浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃

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クリフのいない昼休み

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 こうして私はクリフを冷たくあしらって昼休みを迎えた訳だが、少しの寂しさと大きな解放感に包まれていた。

 確かにいつも一緒にいるクリフが隣にいないことに対する寂しさはあった。
 しかし、これでもうどうやったらクリフの気を惹くか、とかクリフが自分のことをどう思っているかとかばかり気にする昼休みとはお別れだ。解放されてみて初めて私はいかにクリフとの関係に心を疲弊させていたのかを思い知る。それは彼が隣にいることへの安心感よりも遥かに大きかった。

 とはいえ先ほどクリフに「あなたよりも自分を大事にしてくれる男性と一緒に食べてきますので」と啖呵を切ったはいいものの別にそういうあてがある訳でもない。たまには一人でご飯を食べるのもいいだろうか。
 そんなことを考えていた私に声を掛けてくれたのはイヴだった。

「今の聞いてたけどすごかったね!」
「何というか……ちょっと冷たくするぐらいのつもりだったのに言いすぎちゃったかな」
「ううん、むしろああいうタイプの男にはあれぐらい言ってやった方がいいと思う!」

 イヴは私を勇気づけるように、強い調子でそう言ってくれる。
 彼女に言ってもらえると私も少し勇気づけられた。

「ていうことは今日は一人? せっかくだから一緒にお昼食べようよ」
「ありがとう」
「じゃあ早速カフェテリアに行こう」

 そう言って私たちは連れ立って教室を出る。
 教室を出る間際振り返ると、クリフはよほど驚いたのか、一人席で呆然としていた。あのまま反省してくれたらいいけど、と思いつつもどうせまたエルマになびくのではないかとも思えた。

「どうしたの?」
「ううん、何でもない」

 私はクリフのことを振り払うように首を振り、教室を出る。

 私たちがカフェテリアに着くと、相変わらずお昼を食べにきた生徒たちでにぎわっていた。どうにか空いているテーブルを探し、互いのお弁当を広げる。
 すると私の弁当を見てイヴは歓声をあげる。

「わあ、すごい!」
「そうかな?」
「いつもそんなにおいしそうなもの食べてるなんて羨ましいな」
「でもクリフは何も言ってくれなかったから……意味ない」
「え、クリフが? どういうこと?」

 イヴは首をかしげる。

「実はクリフが自分のお弁当に飽きているって言っていてそれで私はクリフとお弁当を交換しようと思ったんだけど、たまたま作って来たメニューがクリフが連続で食べたものと被っていて、いらないって言われたの」
「え、じゃあそれ手作りなの?」
「……うん」
「ええ、何それひどい!」

 私が頷くと、イヴはテーブルを叩いて憤慨した。

「交換しようって言って婚約者が作ってきてくれた料理を食べないなんて信じられない! ひどすぎる!」
「……やっぱりそうだよね」

 薄々分かっていたことだが、イヴがここまで憤慨するとそうなのだろうと思えてくる。

「うん、やっぱりクリフは何か勘違いしているよ! でも何で今日も?」
「それ以降クリフにおいしいって言ってもらえるご飯を作れないかと自分で料理の練習を始めたの」

 私は少し遠慮がちに言う。もっとも、それも無駄になってしまったけど。
 が、イヴは私が思っていたよりも驚きに満ちた表情に変わった。

「すごい! 婚約者のためにあそこまで出来るなんて。私なんてどんなにイケメン相手でもそこまでは出来ないかも」
「イヴは料理とかしないの?」
「……お菓子作りはたまにするけど料理はちょっと」

 イヴは少し恥ずかしそうに言った。とはいえ貴族令嬢が自分で料理することはあまりないので、お菓子作りが出来るだけでも十分すごいとは思うけど。

 が、やがて彼女は意を決したように言う。

「せっかくだしおかず交換しようよ! 私はリアナが作ったお弁当食べてみたい!」
「うん、いいよ!」

 こうして私たちはおかずを交換したり、料理の話をしたりしながら和気あいあいとお昼を食べたのだった。
 五限の始まりが近づく予鈴が鳴ったのを聞いて私は昼休みがあっという間に終わってしまったことに気づく。クリフとご飯を食べていた時にはあんなに時間を長く感じたというのに。

 イヴがお手洗いに行ったので私は一人で教室に戻る。
 すると教室前ではむすっとした顔のクリフが待っていた。

「……なあ、昼休みはどこの男と一緒にご飯を食べたんだ?」

 どうも彼は私が本当に男とお昼を一緒に食べたと勘違いしているらしい。
 ちょっとカフェテリアに見にくれば真相はすぐに分かることなのに。それすらせずに私が男と食べていると決めつけているのか、と思うと悲しくなる。

 とはいえせっかく勘違いしているというなら利用させてもらおう。

「さあ。私に嘘ついて他の女と食べていたのに、それを言う義理はないよね」
「そ、そんな!」

 私は呼び止めるクリフの声も聞かずにさっさと席に戻るのだった。
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