2 / 65
Ⅰ
エルマ
しおりを挟む
翌日、私は眠い目をこすりながら学園に向かった。
昨日出た古典の宿題はいつもより難しくて結構時間がかかってしまった。この国の古語はやたら難しい言い回しを好んで使うし、同じ意味なのに違う単語が何個もあったりして面倒くさい。
でもこんな問題をクリフが解ける訳がない、私が宿題を見せてあげなければ彼が困ってしまう、と思うと自然と宿題を進める手にも熱が入った。その甲斐もあって夜遅くなったものの、どうにか全問解くことが出来た。
いつも通り校舎に入ろうとすると、たまたま前を歩いているクリフの姿が見えた。
「おはよう、クリフ」
私が声をかけるがクリフからの返事はない。
よく見ると彼は隣を歩いているエルマという他のクラスの女子と会話中だった。きれいな金髪の巻き毛と蒼い瞳が特徴的で、学年で一番きれいな女子と男子の中で評判だ。もっとも、クラスが違うこともあって私は彼女のことをよく分かっていなかったけど。
二人とも表情は楽しそうで、会話が弾んでいるように見える。
会話中に話しかけてしまったから聞き取れなかったのだろう、と思った私はそっとその場を離れて教室に入る。
しかし先ほどのクリフの楽しそうな表情を見て少し胸が痛むのを感じる。
が、そこですぐに思い直す。彼も私以外の女子と会話することぐらいはあるだろう。それだけで嫉妬してしまうのは女として不寛容すぎる。
そう思った私は深呼吸してどうにか自分の気持ちを落ち着けて教室へ入った。
その後結局始業前ぎりぎりになってクリフは教室に駆け込んできた。
何で後から歩いてきた私よりも大分遅くに教室に入ってくるのだろう。
私はそんな胸のざわつきを振り払うように元気な声で挨拶する。
「あ、クリフ、おはよう!」
「ああ、おはよう、リアナ」
彼は爽やかな笑顔で挨拶を返す。
そして思い出したように言う。
「そうだ、そう言えば昨日古典の宿題出てたんだっけ? 見せてくれないか?」
「はい、これ」
私は用意していた問題集を渡す。
彼はそれを受け取ると、猛烈な勢いで答えを自分の問題集に写し始めたのだった。
そして朝のホームルームが終わるまでのわずかな時間で全ての問題を写し終えたのか、「はい」と私に問題集を手渡す。
「え、もう終わったんだ!?」
「ああ、間に合わないかもと思って大変だった」
そう言って彼は苦笑する。大変だったと言うのは短時間で写し終えるのが大変だったということなんだろうけど、それを言うなら私は昨夜全部の問題を全部自分で解いたからもっと大変だったんだけど。
が、すぐに古典の先生が教室に入ってきたため、彼との会話はそれで終わってしまった。
「皆の者、宿題はやってきたか? やってきた者は手を挙げろ」
五十ぐらいの少しいかつい顔をした男性教師が睨みつけるように教室内を見渡す。
教師の声に私やクリフを含む十数人の手が挙がる。
しかし問題が難しかったせいか、数人が申し訳なさそうに言う。
「あの、やってきたのですが、難しくて全部終わらなくて……」
「言い訳無用! 終わったか終わってないかを聞いているのだ!」
「すみません……」
言い訳しようとした生徒は一喝されて押し黙る。
また、手を挙げていた中にも実は全部は終わっていなくて、何問か飛ばした生徒がいたのだろう、すっと手が下がっていく。
そんな訳で残っている人数の方が少数になってしまった。
残った挙手者を見渡して先生はクリフに目を留める。
「おお、クリフ、おぬしがやってくるとは。よくやったな」
「ありがとうございます!」
先生に褒められてクリフは満足そうに頷くのだった。
そして先生は宿題をやってこなかった者たちへのお説教に移っていく。
こうして授業は何事もなく終わったのだった。
古典の授業が終わると、隣のクラスから今朝クリフが話していた女子、エルマがやってくる。何だろうと思っていると、彼女はクリフの席まで歩いていく。
「あの、次古典の授業あるんだけど宿題があるなんて知らなかったわ。見せてくれない?」
「ああ、もちろんだ」
クリフはそう言って自分の問題集をエルマに差し出す。
当然彼の問題集には私が解いた答えがそのまま写されている。先生も答えを確認してその出来を褒め称えた解答だ。
クリフの問題集をぱらぱらとめくったエルマは表情を輝かせた。
「わあっ、すごい! 全部解けてるわ! ありがとう! クリフって勉強も出来たのね!」
「別に大したことじゃないよ。これからも困ったことがあれば言ってくれ」
クリフは少しうれしそうに答える。
「ありがとう、クリフ」
そう言ってエルマは大事そうにクリフの問題集を抱えて去っていく。
それを見て私は複雑な気持ちになった。クリフが私の宿題を写したからと言ってそれを他の人に見せてはいけないという決まりはない。もちろんクリフが自分で解いたかのように振る舞っているのは嘘と言えば嘘だけど、「写させてもらった」などと言って先生の耳に入ったら困る以上それは仕方ない。
だから彼がやっていることは明確に悪いこと、という訳ではない。
それなのに私は心がもやもやするのを感じる。
そして、それをクリフに向かって言うのは何となく心が狭いような気がする。どういう風に言えばいいのだろうか。それとも私が気にしすぎなのだろうか。
結局、私は自分のもやもやをうまく言葉にすることが出来ないまま、次の授業が始まるのだった。
昨日出た古典の宿題はいつもより難しくて結構時間がかかってしまった。この国の古語はやたら難しい言い回しを好んで使うし、同じ意味なのに違う単語が何個もあったりして面倒くさい。
