浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃

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エルマ

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 翌日、私は眠い目をこすりながら学園に向かった。
 昨日出た古典の宿題はいつもより難しくて結構時間がかかってしまった。この国の古語はやたら難しい言い回しを好んで使うし、同じ意味なのに違う単語が何個もあったりして面倒くさい。
 でもこんな問題をクリフが解ける訳がない、私が宿題を見せてあげなければ彼が困ってしまう、と思うと自然と宿題を進める手にも熱が入った。その甲斐もあって夜遅くなったものの、どうにか全問解くことが出来た。

 いつも通り校舎に入ろうとすると、たまたま前を歩いているクリフの姿が見えた。

「おはよう、クリフ」

 私が声をかけるがクリフからの返事はない。

 よく見ると彼は隣を歩いているエルマという他のクラスの女子と会話中だった。きれいな金髪の巻き毛と蒼い瞳が特徴的で、学年で一番きれいな女子と男子の中で評判だ。もっとも、クラスが違うこともあって私は彼女のことをよく分かっていなかったけど。
 二人とも表情は楽しそうで、会話が弾んでいるように見える。

 会話中に話しかけてしまったから聞き取れなかったのだろう、と思った私はそっとその場を離れて教室に入る。

 しかし先ほどのクリフの楽しそうな表情を見て少し胸が痛むのを感じる。

 が、そこですぐに思い直す。彼も私以外の女子と会話することぐらいはあるだろう。それだけで嫉妬してしまうのは女として不寛容すぎる。
 そう思った私は深呼吸してどうにか自分の気持ちを落ち着けて教室へ入った。

 その後結局始業前ぎりぎりになってクリフは教室に駆け込んできた。
 何で後から歩いてきた私よりも大分遅くに教室に入ってくるのだろう。

 私はそんな胸のざわつきを振り払うように元気な声で挨拶する。

「あ、クリフ、おはよう!」
「ああ、おはよう、リアナ」

 彼は爽やかな笑顔で挨拶を返す。
 そして思い出したように言う。

「そうだ、そう言えば昨日古典の宿題出てたんだっけ? 見せてくれないか?」
「はい、これ」

 私は用意していた問題集を渡す。
 彼はそれを受け取ると、猛烈な勢いで答えを自分の問題集に写し始めたのだった。
 そして朝のホームルームが終わるまでのわずかな時間で全ての問題を写し終えたのか、「はい」と私に問題集を手渡す。

「え、もう終わったんだ!?」
「ああ、間に合わないかもと思って大変だった」

 そう言って彼は苦笑する。大変だったと言うのは短時間で写し終えるのが大変だったということなんだろうけど、それを言うなら私は昨夜全部の問題を全部自分で解いたからもっと大変だったんだけど。

 が、すぐに古典の先生が教室に入ってきたため、彼との会話はそれで終わってしまった。

「皆の者、宿題はやってきたか? やってきた者は手を挙げろ」

 五十ぐらいの少しいかつい顔をした男性教師が睨みつけるように教室内を見渡す。
 教師の声に私やクリフを含む十数人の手が挙がる。

 しかし問題が難しかったせいか、数人が申し訳なさそうに言う。

「あの、やってきたのですが、難しくて全部終わらなくて……」
「言い訳無用! 終わったか終わってないかを聞いているのだ!」
「すみません……」

 言い訳しようとした生徒は一喝されて押し黙る。
 
 また、手を挙げていた中にも実は全部は終わっていなくて、何問か飛ばした生徒がいたのだろう、すっと手が下がっていく。
 そんな訳で残っている人数の方が少数になってしまった。
 残った挙手者を見渡して先生はクリフに目を留める。

「おお、クリフ、おぬしがやってくるとは。よくやったな」
「ありがとうございます!」

 先生に褒められてクリフは満足そうに頷くのだった。
 そして先生は宿題をやってこなかった者たちへのお説教に移っていく。
 こうして授業は何事もなく終わったのだった。



 古典の授業が終わると、隣のクラスから今朝クリフが話していた女子、エルマがやってくる。何だろうと思っていると、彼女はクリフの席まで歩いていく。

「あの、次古典の授業あるんだけど宿題があるなんて知らなかったわ。見せてくれない?」
「ああ、もちろんだ」

 クリフはそう言って自分の問題集をエルマに差し出す。
 当然彼の問題集には私が解いた答えがそのまま写されている。先生も答えを確認してその出来を褒め称えた解答だ。
 クリフの問題集をぱらぱらとめくったエルマは表情を輝かせた。

「わあっ、すごい! 全部解けてるわ! ありがとう! クリフって勉強も出来たのね!」
「別に大したことじゃないよ。これからも困ったことがあれば言ってくれ」

 クリフは少しうれしそうに答える。

「ありがとう、クリフ」

 そう言ってエルマは大事そうにクリフの問題集を抱えて去っていく。

 それを見て私は複雑な気持ちになった。クリフが私の宿題を写したからと言ってそれを他の人に見せてはいけないという決まりはない。もちろんクリフが自分で解いたかのように振る舞っているのは嘘と言えば嘘だけど、「写させてもらった」などと言って先生の耳に入ったら困る以上それは仕方ない。
 だから彼がやっていることは明確に悪いこと、という訳ではない。
 それなのに私は心がもやもやするのを感じる。

 そして、それをクリフに向かって言うのは何となく心が狭いような気がする。どういう風に言えばいいのだろうか。それとも私が気にしすぎなのだろうか。

 結局、私は自分のもやもやをうまく言葉にすることが出来ないまま、次の授業が始まるのだった。
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