「なるほど……それで言えば一応私には婚約者がいるのですが」
「誰だ?」
「クリフです」
「え、君とあのクリフが婚約しているのか!?」

 私の答えに先生は驚く。先生は成績しか知らないから、成績に天と地の差がある私たちが婚約していることが信じられないのだろう。
 しばらく何か言おうとしていたが、恐らく失礼な言葉しか思いつかなかったのだろう、結局何も言わなかった。

 とはいえ、私は私で考えていた。
 クリフがこれから心を改めて私たちが結婚することになるのだろうか。もちろん婚約というのはそう簡単に破棄出来るものではないが、例えばクリフの成績がこのまま低下して落第する、なんてことになればお互いの家の大人同士の間で婚約が破棄されるという可能性もある。

「そうか、済まない……てっきりそういう予定はないものと思って勧めてしまった。なかなか法務官や教官になることを勧められるほど優秀な学生はいないから、めぼしい人を見つけたら声をかけるようにはしているんだが。もし承諾してくれれば授業よりもさらに高度な学問を教えようと思ったのだが」
「なるほど……でしたら学問だけでも教えてもらえませんか?」
「え?」

 今度は先生の方が首をかしげる。

「クリフはあの通りなのでもしかしたら落第してしまうかもしれません。それに学問自体はそこまで苦痛ではないので、出来ることなら習っておきたいです」

 幸いクリフとの時間がなくなってから時間が大幅に余っている。それならもしもクリフが落第したときに備えて自分が生きていく道を確保しておいた方がいいのではないか、そんな風に思った。
 私の言葉に先生は嬉しそうに笑った。

「そうか、それなら是非教えよう」

 こうして私は思わぬ一歩を踏み出すことになったのだった。
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