でもこんな問題をクリフが解ける訳がない、私が宿題を見せてあげなければ彼が困ってしまう、と思うと自然と宿題を進める手にも熱が入った。その甲斐もあって夜遅くなったものの、どうにか全問解くことが出来た。
いつも通り校舎に入ろうとすると、たまたま前を歩いているクリフの姿が見えた。
「おはよう、クリフ」
私が声をかけるがクリフからの返事はない。
よく見ると彼は隣を歩いているエルマという他のクラスの女子と会話中だった。きれいな金髪の巻き毛と蒼い瞳が特徴的で、学年で一番きれいな女子と男子の中で評判だ。もっとも、クラスが違うこともあって私は彼女のことをよく分かっていなかったけど。
二人とも表情は楽しそうで、会話が弾んでいるように見える。
会話中に話しかけてしまったから聞き取れなかったのだろう、と思った私はそっとその場を離れて教室に入る。
しかし先ほどのクリフの楽しそうな表情を見て少し胸が痛むのを感じる。
が、そこですぐに思い直す。彼も私以外の女子と会話することぐらいはあるだろう。それだけで嫉妬してしまうのは女として不寛容すぎる。
そう思った私は深呼吸してどうにか自分の気持ちを落ち着けて教室へ入った。
その後結局始業前ぎりぎりになってクリフは教室に駆け込んできた。
何で後から歩いてきた私よりも大分遅くに教室に入ってくるのだろう。
私はそんな胸のざわつきを振り払うように元気な声で挨拶する。
「あ、クリフ、おはよう!」
「ああ、おはよう、リアナ」
彼は爽やかな笑顔で挨拶を返す。
そして思い出したように言う。
「そうだ、そう言えば昨日古典の宿題出てたんだっけ? 見せてくれないか?」
「はい、これ」
私は用意していた問題集を渡す。
彼はそれを受け取ると、猛烈な勢いで答えを自分の問題集に写し始めたのだった。
そして朝のホームルームが終わるまでのわずかな時間で全ての問題を写し終えたのか、「はい」と私に問題集を手渡す。
「え、もう終わったんだ!?」
「ああ、間に合わないかもと思って大変だった」
そう言って彼は苦笑する。大変だったと言うのは短時間で写し終えるのが大変だったということなんだろうけど、それを言うなら私は昨夜全部の問題を全部自分で解いたからもっと大変だったんだけど。
が、すぐに古典の先生が教室に入ってきたため、彼との会話はそれで終わってしまった。
「皆の者、宿題はやってきたか? やってきた者は手を挙げろ」
五十ぐらいの少しいかつい顔をした男性教師が睨みつけるように教室内を見渡す。
教師の声に私やクリフを含む十数人の手が挙がる。
しかし問題が難しかったせいか、数人が申し訳なさそうに言う。
「あの、やってきたのですが、難しくて全部終わらなくて……」
「言い訳無用! 終わったか終わってないかを聞いているのだ!」
「すみません……」
言い訳しようとした生徒は一喝されて押し黙る。
また、手を挙げていた中にも実は全部は終わっていなくて、何問か飛ばした生徒がいたのだろう、すっと手が下がっていく。
そんな訳で残っている人数の方が少数になってしまった。
残った挙手者を見渡して先生はクリフに目を留める。
「おお、クリフ、おぬしがやってくるとは。よくやったな」
「ありがとうございます!」
先生に褒められてクリフは満足そうに頷くのだった。
そして先生は宿題をやってこなかった者たちへのお説教に移っていく。
こうして授業は何事もなく終わったのだった。
古典の授業が終わると、隣のクラスから今朝クリフが話していた女子、エルマがやってくる。何だろうと思っていると、彼女はクリフの席まで歩いていく。
「あの、次古典の授業あるんだけど宿題があるなんて知らなかったわ。見せてくれない?」
「ああ、もちろんだ」
クリフはそう言って自分の問題集をエルマに差し出す。
当然彼の問題集には私が解いた答えがそのまま写されている。先生も答えを確認してその出来を褒め称えた解答だ。
クリフの問題集をぱらぱらとめくったエルマは表情を輝かせた。
「わあっ、すごい! 全部解けてるわ! ありがとう! クリフって勉強も出来たのね!」
「別に大したことじゃないよ。これからも困ったことがあれば言ってくれ」
クリフは少しうれしそうに答える。
「ありがとう、クリフ」
そう言ってエルマは大事そうにクリフの問題集を抱えて去っていく。
それを見て私は複雑な気持ちになった。クリフが私の宿題を写したからと言ってそれを他の人に見せてはいけないという決まりはない。もちろんクリフが自分で解いたかのように振る舞っているのは嘘と言えば嘘だけど、「写させてもらった」などと言って先生の耳に入ったら困る以上それは仕方ない。
だから彼がやっていることは明確に悪いこと、という訳ではない。
それなのに私は心がもやもやするのを感じる。
そして、それをクリフに向かって言うのは何となく心が狭いような気がする。どういう風に言えばいいのだろうか。それとも私が気にしすぎなのだろうか。
結局、私は自分のもやもやをうまく言葉にすることが出来ないまま、次の授業が始まるのだった。
262
お気に入りに追加
5,061
あなたにおすすめの小説
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?


初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる